悪役酒場マスター転生 勇者に略奪される奴隷ヒロインをこっそり溺愛してたら俺に懐いて勇者を罵倒し始めたんだが ヘイト役のモブな俺の店に主役級の人材たちが集まってきて勝手に一大勢力になっていきます
めでめで汰
第1話 虐待してる「ふり」
無精ヒゲ、強面。身長185センチ。
ガチムチ悪役顔の男【ユウリ】──つまり【俺】が少女に
「汚れを落とせ、ミカ。まったく穢らわしい……俺に病気でも
「……すみません、マスター」
少女【ミカ】は感情のない声で返事をすると背を向け、くたびれた給仕服を脱いでいく。
真冬の夜中だ。
その細い背中には大きな鳥肌が立っている。
ミカは冷たい地面に膝をつくと、意を決して井戸の水を浴び始める。
「ッ──!」
通りがかった通行人たちが眉をひそめる。
「うわ……ユウリさん、またやってるよ……」
「奴隷相手だからってやりすぎだろ、毎回毎回……」
「あれくらいだからやってけるんだよ……ナメられたら終わりからな、ここ【アリハム】では」
「しっ、目が合ったらどんな目に遭わされるか……早く通り過ぎよう」
すたたたっ──。足早に去っていく足音を聴きながら俺は思う。
(俺だって好きでこんなことやってるわけじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!)
俺は転生者だ。
ゲーム『ハーディアス』。
その世界の中の登場人物。
酒場『ブラッディ・ジョッキ』の極悪店主【ユウリ】。
ヒロインの奴隷【ミカ】を虐待してるところを勇者に目撃され、しばかれる。
そんな序盤のヘイト役。
それが、俺の転生先だった。
かつては思ったものだ。
(もっとマシな転生先なかったのかよ! 名前が【ユウリ】で、俺の前世の名前が【ユウト】! 一文字違いで親近感持てるってこと以外メリットなにもないよ! そもそも、こんなガチムチの悪人面にならされても困るって!)
って。
けど、なっちゃったもんはしょうがない。
俺は秒で考えを切り替え、今世を前向きに生きることした。
その前向きな取り組みの一つが、このゲームのヒロイン【ミカ】だ。
ミカは、勇者に連れ出された後もツラい経験ばかりをするキャラだ。
結果的に魔王は倒すのだが、ミカは陽の目を浴びることもなく歴史の彼方に忘れさられる。
あまりにも報われないヒロイン──それが、いま俺の元で働いている元奴隷・ミカなのだ。
「マスター……水浴び、終わりました」
ミカが唇を紫色に変色させてガタガタ震えている。
(うわぁぁぁぁぁぁ! ミカが風邪引いちゃうぅぅぅ! でもね、こうでもしないとここハーディアスでは生きていけないんだ! 厳しく当たってる「フリ」をしとかないと、すぐ潰されちゃうんだ! 痛い、胸が痛いっ! 今すぐ抱きしめて「ごめん今のぜんぶ嘘!」って言いたい! 世界を敵に回して二人だけで生き延びたい! でもね、俺にそんな力はないんだ! だからこんな悪役を演じるしかないんだぁぁぁぁぁぁ! ごめんねぇぇぇぇぇぇぇ!)
ミカが目を細める。
「マスター? 出てますよ? 表情に」
「……ハッ! こほん……まったく水浴びごときにどれだけ時間をかけてるんだ。何から何までほんとうにノロマなクズだな」
「もうしわけありません、マスター」
「チッ、目の前にいられるだけで不愉快だ。さっさと狭苦しい自室に戻れ。明日はもっとこき使ってやるからな。覚悟しろよ」
「……はい」
よろよろと立ち去っていくミカ。
(ミカの背中が! 背中が痛々しすぎる! 唇も紫だった! クソっ、急がないと!)
ザクッ!
俺はソッコーで裏庭の井戸の横に隠してある箱を掘り出し、中から魔導石を取り出す。
これはゲーム内で「ただのきれいな石(1ルクス)」として売られているものだ。
ただし、これは後に「魔力に反応して湯沸かし石として使える」ことが勇者により発見される。
それ以降、この石は高騰することになる。
だから俺は、それを貯蓄してる。
これで将来の心配もなにもないってわけだ。わっはっはっ。ありがとう、チート知識!
そして、俺は今からそれを使って湯を沸かします!
ミカの冷えきった体を温めるために!
俺は桶に井戸の水を汲むと、必死に独学で習得した魔力を石に送り込む。すぐに熱してきた石を水に移し、店内へと移動。ミカのために取っておいたスペッシャルな薬草をカウンターの下から取り出し、すさまじい集中力をもってして一瞬で調合を完了する。俺はそれを抱えると酒場の三階、屋根裏へと光の速さで駆け上がった。
ハァハァ……「入るぞ!」バンッ!
瞬間、ミカの笑顔が弾ける。
「マスター!」
はぁぁぁぁぁぁん! 頬が緩むぅぅぅぅ!
