恋だ愛だは品切れ中 ~私は未だそれを知らなくて~

恋とか愛とかいわれても

「いらっしゃいませ」


 ひっきりなしに訪れてくれる、12月24日のお客さんたち。


「ありがとうございました」


 笑顔でケーキを渡す私。


「ありがとう!」


 笑顔のお返しを受けるときもあるけれど、「いいイブを!」と、ニッコリ笑顔の裏で私の心は複雑。


 なんか知らないんだけど、私の店のケーキがバズった? んだって。

 何それ?

 エックス? インスタ?

 全然、知らない。


 もちろん、それの存在は知ってるよ。

 SNSってなんだっけ? ソーシャルネックサポートだっけ? ちがった? まあ、そんなののなかで私のケーキが取り上げられたそうで。予約分も、当日分も、過去イチ作ったなあ。って、そんな感想しか今はないです。


「そういうのにうといと、お客さんの心もつかめないっス」


 それはまあ、そうなんだけど……。


「なんスか?」

「べつに」


 こいつが仕掛けたのよねえ、全部。

 お店が繁盛するのも、私のケーキが喜ばれるのもうれしいことだから、感謝はしてますけどねえ。


【大人気感謝!】


 張り紙もしたけどね。

 まさかここまでのことになるなんて!


「店長~? これ、どこに置いときゃいいっスか?」

「ええと! どこがいい?」

「んじゃ、バックヤードに運んどくっスね~」

「ご、ごめん。任せた!」


 彼は大槻おおつき君。


 私より……。ま、歳はけっこう下かな。


 大学卒業後に入った製菓専門学校時代の同級生。

 向こうは高卒でチャラチャラしてて、夢をあきらめきれずの一念発起いちねんほっきで気合入ってた、一心不乱いっしんふらんにがんばってた私とは対照的だった。歳もけっこう離れてたから、私からからむことはなかった。なのに、なんかなつかれて。かなりモテてたようですけどもねえ。知らんけど。私には関係なかったし。人づてにずいぶん女の子泣かせのうわさも聞いた。ま、私には関係ないし。うん? 二度目?


 卒業したら、もう終わり。

 お互いそれぞれの道でがんばりましょう。

 って、送別会のお開きで握手しておしまい。

 ええ! もちろん!! 酔ったはずみの間違いもなく。


 再会は3年前。


 もう三十路にも足を突っ込んでた。

 恋も愛も知らないままに、ここまで走ってきた。

 やっと自分のお店も持てる見通しも立てた。

 そんなときに再会、偶然、あの送別会の居酒屋で。


 酔った勢いで愚痴をこぼしつつ夢を語っていたら。


紗耶香さやかさん、あぶなっかしいっス」

「ああん?」

「夢を語るのいいっスけど」

「夢なもんかい! もうちゃんとお店も決めてますぅ」

「てか、その先は?」

「先?」

「ほらぁ、夢ばっかり追ってるとこ、まったく変わってねえ」


 なんか、流れで「俺も手伝うっスよ」って。

 開店前から、となりには大槻君。


 なんで?

 ……下心?


「そりゃね、ないわけないっス」


 カラカラ笑う、その余裕の態度が腹立つ。

 こっちはねえ、あんたとの歳の差も考えちゃって、一歩も二歩も踏み込めないのに。


 ……踏み込みたいわけ? 私。


 ないない!

 彼だって……。


「店長~~」

「はいはい!!」


 もう、忙しいのに、なんでそんなのんきなの!

 要領だけはいいんだから、もう!!


 悔しいことにセンスもいいんだよなあ。女の子の心をつかむようなことはやっぱりうまい。


 実際、彼がいなかったらどうなっていたことか。

 お菓子作りにはもちろん自信あったけど、経営的なことはちょっと。

 それを補ってくれたのが大槻君。

 それに、お店のディスプレイもうまいんだよなあ。

 それでお客さんを呼び込めているのは確かにある。


「店長~~。特選いちごのショート、もう売り切れっすか?」

「あ、ごめん。今行きます。……すいません。こちら、人気の品となっておりまして……」


「うそ! ここのケーキを先輩といっしょにって。そしたら両想いになれるって聞いてたのに!」

「すいません」


 こんなに早く売り切れるとは思わなかった。

 大槻君は「もっと作ればいいのに」とかいってたけど、まさか小さなお店が人であふれるほどになるとは思わなかったし、そもそも私と彼だけじゃ限界もある。予約分だけでもいっぱいいっぱいだったし。


 あきらめきれないお客さん。

 頭を下げるしかない私。

 そこへすっと大槻君が入ってくれた。


「大丈夫ですよ?」

「へ?」

「お客さん、かわいいから」

「え? は?! 何いってんの!」

「ケーキを一緒に食べる約束してるんでしょ?」

「は、はい」


 お客さんが彼の顔を見た途端、風向きが変わる。

 大槻君、イケメンだからなあ。


「イブに二人きり?」

「そうなんです! 先輩、誘いを受けてくれて!!」

「だったら、もう決まったも同然じゃん! 聖夜イブに二人きりの部屋でケーキなんて、気にならない子とするわけないっしょ?」

「そ、そうかな?」

「そうそう! 案外、向こうももうその気かもよ! 告白、されちゃえ!」


 うわ。

 口、うま!

