第7話

エピソード7:虚実皮膜


第一章:欲望


等海は、底知れぬ虚無感のどん底にいた。

その日、等海は帰宅しても眠れず、慰みを反芻する。

あの時、あの人だけが、私を、凪海を、覚えていてくれた。

そして、私に消えかけた”過去の栄華の対価”を与えてくれた。

理性は“それは危険な道だ"と叫ぶが、衝動は“裏切られる現実から逃れるには、突き進んでみる”と囁く。

等海は、自分のプライドを欲望の道標としてしまった行動を思い出し、否定と肯定の狭間から揺れながらも本能的に選ぶことを決意する。



第二章:要望


ある日の雨が強く降りしきり客足が途絶える中、突然、車内に無機質な警告音が鳴り響いた。

#ピーピー!ピーッ!その音は、まるで彼女の理性の最後の砦を打ち破るかのように鋭かった。

直後、無線機のスピーカーから、オペレーターの機械的で抑揚のない声が流れた。

「3995号車、お客様ご指定の特別配車です。配車場所は、文京区白山下交差点コンビニ前にて待機、お客様名は桂 様です。」

“特別指定配車”それは、等海という個人への指定であり、彼女が凪海として桂に選ばれたことを意味していた。

等海の体温が急上昇する。

これは、彼女自身が望み、彼女自身が作り出した、“過去の栄華”への招待状だ。

自己嫌悪と虚無感は一瞬で吹き飛び、代わりに、抗いがたい高揚感が湧き上がってくる。

彼女は、無線機に手を伸ばし、オペレーターへ応答した。

その声は、熱を帯びた凪海のそれだった。

「3995号車、了解いたしました。直ちに向かいます。」等海は、メーターを【迎車】に切り換えると、大きくアクセルを踏み込んだ。

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