【ぷらかの!】 ~売れ残り福袋から始まる、プラモデル彼女との甘い同棲生活~

kazuchi

第一話「売れ残り福袋を開けたら、説明書に載ってない彼女が出てきた!?」

 売れ残り福袋なんて、基本はハズレだ。誰も買わなかった理由わけが、そのまま詰め込まれている。だから僕は、あの日それを買った自分を少しだけ笑った。


 中身は美少女プラモデルだった。箱の表には『模型初心者向け』と書いてある。――なるほど、だからマニアなショップで売れ残ったのか。失恋したばかりの独り身高校生が、部屋で黙々と組み立てるには、ちょうどいい暇つぶしだった。


 そして翌朝。目を覚ました僕のベッドの中には、完成したはずのプラモデルと同じ顔をした生身の美少女が、当たり前みたいに隣で寝息を立てていた。


 柔らかく上下する胸と、閉じた長いまつ毛を見て、僕は理解した。


【ああこれ、説明書に載ってないやつだ】


 ◇


 ――人生で一番大切な告白を、僕は失敗した。


 夕暮れの公園で、隣の家に住む幼馴染・川村優萌香かわむらゆめかに想いを伝えた。

 十六年間、胸の奥に溜め続けてきた言葉だった。


「……ごめん、悠真くん。私、他に好きな人がいるの」


 優しい声だった。だからこそ、心に深く刺さった。


 その日から、僕――蒼井悠真あおいゆうまの世界は色を失った。


 両親を不慮の事故で亡くして三年。姉と二人、支え合って生きてきた。

 泣かないように。迷惑をかけないように。

 “いい子”でいることだけが、僕の役割だった。


 優萌香への想いだけが、唯一の逃げ場だった。


 その光が消えた今、部屋も、心も、すべて空っぽの世界になった。


 ――このまま一人で朽ちていくのか。

 そう思っていた。運命の少女に出会った、あの日までは……。


 ◇


 土曜日の午後。

 失恋から三日、夏休みに入ったばかりの街を、僕は当てもなく歩いていた。


 部屋にいると考えてしまう。

 だから外に出た。


 商店街を抜け、見慣れない路地へ。

 古びた建物の一角で、小さな看板が目に留まる。


『ホビーショップ・アルカディア』


 模型店。

 子供の頃、父さんとプラモデルを作った記憶が、不意に蘇ってくる。


 気づけば、 僕は模型店の扉を開けていた。


「……いらっしゃい」


 店主らしき初老の男が、顔も上げずに言う。

 棚にはガンプラ、戦車、飛行機。

 そしてレジ横のワゴンに、無造作に積まれた赤い大きな紙袋。


『福袋』と書かれている。


「夏の大処分。一万円で中身は三万円相当だよ」


 視線に気がついたのか店主が、ぽつりとつぶやいた。僕は福袋を何気なく手に取った。


 深い理由わけはない。

 ただ、何かを変えたかった。


「……これ、ください」


 重い紙袋を抱え、帰り道のベンチで中身を確認する。


 戦車。

 工具。

 塗料。

 そして――


「……なんだ、これ?」


 ピンク色のカラフルな箱。

 セーラー服の美少女が描かれている。


『1/10スケール 美少女プラモデル

 紫陽花あじさい少女菜園シリーズ 出席番号① 天沢あまさわなずな』


 正直、美少女プラモデルには興味はなかった。

 でも、暇つぶしにはなる。


 ◇


 夜。

 部屋の床に広げた福袋の中身から、消去法でその箱を選んだ。


「天沢なずな、か……」


 説明書を読み、ニッパーを握る。

 プラモデルは、小学生以来の作業。


 意外なほど、集中できた。


 表情パーツは笑顔を。

 髪はロング。

 制服は夏服。


 無心で組み立てていく。

 考えなくていい時間が、心地よかった。


 気づけば深夜になっていた。


「……完成した」


 セーラー服姿の美少女プラモデルが、手に収まっている。


 ――が。


「……?」


 前から見ると、何かおかしい。


「うわっ!?」


 スカートの裾が、明らかに不自然だった。


 慌てて説明書を確認する。


《注意:スカート前後逆装着時、常時めくれ状態になります》


「……しくじったな」


 疲れていた。

 作り直す気力はなかった。


 棚に置き、そのままベッドに倒れ込む。


「おやすみ、なずな」


 自分でも不思議なことを呟いて、眠りに落ちた。


 ◇


 目を覚ますと、腕が重かった。


 妙に柔らかい。

 温かい人肌の感触。


「なっ……!?」


 慌てて目を開ける。


「うわあああっ!?」