 よくもまあ、そんなことをすらすらニコニコといえるもんだ。

 ナンパと間違われないかってヒヤヒヤもする。

 いつまでもチャラい! 大槻君だってもう30前なのに。


 ……その口、私のほうにも向けてよね。


 って、違う!


「これ、サービスです」

「ホワイトチョコのプレート? え!? 『好きです』って!!」

「特選いちごはないけどね。告白に思い切れないなら、これはあなたが食べちゃっていいから」


 ウィンクまで!


「あ、ありがとうございました!」


 お客さん、頬染めて行っちゃった。


 ここのケーキをなんだかにあげて「恋の成就間違いなし!」「家族へ愛を!」なんてうたい文句でバズらせたのは、彼。でも結局、彼の存在そのものがバズったとかなんじゃないの?!


〈close〉


 売り切り御礼。

 冬の早い日暮れ前に、もう閉店。

 残念そうに帰っていく人も何人かいたけど、こればかりはもうごめんなさいです、はい。


「ああ、疲れた~!」

「おつかれさま」

「あ、ありがとう」


 チャラいわりに、ほんと気が利くのよね。逆か? だから、もてる? でも、一緒に働きだしてからはそんな気配もなくなってたけどなあ。


 閉店作業後のバックヤード。

 彼は湯気の立つ、熱いコーヒーをいつの間にか持ってきてくれた。

 コーヒー淹れるのもうまいのよね。

 そのうちイートインスペースなんかもいいかもしれない。

 彼のコーヒーを出して……。


「紗耶香さんさあ、もうちょっとうまく立ち回ればぁ」


 けだるい充実感のなか、ぼんやりこの店の展望を考えていたら、大槻君がいつもの憎まれ口。


「なによぉ! いきなり」

「今日だって、早々に品切れしたし」

「いいの! いいものを売り切れれば」

「もうけ出ないじゃん」

「それもいいの!」

「いつまで経っても、頭ンなかはお花畑っスよね」


 な……。

 もうっ!


 彼が笑う。

 憎みきれないその笑顔。

 からかわれているのに、心が軽くなる感じ。

 肩に力入っている私をふっと抜いてくれるようで。

 さびしい冬の夜にあたたかいケープをふわっとかけてくれるような。


「ああ、今年のクリスマスも私には何にもなしかあ」

「店が忙しいんじゃ仕方ないっスね」

「大槻君も?」

「紗耶香さんにお付き合いっス」

「ごめんねえ」

「……ま、いつものことっスよ」

「うちにもサンタさん、来てくれないかなあ」


 黙る彼。

 そんな返答に困るようなことか?


「9年……」


 ぼそっと、彼が。


「なーぁんも、なかったっスね、沙耶香さんには」

「ほっとけ!」

「もしかして、製菓学校で俺と出会う前からっスか?」

「彼氏面するな!」

「すねた顔もかわいいっスよ」

「そういう軽口をだな……っ! まったく、恋も愛もだ知らないうぶな乙女おとめに!!」

処女おとめっスよね、確かに」

「なんか含みあるなあ、それ!」

「気のせいっスよ」


 天使が通る。

 沈黙。


 ……何よ、なんかいってよ。


『あー! もう終わってる!』

『だから早くこようっていったのに!』


 外からの声は高校生くらいかな? いろいろ青春華やかなころ、だろうなあ。

 その声もまた遠ざかっていく。


「10年目に入るのはさすがにいやっス」

「はあ?」

「腐れ縁」

「あ、ああ……」

「って、ずっと思われ続けんのは」


 彼の目が、私の目を捉えて離さない。


 な、何よ。

 勘違いしちゃうじゃない。

 わ、わ、私の恋だ愛だはもう品切れなんだから。


「沙耶香さん」

「ひゃい!」


 こ、声、裏返っちゃった。

 や、やめてよ。

 どうせまた、いつもみたいに冗談ってからかうくせに。


「本命には俺、ヘタレなんスよ」

「な、なんの話?」

「あぁ! もう!!」

「ちょ、だから、なに?!」


 怒った顔で突然立ち上がって、厨房キッチンのほうに行っちゃった。

 だから、なに? 知らない間にまた私、怒らせるようなことした? 鈍感、鈍い、空気が読めないってあなたは散々いってたけど……。


「これ!」


 へ?


 戻ってきた彼の手には真っ赤ないちごのショートケーキ。それ、確か売り切れたはずじゃ?


 プレート……。

 ホワイトチョコの、そこには……。


 うそ……っ!


『好きです! あなたを幸せにしてみせます!!』


 チョコのプレートにピンクで書かれた文字はちょっと震えていた。けど、思い切った、堂々とした言葉プロポーズ


「返事、聞かせてください。はっきりと! 俺の気持ちはこれ! もう逃げないっス! だから紗耶香さんも!」


 わ、私の答えは……。 


「い、いいの?」

「明日はクリスマス! 営業は朝だけにして、イルミネーション観に行くっスからね!」

「はい……」

「そのあとの食事ディナーも! 予約済みっス!!」


 彼の顔は、いちごに負けないくらい紅かった。

 きっと私の顔も紅かったに違いない。


 品出し、特選。

 恋のまじないはきっと、私に一番効いたのだろう。


(おしまい)

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