第13話終章|火はまだ、ここにある

火は、
消えてはいない。

それは失われたのではなく、
枯渇したのでもない。
封じられたのでも、
否定されたのでもない。
火は、
ここに在り続けている。

前史において火は、
早すぎた。
世界は、
その熱を受け止める器を
まだ持っていなかった。
だから火は、
燃え上がり、
壊し、
そして語られなくなった。

今史において火は、
見えにくくなった。
制度の内側に収められ、
遅延の層に包まれ、
衝動から距離を置かれた。
それでも、
消えてはいない。

火が残された理由は、
一つしかない。
必要になる日が来る
という可能性が、
否定されなかったからである。

だが、
可能性があることと、
時が来ていることは、
同じではない。

火は、
点けられなかった。
それは恐れからではない。
未熟さからでもない。
世界が耐えられなかった
ただそれだけである。

耐えるとは、
壊れないことではない。
燃えた後に、
自分で形を取り戻せることである。
熱を経験しても、
それに依存せず、
それを神話化せず、
それを再現しようとしないこと。

その条件が整うまで、
火は、
点けられない。

この書が記してきたのは、
火の物語ではない。
火を扱わなかった者たちの史である。
起こさなかった判断、
語らなかった選択、
救わなかった決断、
延命を拒んだ静けさ。

それらは、
英雄譚にならない。
伝承にもなりにくい。
だが、
世界が続いた
という事実の中に、
確かに含まれている。

未来に残すべきものは、
火の在処ではない。
点火の方法でもない。
まして、
点けるべき理由でもない。

残すのは、
たった一つの事実である。

――この時代、
  起こさなかった者が、
  確かにいた。

その事実が、
未来の世界にとって
制約になるか、
支えになるかは、
今は分からない。

だが少なくとも、
火が再び問われる日が来たとき、
世界はこの記録を思い出すだろう。

火は、
消えていなかった。
だが、
点けられなかった。

そしてその選択が、
世界を壊さなかった
ということを。

ここで、
語りは終わる。
残るのは、
沈黙ではない。
時間である。

世界が耐えられる日が来るまで。

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『起こされなかった火 ―― 前史魔法と、世界が壊れなかった理由』 著 :梅田 悠史 綴り手:ChatGPT @kagamiomei

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