病弱な優等生とヒトナミに関する孤独について
雨水透日
第1話
事件後、強制的に反省室送りを強いられて、ジーン・ミヤツカは呆然としていた。悪いのは自分じゃない。全ては親友が死んだ原因となった彼らの……震える手、夜を迎えて高い窓から差し込む月明りだけがその部屋を照らしている。彼はこの学校に進学した時からの友達だった。
***
「少年リャムが来たぞ!」
国立都市創造研究所学園始まって以来の極めて優秀な学生。飛び級を繰り返したため、彼は周りの学生より四つ年下だった。しかし幼い顔は常に無表情でどこか大人びている。白い詰襟の学生服がその身体に対して少し大きい。リャムを気に入らない同級生たちは、彼、リャム・ルーのことをあえて少年、と呼んだ。
くだらないな、とリャムは思う。別に勉強の理解度は人それぞれだろうし、それはたまたま自分の覚えが早かっただけだ。彼らだってあと数年もすれば、この学園で学ぶヒトナミ研究についての知識は身についているのだろう。
学園寮内はどこか落ち着かない雰囲気だった。本日から学園最高学部に進級した学生たちが首都の寮にやって来る。高等部までは寮は地方にあり、穏やかな雰囲気の中、皆それなりに生活をしていたのだが最高学部の寮は首都中心部からバスで一本。都会で遊ぼうと思えば簡単に繁華街に行けてしまう。二十歳前後の若い学生にはそれは魅力的なことには違いない。原則男子校の学園で首都は刺激が強すぎる。
最高学部一年の部屋は寮の二階、最高学部は四年間で学年が上がるほど学生らは高層階に配置される。最上階である六階から見た景色は、彼らが自身をエリートだと自覚させるのだ。
「ミヤツカー! ついてないのな、お前」
「なにが?」
「同室だよ! 留年さえしなければ少年リャムと一緒に部屋になることはなかっただろうに」
昨年度、とある事件によりしばらく謹慎生活を送ったミヤツカは、進級叶わず留年して今年も一年生として学ぶことになった。新しい同室の生徒はリャム・ルー。常に硬い表情で、日々勉強ばかり。きっとろくな世間話も出来ないに違いない。つまらないやつ、皆がそう決めつける中、ミヤツカだけはどこか違っていた。
そもそも、リャムに興味がない。
どんなに優秀だかしらないが、ミヤツカ自身常に成績トップを狙う気なんてさらさらなかったし、とりあえず退学にならなければどうでもいい。親友が、バーレム・クロウが自ら死を願ったあの日からミヤツカはどこか無気力な日々を送っている。
学園寮内ではせわしくヒトナミが働いていた。アンドロイド・ヒトナミ、彼らは人間の代わりとして寮内の清掃や購買の管理、その他の雑務を文句も言わず行っている。寮で働いているものは現在では珍しくなってしまった、旧式であるファーストタイプ・ユオ。初めてのヒトナミ計画として作られたアンドロイドだ。
十年前に、失踪した研究員、ジュン・レーランが恋人、ユオ・トヨムラを元に作ったとされる。三年前まではユオシリーズ自体がメジャーなヒトナミだったが、動作の不具合が多くさらに威厳のない幼い容姿が問題となり製造終了となった。その容姿はユオにそっくりだ。
ヒトナミとして研究がはじまり初めて使える形になったアンドロイド。しかしヒトナミは一個人の欲望のままに製造してはならないという厳しい法律がある。この学園はそのヒトナミの製造開発を行う研究者を育成するための、国内でも唯一しかない教育機関であった。
***
一足先に荷物を新たな寮の部屋に運び込んだミヤツカが大量の私物の入った箱を置きっぱなしでベッドに転がっていると、その部屋のドアをノックする者がいる。
「鍵なら空いているよ」
そう声をかけると、ヒトナミに荷物を持ってもらいながら件の学生、リャムがドアを開ける。
「はじめまして、リャム・ルーです」
「ああ、どうも。同室のジーン・ミヤツカだ」
綺麗な顔をしている。コンプレックスだった緑の髪を金髪に染めてパーマをかけた派手な身なりのミヤツカと比べて、ストレートの長い黒髪姿の少年は、よく見れば造りの良い美しい顔をしていた。少年リャム。皆があまりにリャムを悪く言うものだから、ミヤツカもなんとなく彼がぱっとしない少年の気がしていたのだ。
「荷物は棚の中に、入り切らなかったらロッカー室に突っ込んでおけばいい」
「……わかった」
リャムの荷物は少なく、二箱ほど抱えていたヒトナミが立ち去るとすぐに棚に整理をしながら片づけてしまった。ミヤツカも慌てて、箱の中身を棚に入れて行くがこのままでは入りきらない気がする。多すぎる私服や動画プレイヤーと少しずつ集めた古い映画の再生ディスク。学園生活には無駄なものだがどうしても捨てられない、彼の荷物はそんなものが多かった。
さっさと片づけを終えてしまったリャムは備え付けのデスクで読書を始めてしまった。支給された端末に電子書籍をダウンロードしてしまえば、いくらだって読書は出来る。しかし学園公式ライブラリは小難しい本ばかりで、多くの生徒が端末の書籍を利用なんてしていなかった。しかしリャムは夢中になって読書をしている。気が合わないかもしれない、今頃になってミヤツカはその事実に気が付いてしまった。
表情を変えることのないリャムに、ミヤツカはふと聞いてみる。それは学園の生徒なら皆知っているであろう事件についてだった。
「リャム、お前俺が怖くないのか? あのムトー教授を殴ったんだそ」
「別に」
一年前、ミヤツカの親友クロウはその優秀さに目をつけられた上級生の罠にはまり、試験での不正を疑われて退学処分の検討がなされた。もちろんクロウはそんなことをしていなかったし、ミヤツカだって信じていなかった。
しかし学園上層部はクロウの話もろくに聞かずに、数日後、一方的に彼を退学とした。ヒトナミ研究者を夢見ていたクロウのいままでの努力はなんだったのだろう。翌日、早朝クロウは学園の倉庫のなかで自ら首をつって死んでしまった。
なぜもっとクロウの話を聞いてくれなかったのか。怒りのままミヤツカは、最高教授であるジャンジャック・ムトーのもとに行き彼を殴り飛ばす。そんなことをすればすぐさま反省室送りになり、そして留年が決まる。周りはミヤツカの事情を知っていたので、彼に同情の気持ちを送るだけだったが、やはりどこか距離は出来てしまったのは間違いない。
「事情は知らないが、君なりに考えた結果でしょう。ムトー教授が全て正しいわけじゃない。いまだヒトナミだって当たり前に事故を起こす世の中だ。人間ばかりが間違えないなんて誰も言えない」
「……おう」
ミヤツカはどこか気が抜けてしまった。自分よりもだいぶ幼い少年は極めて正論を述べた。あの事件もミヤツカもムトー教授のことも、詳しい事情は知らないだろうに。
「変なやつだな、お前」
「……」
リャムは再び読書に戻ってしまう。ミヤツカは片付けもそこそこに、ベッドに寝転がり、じっとリャムの痩せた頼りない背中を眺めていた。
病弱な優等生とヒトナミに関する孤独について 雨水透日 @amami_touka
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