火事らしい

アキ

火事らしい

「火事だー!逃げろ!」

 男性が叫んだように聞こえた。声からして三〇代ぐらいではなかろうか。

 あたりには異臭がする。街全体が炎に包まれたのだろう。さっきの男性の発言を鑑みても、そうだと思う。

 この周辺には木造建築が多く、様々な建物が燃え、倒れていると思う。実際、一番近くにあった家は燃え、倒れ、人が敷かれている。

 僕はこの人を助けることはできない。僕は弱いから。

 あたりには人々が一心不乱に走っているような足音が聞こえる。そして、僕を気に留めずに走り去っていくような感覚がする。

 この悲劇に対して、歩けない僕は誰も助けてはくれない。自分たちにだけ必死なのだろう。ひどいものだ。

 足音だけでなく、赤ん坊の泣き声や子供の叫び声、大人たちが子供や赤ん坊をあやしている声もある聞こえる。それは、時間が経つにつれて少なくなっていった。

 そしてついに、あたりでは声が聞こえなくなっていた。ある程度火事が落ち着いたのだろうか。 

 そして僕は、周りの声の静寂のように、力尽き眠りに落ちた。




「ろ……」

「たろ……」

 何故か声が聞こえる。誰の声だろうか。そもそも夢なのではないのだろうか。

「たろう……」

 これは、僕の名前だ。そして、どこか安心感のある声だ。

「太郎……!」

 そこではっきり夢ではないということが分かった。

 重い瞼を開け、その先には眠る前まで僕を押しつぶしていた瓦礫が一部撤去されており、光が差し込んでいた。そしてその光の先に、声の主である母さんが見えた。

 僕は安堵感に包まれた。これまで死ぬかもしれない状況に陥っていたけれど、今はそういうわけでもなくなったからだ。

 母さんが僕には手を伸ばしてきた。僕は自然に手が出ていた。その手で母さんの手を掴み、瓦礫の外に出ることが出来た。

 僕は泣いた。泣いた。泣いた。泣き続けた。

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火事らしい アキ @riire_2

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