現在から過去へ吊れた僕は、君にありがとうを言いたい。

シイナ

第1話

 遠くの方で救急車の音が聞こえる、暗い部屋に赤いランプがチカチカと光った気がした。

目線を移動し、部屋の角に目を向ける。

仕事用のPCと簡素なデスクに椅子、余分なものは何も無く最低限生きるためだけの道具。

布団替わりの寝袋を畳むと引越しをしてから5年間放置した、ダンボールが目に映った。

中身はA4ノート3冊と日用品。

ノートには乱雑に殴り書かれた文字の羅列。

ノートを見る手が止まる。

思い出したくもない事を思い出した。

君のことを思い出した。


『幸生の事は私が守ってあげる、だって私は幸生のお姉さんだからね』


思い出したくない、聞きたくない。


『幸生、どっどうしたのその傷誰にやられたの

ここも、こんな所もあいつらでしょ幸生をこんなにしたの許せない』


聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない。


ノートをめくると言葉が乱雑に刻まれていた。

痛い、痛い、苦しい、息ができない、学校に行きたくない、家族には話せない、誰とも話したくない

辛い、しんどい、生きたくない───死にたい。


高校生の頃人生に絶望した。

自分よりも不幸な人なんていないと思っていた。

幼なじみの香織だけが僕を助けようとしてくれた。

助けてくれた香織を僕は見なかった。

見ようとせず、傷つかない今に安心し彼女を遠ざけた。

逃げて、逃げて、逃げて、逃げた先に何も無かった

逃げても何も変わらなかった。

だから僕から移った標的を助けるために僕は走った。


君を助けたい、君に触れたい、君にありがとうを言いたい、君に認められたい、君に好きと伝えたい、君の隣でいたい、人生はまだ終わっていない。


「香織、僕弱かった香織にばっかり押し付けてた

ごめん、本当に最低だ───僕。

でもこれからはふたりで考えたい、だから香織僕と一緒に──────えっ……」


香織の身長は僕より頭ひとつ低くていつもそれを『なんでお姉ちゃんの方が小さいのかなぁ』

なんて、ふざけて笑ってた。

そんな香織が今僕を見下げてる。

さっきまで香織だった物がぶら下がっている。

汚い水を撒き散らして彼女はその手で​────息を引き取った。


嫌なことを思い出した。

思い出したくないことを考えた。

ノートを見るとあの日を思い出す。

あの時の事は嫌に鮮明に覚えてる。

夜ベッドに横たわりながら、あの香織の顔を思い出す。

香織が死んだ、香織が死んだ、香織が死んだ

死んだ、死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。

僕は​───────死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない......死にたくない。


あの日を思い出すのはもう辞めた、このノートもシュレッダーに入れてこの世から無くした。


あの日を思い出し寝袋にくるまる。

暗い部屋、救急車の赤色灯が部屋を照らす。

香織の匂いがした気がした。

香織が近くに居た、香織が僕の首に手を……

「あぁ、よし……死のう」


うだつの上がらないこの人生、水の中をずっと沈んでいるかのような感覚で生を実感していた。

「そうか……死ねばいいのか。」

齢29。初めて僕は、死にたいと切に願った。


 数年前から時折、香織の亡霊を見る。

街灯の明かりが窓から差し込み、薄暗い部屋の端でいつも僕を見下ろす。

あの日のように笑ったり泣いたりせずじっとこっちを見ている。

何年もずっと、ずっと。

夢の中で彼女に首を絞められた。

痛くて苦しかったが、その瞬間解放されたような気分になった。


決断した。

進まなかった1日を進もうと努力した。


だから人生を終わらせた。

薄暗い部屋に差し込む光、通販で購入したロープをロフトの柱に括る。

「これで終われる、これで終われる、これれで」

彼女が見てる、目線の合った彼女は笑っているような気がした。

「ガッあ……ぁあ」

喉が狭まり、息を吸えなくなる。

生を得ようと吸い込む、ただそれすらも壁に当たったかのように跳ね返り霧散する。

もがき苦しみ水に溺れたかのように手足がバタついた。

「ヒュッ、あぁガッ……」

段々と意識が混濁していき、走馬灯を見た。

生まれて、小学生になって、卒業して、中学生になり

まるで自分という長い映画を見てるようだった。

「カッぐぇあぁ…あっ」

やっと死ねる、やっと解放される、やっと─────彼女に会える。


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現在から過去へ吊れた僕は、君にありがとうを言いたい。 シイナ @shiina1126

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