王の真実

灯菜

第1話

 ある国にそれはそれは優れた王がいた。


「オゼヴァルト陛下! 今日こそ貴方の婚約者を決めさせていただきますぞ!」


 王の右腕である老宰相は毎日のようにこう言う。

 王は齢二十になっても婚約者がいなかった。

 それは名乗り出る女性がいなかったからではなく、王自身がいらないと主張していたからだった。


 王は全てにおいて誰よりも秀でていた。

 執政、剣術、芸術、容姿⋯⋯。それは挙げだしたらキリがないほどだ。

 だからその血を次に受け継ぐべく早い内に婚約を望まれていた。

 

 これでも幼い頃は泣き虫だった。

 先王の子として厳しい教育を受け、次の王となるべく育てられてきた。

 とても今のように誰もが敬う王ではなかったと思う。


 しかし、彼はある時から人が変わったように振る舞うようになった。

 それまで慎ましやかだったのを男らしく周りを威圧するほどの態度に変え、髪も短く切ってしまった。

 けれどそこから今の王となるべき道が開かれていったのだと、今になって老宰相は思う。


「さぁ、どの令嬢がよろしいですかな? あなたが望めば誰でも娶ることが可能ですぞ」


 老宰相はあまたの令嬢の肖像画を王に突きつける。


「⋯⋯いらない」


 王はぽつりと呟いた。


「それでは駄目なのです。あなたには御兄弟がおられない。つまり王の血を引く者はあなたからしか生まれないのです」


「わかっている。⋯⋯解っているさ」


 普段の彼とは違い、この話をするときだけ王はどこか遠い目をする。

 彼が幼い頃から教育係であった宰相は、その理由を知っていた。


「⋯⋯また、例の少女のことですかな」


「あぁ」


 それまで泣き虫だった王の子が奮起するに至った理由。

 彼には恋人がいた。

 名前も家も知らない彼と同い年の少女。

 容姿は彼によく似ていた。最初は妹か姉かと考えたが、後日先王に問いただしても王の子は彼以外にいないの一点張りだった。


 夜、その少女は必ず寝室のテラスに来てくれた。

 毎夜、毎夜悩みを聞いたり、遊び相手になったりしてくれた。

 彼にとって少女への想いが恋心に変わるのはもはや必然的なことであった。


「しかし、その御令嬢は未だに見つかってはおられないのでしょう? そろそろ諦められるのがよろしい」


「⋯⋯⋯」


「あなたが貴方であらせられる限り、私めは婚約話を一生続けさせていただく」


 と宰相は言うものの、王の心は未だに彼女に縛られていた。

 彼女のことを考えるといつもには無いほど胸の奥が苦しくなる。

 それに。


「彼女とは、約束をしていたんだ」


「⋯⋯約束、ですか?」


「あぁ、『大人になったらわたしをここから連れ出して』彼女はそう言っていた」


 察するに彼女はその時の現状が嫌で嫌で仕方がなかったらしい。

 家族に疎まれていたのか、貴族令嬢という身分に疲れていたのか。


「私は、彼女を彼女が望む場所に連れて行ってあげたい。それならば私自身どうなっても構わない」


「それは聞き捨てなりませんな。王として、今の発言は赦されませんぞ」


「私は王でなくとも良い。私がこの地位に縋ったのは全て彼女のためだ。彼女を救えるだけの力がついたのなら、お前の孫にでも次の王を継がせても構わないと思っている」


「―――!」

 

 老宰相は王をうつす目を見開いた。


「どうした?」


「⋯⋯あ、いや。なんでもございませぬ」


 すると老宰相は令嬢たちの肖像画をしまい出した。

 王はその人が変わったような行動に疑問の念を浮かべながらも宰相の顔を見逃さなかった。


「⋯⋯⋯」


 年老いてシワだらけになった宰相の顔は微かに緩んでいた。

 どこか、安堵したような、懐かしむような。

 これまでに見たことが無いくらい、穏やかな顔だった。


「一度これらを仕舞ってきます。また後ほど来ますゆえ」


「おい、どうした。いつになく変だぞ。婚約者決めの説教はもういいのか?」


「はは、いくら臣下であると言っても失礼ですぞ。それはもう良いです。―――それに、御自身で気づかれませぬか?」


「⋯⋯⋯?」


 確かに王もいつもにはない違和を感じていた。

 何だ?

 なぜ先の一瞬、少しだけ世界が変わったように感じた?


「その様子。気づかれておられませんか」


「⋯⋯これは、何だ。すまない、教えてくれ」


「あとで鏡を持ってきましょう。その時に貴女自身でゆっくり理解するのが良い」


「⋯⋯⋯?」


 王はまだ解らなかった。

 老宰相の言葉の意味も、自分の身体に起きた明らかな変化も。


 ―――その後、宰相は本当に鏡を持ってきた。

 

 王は彼の言う通り自分の姿を鏡で見た。


 そこには明らかに華奢な女性が写っていた。


 それと、その女性は見たことがあった。


 昔、彼が幼かった頃に見た、あの少女。


「―――っ!」


 彼女は理解した。

 

 いつからか。そう、彼が王としての能力を全て修めてから、彼の宰相はよく婚約者の話を持ちかけるようになった。


「理解されましたか? 我が主、オゼヴァルト女王陛下」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王の真実 灯菜 @akarina939

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画