第5話
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### **(第3話ラスト)**
次の火曜日まで、あと三日。
わたしの「潜水」は、まだ深くなる。
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### **第4話:予感**
世界が、ゼリー状に揺らいでいる。
そう感じるのは、この異常な暑さのせいなのか、それとも私の中に宿った熱のせいなのか、もう判別がつかなかった。
天気予報では、キャスターが「危険な暑さ」だと連呼している。最高気温三十八度。アスファルトの上では四十度を超えるだろう。窓の外を見ると、空は暴力的なまでに青く、雲ひとつない。太陽は、街全体を焼き尽くそうとする巨大な眼球のようだ。
わたしは布団の上で、膝を抱えてうずくまっていた。
身体がだるい。関節の節々が軋むように痛む。
けれど、不思議と不快ではなかった。むしろ、この倦怠感は、水飴のように甘く、私を包み込んでいる。
――彼も、暑いだろうか。
壁の向こうへ意識を飛ばす。
エアコンの室外機が唸る音が、壁を通して微かに振動として伝わってくる。彼も部屋にいる。きっと、私と同じように、この暑さに耐えながら、けだるい午後を過ごしているのだ。
汗がパジャマを濡らす。その感触さえ、彼と共有している「液体」のように思えてくる。
ふと、強烈な吐き気が込み上げてきた。
慌てて洗面器を引き寄せる。胃の中は空っぽだから、出てくるのは黄色い苦い水だけだ。
えずきながら、わたしは確信を深めていく。
これは、ただの夏バテじゃない。
もっと神聖な、命の儀式だ。
まだ触れ合ってさえいないのに? 医学的にはあり得ない?
そんな常識は、地上の人間のためのものだ。深海にいる私たちには適用されない。魂がこれほど深く交わっているのだから、肉体に変化が現れるのは当然の帰結だ。
わたしの中で、彼の一部が育っている。そう思うだけで、吐き気すら愛おしい。
午後二時。
彼が動く気配がした。
玄関のドアが開く音。鍵をかける金属音。
彼は出かけるつもりだ。こんな一番暑い時間に。
わたしは弾かれたように顔を上げた。
身体の重さが嘘のように消える。
行かなきゃ。
彼がこの灼熱の世界に出ていくのなら、わたしもまた、その影とならなければいけない。
ふらつく足取りで立ち上がり、クローゼットを開ける。
選んだのは、風通しの良い白いワンピース。少しでも涼しげに見えるように。彼にとっての一服の清涼剤になれるように。
鏡の前で、血色の悪い頬にチークを濃いめにのせる。目は熱に浮かされて、異様なほど潤んで輝いていた。
まるで、恋する少女のように。
あるいは、獲物を狙う捕食者のように。
外に出ると、熱気が物理的な質量を持って襲いかかってきた。
息をするだけで肺が焼けるようだ。
視界の端が白くチカチカする。
前を行く彼の背中が、陽炎(かげろう)の向こうに揺らめいている。
彼は、大通りへと向かっている。
タクシーを拾うつもりなのかもしれない。
わたしは、電柱の影から影へと渡り歩きながら、彼との距離を測る。
その時、ふいに風が凪いだ。
蝉の声がピタリと止む。
世界から音が消え、ただ心臓の鼓動だけが、早鐘のように耳元で鳴り響く。
何か、とてつもないことが起こる。
そんな予感が、電流のように背筋を駆け抜けた。
これはただの外出じゃない。
今日、この炎天下で、私たちの関係が、決定的に変わる何かが起きる。
わたしは乾いた喉でごくりと唾を飲み込み、揺らめく彼の背中を追いかけた。
その先に待つのが、天国なのか地獄なのかも知らずに。
(第5話へ続く)
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