第2話 お姉さんとの距離が一気に縮まる

「うーっす」


「おお、進一郎。お前、もう学校に来て大丈夫なのか?」


「ああ、別に大した怪我じゃないし」


 退院した翌日、早速学校に行くと、事故の事を聞いて心配した友達が容体を聞いてきたが、まだちょっと体のあちこち痛いけど、どうにか普通に生活出来ないことはない。


 とはいえ、今日の体育は見学するようだが、それ以上に嫌なのは……。



「あ……」


 教室に入った瞬間、里美と目が合ってしまう。


 そして俺と目が合った瞬間、里美も気まずそうな顔をして視線を逸らしてしまい、逃げるように女子の友達の所に行ってしまった。


 はあ……やっぱり、あいつにフラれたのは現実だったって事か。


 しかも他の男とキスなんかしやがって。ああ、思い出しただけでも腸が煮えくり返る。


 おまけに軽傷だったとは言え、交通事故にまで遭うし、最悪だよ。


(いっそ、あのまま事故で死んじまったほうが気が楽だったかもしれないな)


 何てのは考えすぎかもしれないが、せめてもう少し学校を休んでおけば良かったかもと後悔しながら、一日が過ぎていった。



 放課後――


「あのっ!」


「はい? あ、あなたは……」


 学校が終わり、通学路を歩いている最中に一人の女性に声をかけられると、一昨日、俺を車で跳ねた女性……大場さんが恐る恐る声をかけてきた。


「大場さんでしたっけ?」


「は、はい。あの、今日の容体はどうですか?」


「ええ、だいぶ良くはなってきましたよ。流石に体育は休みましたけど、別に骨に異常があるわけではないので」


「そう……よかった」


 まだ気にしているようだったので、出来る限り安心させてやろうとそう話すと、大場さんも安堵の顔をして胸を撫でおろす。


 わざわざ様子を見に来てくれたのか。一応事故の被害者ではあるんだが、出来る限りの事はしてくれているので、この人自身に俺は悪い印象は全くなかった。



「あの、俺の学校よくわかりましたね?」


「あ……実は弟がこの学校の生徒なんで……制服見て、すぐわかったんですよ」


「そうなんですか」


 家族がウチの学校の生徒なら、そりゃ制服見ればすぐにわかるわな。


『大場』なんて知り合いの男子は居ないし、少なくとも同じクラスの奴ではないが、そいつも自分の姉ちゃんが事故を起こしたなんて気が気ではなかっただろう。


「その、今、お時間ありますか?」


「え? いや、今は特にないですけど」


「だったら、ちょっと私に付き合ってくれませんか? 今後の事とか、色々とお話ししたいので」


「ああ、そうですね。良いですよ」


 思いもかけずお誘いを受けてしまったが、色々と聞きたいこともあるだろうし、良いよね。



「どうぞ。私が奢りますので」


「すみません」


 近くの喫茶店に入り、大場さんがケーキとレモンティーを注文してくれたので、ありがたく頂くことにする。


 何だかドキドキしちゃうな……こんな綺麗なお姉さんと二人でお茶するとか。


 別に疚しい事ではないんだけど、これが事故の見返りだとしたら、むしろラッキーですらあったかもしれない。


 既に里美とは別れているので、何の遠慮もないしな。



「あの後、警察や保険会社の人とかに色々と話を聞かれたし、親にもすごく怒られて……まだ免許を取って三か月くらいだったのに、事故を起こしちゃって、もうどうしようかと……」


「大した怪我ではなかったので、そんなに気にしないでください。まだ医者には通うようですけど、俺もちょっとボーっとしていたんで」


「いえ、中田さんは何も悪くないですよ。普通に横断歩道を渡っていただけなので、あなたには何も過失はありません」


 まあ、青信号で渡ったんだし、そうなんだろうけど、元はと言えば里美とあのクソ男のせいで、周りに注意がいなかったせいでこうなったんだ。


(ああ、また腹が立ってきた)


