選ばなかった未来の隣で ―四次元の友人と過ごした最後の時間―
篠崎リム
第1話
向野 海(こうのうみ)は、後輩の加古野 未琴(かこのみこと)からの告白に、返事を一週間だけ待ってほしいと頼んでいた。
そして、その約束の日が――今日だ。
海は、ずっと幼馴染の未来 叶(みらいかなう)のことが好きだった。
だがそれは、胸の奥にしまい込んだままの、静かな片想い。
彼女は明るく、運動も勉強もでき、そのうえ可愛く、友達も多く、性格もいい。
自分とは釣り合わない存在だと、海はいつの間にか、そう決めつけていた。
一度だけ、告白することも考えた。
だが、もし叶に振られたあとで未琴と付き合うことになったら――
それは未琴にも、叶にも、あまりに失礼だ。
そう思い、海は叶に何も言わなかった。
今この瞬間も、海はまだ、どちらを選ぶべきか決めきれずにいた。体中にまとわりつくような焦燥感が、喉の奥を締め付けていた。このままでは、今日という日を無為に過ごしてしまう。
そんなときだった。
視線の先に、
自分とまったく同じ顔をした「誰か」が立っているのを、海は見た。
まさか、と思い、僕は思わず目を細めてソイツを見つめた。
視線が合う。
……やはり、僕にそっくりだ。
ソイツは、確かに僕のほうへ歩き出した。
だが次の瞬間、まるで最初から存在しなかったかのように、姿を消した。
「……え?」
短く息が漏れた、その直後だった。
「ねえ、君。いま、ボクを見てた?」
背後から、やけに気軽な声がした。
振り向くと――
そこに立っていたのは、鏡に映る自分、あるいは写真から抜け出てきたような、完璧に同じ顔の存在だった。
「えっ……えっ、えっ?」
状況を理解するより先に、言葉だけがこぼれ落ちる。
目の前の“僕”は、その反応が面白いとでもいうように、にやりと笑った。
「やっぱり君には、ボクが見えているんだね。
――これは珍しいなあ」
そう言ってから、少し首をかしげる。
「で? 君には、ボクが……どんなふうに見えているんだい?」
キョトンとした表情のまま、自分と同じ顔をしたそいつに問いかけられ、
戸惑いながらも、僕は口を開いた。
「どうって……僕と同じにしか見えない。
……おまえは、誰なんだ?」
「うーん……それはまた、興味深いね」
そいつは楽しそうに目を細める。
「ボクが、君と同じ姿に見えているんだね」
「そうだけど……」
困惑を隠せないまま、僕は問い返した。
「いったい、何を言っているんだ? 言っている意味がまるで分からないんだけど…君は一体何なんですか?」
「ボクが何者か、か……」
少し考えるような間のあと、そいつは肩をすくめる。
「見たままの存在だよ。――と言っても、納得してもらえないか」
そう言って、僕に似たそいつは、左目を閉じて僕を見た。
そのとき、開いたままの右目が、ほんの一瞬だけ、淡く光った――ような気がした。
「君たちの言葉を借りるなら……四次元生命体、
とでも言えばいいのかな
――うん、少しは納得してもらえたみたいだね」
僕が返事をする前に、そいつは続ける。
「そもそも、ボクを“認知できる”人間なんて、
とてつもなく珍しいんだよ。うん。
君、世界中に自慢してもいいくらいだよ」
一つ分かったことは――
今、目の前にいる奴が、これまで会った誰よりも、明らかに危険な存在だということだけだった。
気になる部分もある。
だが、これ以上関わるのは――間違いなく身の破滅につながる。
話を切り上げようとした、その瞬間だった。
「……で?」
「……で?」
突然の問いに、思わず僕は聞き返した。
「悩みがあるんだろう?
それを聞かなくていいのかい」
何故、僕に悩みがあることを知っているのだろう……?
まあ、高校生なら誰しも、悩みの一つや二つはある。
だが、この“見透かされている”感覚は、ちょっと普通じゃない――。
「どうして……分かるんだ?」
そう口にした瞬間、自分でも声が少しだけ震えたのが分かった。
「どうして……か。分かるのが普通だからなぁ。なるほどなぁ……興味深い」
そいつは、しばらく眉をひそめ、うーん、と考え込んだ。
苛立ちが胸の奥で小さく弾ける。
「じゃあ、どこまで、俺のこと……どこまで、分かってる?」
一瞬、ソイツは笑みを浮かべる
「全部、って言ったら……信じる?」
軽い調子でそう言いながら、そいつは僕の反応を確かめることもなく、すぐに肩をすくめた。
「……まあ、信じないよね」
「……からかってるのか」
「まさか」
そう言ったそいつは、否定するでも笑うでもなく、ただ静かに僕を見つめていた。
まるで、冗談という選択肢そのものが、最初から存在しないかのように。
「ただ、今の君が一番知りたいことを、
君自身がまだ口にしたくないのは知ってるよ」
胸の奥を、指でなぞられたような感覚。
思わず、一歩下がる。
「……もういい。俺、帰る」
そう言って踵を返しかけた、その背中に、声が追いかけてきた。
「逃げるのは悪くない、今日じゃなくても、選択はできる」
足が、止まった。
「……でもね」
背後の気配が、少しだけ近づく。
「“選ばない”っていう選択だけは、
たいていの場合、後で一番長く残るんだよ」
振り向いたとき、
そいつはもう、さっきよりも少し遠い位置に立っていた。
「さて――それでも、聞くかい?」
空気が、静かに張りつめる。
ここから先は、もう戻れない。
そんな予感だけが、はっきりとしていた。
「君は一体……」
「君の関心は、もうそこにはないのだろう?」
……そうかもしれない。
悔しいが、こいつの言う通りだった。
「僕は……叶と、未琴ちゃん。
どっちを選べばいい?」
訳の分からない奴に、人生で最も重要な選択を尋ねる自分に、少し呆れつつも、胸の奥はどうしようもなくざわついた。
その問いに、奴はどこか満足そうな笑みを浮かべ、まるで前から用意していた答えのように、こう言った――
「どちらを選んでも、後悔は残る」
愕然とした。散々、悩みを指摘し、意味深な事を言っておきながら、これが答えだというのか。
納得が行かず、どういう事か問い詰めるが
何を尋ねても、肝心なところだけが、するりとはぐらかされていく。
これ以上、話しても無駄だと思い話を切り上げるが、別れ際、思わず聞いた。
「……また、会えるのか?」
彼は、あの軽い笑顔のまま、こう答えた。
「必ず」
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