100歳の同窓会

青川メノウ

第1話 100歳の同窓会

陽菜子ひなこは、満100歳になった自分の祖母を祝った。


「おばあちゃん、100歳のお誕生日、おめでとう」

「ありがとう、陽菜子ちゃん」


内閣総理大臣からも、お祝い状と、記念品の銀杯が届いた。

祖母は、それらを神棚に供えて、

「ああ、なんて勿体ないことかしら」

と言って、有り難そうに、恭しく手を合わせていた。


それから何日か経ったある日、祖母が陽菜子に言った。

「ねえ、陽菜子ちゃん。今度ね、女学校の同窓会があるの。悪いけれど、会場まで、お車で送ってもらえない?」

「えっ、同窓会って、100歳の?」

「ええ、そうよ」


まさか。

あり得ないでしょ。

しゃんとしていた祖母も、いよいよかな、と陽菜子は思った。

最近の言動から、そうした兆しを感じて、気掛かりだったのだが。


「ねえ、おばあちゃん。その同窓会って、なにか連絡でもあったの?」

と陽菜子は聞いてみた。

「ええ。このあいだ、案内の往復ハガキが届いたから、出席にまるをつけて、出しておいたわ」

「ふうん。それで、開催日はいつ?」

「再来月よ。会場は『エトワール』で、時間は三時から。会費は一人・八千円なの」


はなはだ疑わしいが、祖母はハキハキと詳細を答えるし、なにしろここは長寿大国ニッポンなのだ。

100歳の同窓会も、全くあり得ない話ではない。

「全面否定できないかも」

と思い直した。

とにかく、ハガキがあれば、はっきり確認できるだろう。


「その案内のハガキって、見てもいい?」

「ええ、いいわよ。ちょっと、待っててね」

祖母はしばらく、あちこち探していたが、見つからないようだった。

「変ねえ……確か、ここに入れたはずなんだけど……うーん、違ったかしら」

ハガキは、ついに出てこなかった。


その後も祖母は、毎日のように、繰り返し何度も、陽菜子に頼んだ。


「陽菜子ちゃん、当日は、お車をよろしくお願いね」

「うん、いいよ」


翌日も、

「陽菜子ちゃん、お車、お願いね」

「うん、わかってる」


そのまた翌日も、

「陽菜子ちゃん、お車なんだけど」

「うん、大丈夫だから」


陽菜子はその度に、笑顔で応じた。

「よっぽど、同窓会に行きたいんだなあ」

と陽菜子は思った。


昔から祖母は、女学校時代の思い出を、楽しそうに語っていた。

「当時の恩師が、植物に詳しくて、『ハイキングに行こう』と言って、山野草の採集に、連れて行ってくれたの。今でも良い思い出だわ」

と懐かしそうに遠い目をした。


しかし、今回の同窓会は十中八九、祖母の想像と思い込みだろう。

そもそも、案内のハガキなど、なかったではないか。

百歩譲って、本当だったとしても、なにしろ100歳だ。

出席者は多くて数名か、祖母一人ってこともあり得る。


二十年前にも、これと似たようなことがあったのを、陽菜子は思い出した。

それは、祖母が八十歳の時の(実際に開催された)同窓会だった。

当時も祖母に『乗せて行ってほしい』と頼まれた。

会場も同じ『エトワール』だった。


認知症の人は、『過去の記憶は、比較的よく保たれている』という。

祖母は認知症の診断こそ、受けていないが、

「二十年前の思い出と、最近の記憶が、ごっちゃになっているんじゃないかな」

と陽菜子は思った。


『おばあちゃん、それ勘違いだよ』と伝えようとしたものの、『とっても、楽しみだわ』と嬉しそうに、ニコニコしている祖母を前にすると、言い出しにくかった。

強く思い込んでいるなら、それが本人にとっての、真実なのだ。

否定しても始まらない。

いや、無理に否定すべきではない。


ただ、いずれその時が来れば、祖母も現実を、知ってしまうだろうけれど。

「後でショックを受けるより、今きちんと説明して、受け入れてもらった方がいいのかな?」

陽菜子は、どうしたらいいかわからなくて、思い悩みながら、ただ祖母に寄り添うしかなかった。


結局、その悩みは、時が解決する形となった。

同窓会があるという日の朝、祖母は亡くなった。

いつまで経っても起きてこないので、陽菜子が見に行くと、既に息をしていなかった。

祖母の体は、まだほんのりと温かくて、口元は、微かな笑みを浮かべていた。


葬儀が終わった後、祖母をよく知る人からの話で、祖母が同窓生の最後の一人だったとわかった。

「ねえ、おばあちゃん。100歳の同窓会は、あちらでやった方が、きっと賑やかで良いよね。今頃、みんなに迎えられて、懐かしい思い出話に、花を咲かせているのかな」

と陽菜子は思いつつ、祖母の冥福を祈った。

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100歳の同窓会 青川メノウ @kawasemi-river

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