 あいつらにどうにかギャフンと言わせたいなクソ。


 大場さんと話している時にこんなことを考えても仕方ないんだけど、あいつらのせいで俺や大場さんにまで迷惑をかけちゃってよ。



「こういう事言って良いのかわからないけど、中田さんが良い人で少し安心しました。前に知り合いが事故を起こした時は被害者の人と凄くもめたって話を聞いたので」


「あー、そういうもんなんですか」


 当たり屋みたいな悪質なのも居るのか、それともよっぽどの重傷だったのか……俺は殆ど怪我もなかったから良かったけど、もし後遺症とか残るくらいの重傷だったら、俺もこんな呑気に彼女とお茶何てしてられなかっただろうな。


(しかし、改めてみると結構、ギャルっぽい感じのお姉さんだな)


 今回は化粧は控えめでブラウスとスカートってカジュアルな服装だけど、髪も金髪でメッシュもかかっているし、事故を起こした時はミニスカートにへそ出しの中々、派手なファッションだった気がする。


 長身でスタイルも良いし、こんなお姉さんと知り合いになれたのであればむしろラッキーじゃね。



「困った事があったら、何でも言ってください。出来る限りの事はしますので」


「はい。あのー、大場さんって学生さんなんですか?」


「一応、大学生です。一年生で免許を取り立てなんですよ」


「ああ、じゃあ俺とあんまり歳変わらないですね」


「くす、そうですね」


 ちょっと大人っぽい感じはあったけど、まだ俺とも二歳くらいしか違わないって事か。


 折角だし、これを機会に仲良くなりたいかなーって思ってしまったのもうで、


「あの、だったら敬語とか使わなくても良いですよ。事故の事は、俺はもう気にしていないので」


「え? でも……」


「いいんですよ。大場さんもあまり気に止まないでください。今度から気を付けてくれればそれでいいので。あの、免許取り消しになったりしませんでしたか?」


「あ……ありがとう。やっぱり、中田君って良い人なんだね」


 と言うと、大場さんも感極まった顔をして、俺の手を握ってそう言ってきた。


 うん、もう吹っ切れたかな。そもそもあの事故だって、あの二人が元をただせば悪いんだ。


 彼女にそれを言っても理解は出来ないだろうけど、どう考えても里美の浮気現場を見てなかったら、あの事故は起きてないんだしさ。



「それじゃ、連絡先交換しよう。この前は自宅と携帯の番号だけだったけど、今度はSNSのアカウントとかも交換したいな」


「あ、はい」


 すっかり元気を取り戻したのか、大場さんも年上らしいフランクな口調でスマホを取り出して連絡先の交換をしようと言ったので、俺もスマホを出してフルフルと振って、彼女のラインのアカウントなんかも交換し合う。


 最初は遠慮しがちだったけど、結構、明るくて気さくなお姉さんなんだな。


 あんな事故起こしちゃったんじゃ仕方ないけど、大した怪我もなかったんだし、大場さんだって事故を起こしたくて起こしたんじゃないんだから、これで彼女もショックから立ち直ってくれれば俺はそれでいい。



「えへへ……ありがとう。あ、そろそろ行かないと。ゴメン、これからちょっとバイト入っているんだ」


「あ、そうなんですか。今日はごちそうさまでした」


「何言ってるの、私が悪いんだしさ。ね、ねえ。また会えないかな?」


「え? 良いですけど、まだ何か事故の件で気になる事……」


「事故って言うか、君と仲良くしたくて。ね、今度の日曜とか空いている? お詫びも兼ねて、私と一緒に出掛けない?」


 ん? 今度の日曜日に大場さんと?


 別に構わないけど、それってデートの……。


「ダメ?」


「いいですよ。でも、あんまりお詫びとかそういうのは……」


「――っ! ありがとう! じゃあ、約束ね。待ち合わせ場所とか、また後で連絡するから。それじゃ。あ、私の事、葉月で良いから」


 デートのお誘いかとドキっとしてしまったが、大場さんはそう言った後、支払いを済ませて一足先に店を出て行ってしまった。


 何か予想外の展開になってしまったが……まあ、事故のお詫びって言うなら、今はありがたく受け取っておこう。

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