さっきまで俺に虐められてた奴隷・ミカの髪は濡れ鼠のように濡れていて気の毒だ。
「こほん……だいじょうぶか? 唇、真っ青になってたぞ? ごめんな、こんなことさせて」
「いえ、私たちがここ【アリハム】で生き延びていくために必要なことです。奴隷に対して甘く接してると思われたら、最悪死罪。私も──マスターも」
「あぁ、まったくイカれた決まりだぜ。お前を連れて他の街へ行こうかとも思ったが……」
「奴隷に街を出ることは許されていません」
う~ん、出れるんだけどな、勇者特権さえあれば。
そして明日、お前はその勇者と出会ってこの街から出ていくんだ。
「マスター? どうしたんですか? さっきも危うかったですよ、表情がちょっと緩んでました」
「そ、そうか?」
まさか「明日でお別れになる」だなんて言えないからなぁ。
明日はレイティア歴712年、12月の8日。
俺がお前を虐待してるところを、勇者に見つかる日なんだ。
「そうです、まったく私のマスターに何かあったらどうするんですか」
「別にお前のマスターじゃないけどな」
「……もう、マスターの馬鹿」
ミカが頬を膨らます。
う~ん、こいつ、たまにこういうよくわからないことを言うんだよなぁ。
「ほら、これ飲んで体を温めて」
「こくっ……はぁ……おいしい……」
幽霊みたいに真っ白だった頬に赤みがさす。ほっ……。
「今日のは一段と力を入れて調合したからな」
「これ完璧ですよ、完璧の上です。完完璧です」
「お、おう……」
謎造語にちょっと戸惑う。
そもそもミカはゲーム内でこんな弾け方をしてなかった。
それもそのはず。
あのゲームはミカが悲惨な目に遭いまくるというカタルシス強めの作品で、こんな日常パートはほとんど描かれてなかったからだ。
だから、この先ミカが立ち向かうことになる苦難の日々の「糧」になるようにと、俺はこっそりとミカの幸せを積み上げてきたわけだ。
(どうかミカの人生の幸福度の合計がプラスで終わりますように)
それが、俺がまず最初に今生でやろうとしてることだ。
ミカを無事に送り出す。
先のことはそれから考えよう。
それが俺の第二の人生の設計図だ、。
「だいすきです」
「え? あっ、ハーブティーな。うん、気に入ってくれてよかった」
「ちがいます! そうじゃなくて! その……大好きなんです」
「? よくわからんが、あとはこの湯で体をしっかり温めてから眠ってくれ」
部屋の隅にあるペラペラのせんべい布団に魔力を通す。
すると、たちまちふかふかの最高級羽毛布団へと膨らむ。もちろん枕も毛布も最高級。
この屋根裏部屋も外からはボロボロの物置に見えるが、実は「完全防音」「完全冷気遮断」「24時間換気」「湿度と温度自動調整」という最高の設備を備えたスイートルームとなっている。
おまけに枕元には超レアなカホドー地方のミノタウ牛の特濃ホットミルク。そして黄金にも匹敵すると言われているロピス堂のブラックチョコレートが用意してある。この2つのレア食品を揃えるのは大変だったが、今日はミカがここで迎える最後の夜だ。最高にしたい。
「もう……マスターのばかったらばか!」
「ん? なにか不備があったか? 見落としがあったらすまん」
「見落としてないです! マスターは最高です! ただ、ちょっと……すっとこどっこいなだけです!」
「そ、そうか……」
すっとこどっこいとかリアルで使うやつ初めて見たぞ。
「いいですからマスターはもう出ていってください。私はおかげでもう体もピンピン、お肌もすべすべ、完全ばっちりなぴちぴちコンディションですから」
「そ、そうか……。それはよかった。明日も早いからゆっくり休むんだぞ」
ミカ、ちょっと語彙がおばさん臭いんだよな……。
「言われなくても熟睡確定です。ほんとうにマスターのお世話っぷりはこの世で右に出るものがありません。最高です」
「それならいいんだが……」
「私はこの世のどんなお姫様よりも幸せな毎日を送っています。私にあと必要なのは王子様くらいです」
「王子か……」
それは明日、お前の前に来るんだよミカ。
勇者という男がね。
思わず遠い目をしてしまう。
「もうっ! マスターのおたんこなす!」
なぜか怒ったミカに部屋を追い出される。
(おたんこなすって……)
反抗期……かな。
どのみちもう俺の手元からは旅立つ時期だったのだろう。
俺はこれまでのミカとの思い出に浸りつつ、同じ屋根の下で暮らす最後の夜をじっくりと噛み締めた。
【次の日】
「この勇者を騙る卑劣な詐欺師めっ! 私は身も心もマスターのものなんです! 私のマスターを二度と悪く言わないでください! 心底反吐が出ます! 今すぐ私の視界から消えなさいっ!」
えぇ……?
ミ、ミカさん……?
あなた、なんで……。
────────────
【あとがき】
始まりました、新連載!
1話です! 溺愛です! 悪役転生です! ダークヒーロー(表上だけ)です! 勇者ざまぁです! 成り上がりです! 俺ツェェェェです! ゲーム知識無双です! 冒険&バトルです! 経営です! 無自覚ハーレムです!
2話からも変わらぬ怒涛の勢い&純愛で突き進んでいきます!
ぜひともブクマ、☆☆☆、ハート、コメントをお願いします!
では、また次の話で~~~~~!(毎日11:05に更新です)
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