第五話 交友関係
少女は、名前を深水剣と言う。
深水が姓で剣が名。
高知県室戸岬沖に建設された海上研究都市『深水島』に住まう高校一年生。
深水財閥と同じ姓を持ちこそすれども、剣の家系に権力は無い。
姓を捨てるほど遠くもないが、一族の末端である。
と、剣は父から聞かされている。
父は名を藤四郎という。
深水財閥近縁企業の研究者であり、男手一つで剣を育ててきた。
「どうしたんだ、剣。元気ないぞ」
藤四郎の言葉に、首を横へ振る剣。
「ううん、眠いだけだよ」
否。
剣は、確かに気落ちしていた。
昨日の放課後、野球部グラウンドでのこと。
意地を張って野球をしてしまったことはまだ構わない。
だが、大切な友人である日佳留に隠し事がばれてしまった。
中学一年の冬に深水島へ移り住んでからの親友。
気まずくなるのは避けたいが、今更自分からどうにか出来ることも無い。
今日会って、日佳留がどんな反応をするか。
考えるだけで朝食もぎとりと重くなる。
ちなみに焼き魚だ。
「何か困ったことがあったら、何でも俺に言うんだぞ。いいな、剣?」
「うん。分かってるよお父さん」
「おはよ!」
日佳留は至って普通だった。
いつもの調子での挨拶。
剣は安心して、片手を上げておはよう、と返す。
「ねえ剣」
「なあに?」
「昨日はごめんね」
心配など、必要なかった。
剣は途端に自分が馬鹿だと思った。
そして、日佳留のことを大切にしようとも。
「ううん。私も、ごめんね」
互いに謝りあう二人。
日佳留は、無理に剣を野球の方へ引っ張って行ったこと。
剣は隠し事のこと。
これでチャラ。二人は並んで歩く。学校に向かう。
教室に着くと、見慣れた人物。
「やあ、剣サン。おはよう!」
そこに居るのは、日本人離れした顔立ちの少女。
「おはようございます、ナイルさん」
剣は呆れたような口調で言う。
この少女、名を船原ナイルと言う。
日本人とメキシコ人のハーフで、高校二年生。
剣のことが好きで、毎朝口説きに来る。
日佳留はこれを快く思っておらず、いつも二人は対立する。
「今日も剣サンは可愛いね。
君は百合のように気高い花だ。
何度僕が声をかけたってそっぽを向いたまま。
気があるふりすらそぶりに見せてくれない」
「はぁ。
まあ、だって気がないですから」
「そんな君の心を僕の色で染めてあげたいな。
どうやれば、君は僕の言葉に頷いてくれる?」
ナイルの様子をみかねて、日佳留がついに声を上げる。
「もう、ナイル先輩!
何度来たって無駄ですよ。 剣は渡しませんからね!」
「まあまあ、そう言わないで。
君がなんと言っても、全てを決めるのは剣サンだからね。
僕と一緒になりたい時は、どんな妨害だって無駄に終わるよ。君も同じさ」
「あーもうっ!
アタシの剣がナイル先輩なんか選ぶわけないもの!
ほら、剣は後ろに隠れて!」
「うん」
言われたとおり、日佳留の後ろに控える剣。
「くたばれ!」
日佳留はナイルに向けて蹴りを入れる。
陸上部で鍛え上げた足からの一撃。
平凡な女子ならば耐えられないだろうが、相手のナイルも運動部。
体操部でレギュラーを務める実力者。
避けもせず、受け止めて日佳留にウインクを返す。
「僕はくたばらないさ。
剣サンの愛を手に入れるまではそうそう死ねないからね」
言って、ナイルは日佳留の足を引っ張り、投げ飛ばす。
日佳留も陸上では一年生でレギュラーを張る天才。
空中で体勢を立て直し、綺麗に着地。
一連の動きを見ていたクラスの野次馬から拍手喝采。
「――なんや、楽しそうやな!」
不意に、聞きなれない方言が教室に飛び込んでくる。
声の方へ、全員が視線を向けた。
そこには見慣れぬ生徒。
いや――剣と日佳留は知っていた。
昨日の放課後、野球部で見た超野球少女だ。
「あぁ~! アンタ、昨日の超野球少女!」
「おっ、なんや分からんけど知っとってもらえたみたいやな」
日佳留の反応に驚く真希。
昨日剣と一緒に居た少女が日佳留だと気づいていないのだろう。
「で、何しとるんや?」
「剣サンを二人で奪い合っているんだ」
ナイルが言って、日佳留を指す。
真希が剣に確認の視線を送ると。
剣も頷いて、ナイルの言うことが真実であると伝える。
「なんや、ホンマにおもろいことやっとるやないか」
言って、真希は剣に近寄り、肩に手を置く。
ぽん、と優しく触るように。
「せっかくや。その勝負、ウチも混ぜてもらおうか!」
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