 叫び声を上げながら、そのままベッドから転げ落ちた。


 そこには、可憐な美少女がいた。


 夏服のセーラー服。

 流れるような黒髪。

 穏やかな寝息。


 そして……。


 ――昨夜のプラモデルと、まったく同じ顔。


「……天沢、なずな?」


 名前を呼んだ瞬間、彼女が目を開けた。


『 ご、ご主人様……ですか!?』


 彼女の声が部屋に響く。


 ◇


 状況整理は諦めた。

 考えても絶対に答えは出ない。


 ただ一つ確かなのは――。


「……制服のスカートが、逆だ」


『ふえぇ……』


 耳まで真っ赤にしながら、涙目で震える彼女を前に、僕は深呼吸する。


「とにかく直す……今すぐ」


 彼女は、人間サイズでも“プラモデルの構造”だった。


 パーツを外し、スカートを付け替える。


『ご主人様、お願いです』


 消え入りそうな彼女の声。


『……恥ずかしいので、あんまり見ないでください』


 必死に視線を逸らしながら、手探りで作業を進める。


 カチッ。


「……できた」


『……わっ、やったぁ!』


 彼女は立ち上がり、くるりと身をひるがえす。正常の位置になったスカートが、軽やかに揺れた。


『ありがとうございます、ご主人様!』


 彼女の満面な笑顔を見て、胸が少し温かくなった。


 ◇


『あの……私、帰る、行く場所もないので……』


 『 ――それで、ご主人様。今日から一緒にこの部屋で暮らすってことで、いいですよね?』


 シーツを握りしめ、少しだけ不安そうに、それでも期待を隠しきれない瞳で、なずなは言った。


 僕の部屋はワンルーム、予備の布団は一つ、福袋には“返品不可”の文字。逃げ道を探す思考が、全部意味を失う。


 気づけば僕は、完成したばかりの“プラモデル彼女”と目を合わせていた。


『……』


「まあいいか。一人暮らしだし、こんなに可愛いなら――でも、大歓迎だ」


『はいっ、ありがとうございますご主人様!! でもその呼び名は長いし、あんまり可愛くないです』


「じゃあ、ぷらかの! ってどうだ。昔流行った美少女アニメのタイトルみたいで、なずなにぴったりだろ?」


『ぷらかの! それすっごく気に入りました、さすがは私のご主人様です!!』


 なずなの天真爛漫てんしんらんまんな笑顔を見ていると、僕の中に浮かんだ疑問はどうでも良くなった。


『ぷらかの! 出席番号一番、天沢なずなです。ふつつか者ですが、これからもどうぞよろしくお願いします』


 かくして売れ残りの福袋に入っていた飛び切り可愛い美少女が、一万円で僕の彼女ぷらかのになったんだ。


 ――でも不思議と、不安はなかった。


 こうして、売れ残り福袋から始まった僕の平穏な日常は、説明書なしで音を立てて組み替わり始めたのだった。


 第一話 了


 ※作者からのお礼とお願い。


 第一話をお読みいただき、ありがとうございました。

 本作は【カクヨムコンテスト11】参加作品です。


 少しでも面白いと感じていただけたら

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【次回予告】


 ――彼女は、ひとりになると“戻ってしまう”。


 宅配業者のインターホンが鳴った、その一瞬。

 見知らぬ男の気配に怯えたなずなの体は、音もなく“分解”され――

 再び、あの小さな箱の中へ。


 ご主人様のいない部屋。

 動けず、話せず、ただ“プラモデル”として待ち続ける時間。


「……私、ご主人様の前で、ちゃんと人間でいられたのかな……?」


 一方、何も知らずに外出していた悠真は、

 帰宅して“空っぽの部屋”を目の当たりにする。


 消えた彼女。

 テーブルの上に残されていたのは、閉じられたピンク色の箱だけ。


 ――彼女はなぜ、箱に戻ったのか。

 ――彼女は、また“組み上がる”ことができるのか。


 甘くて少し切ない、プラモデル同棲ラブコメ。

 次回、「なずなを一人にしない」という選択が試される。


 第二話

「ご主人様のいない世界で、私は箱に戻った」 に続く。

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2025年12月18日 20:00
2025年12月19日 20:00

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