受験=未知=恐怖

十朱兎四彰

初めての受験、圧倒的な未知

2023年秋


この時期に私は人生で初めての「受験」というものを意識し始めた。きっかけは、学年集会でK先生が言っていたこの発言である。


「中学2年生の秋は受験という点に於いて非常に重要な時期です。高校受験という人生の筋道を決めるこの決断に悔いが残らないよう、日々の学習を忘れないでください。


これを聞いて、皆はどう思うのだろうか。それが私がこの発言を聞き、真っ先に考えたことだった。


今にしてみて考えれば、なんともまあ現代の十代的な考え方である。


この『十代的』という言葉は決して今、青春真っ盛りを生きる学生達のみに向けたものではない。言い換えれば、常に他人の目線や期限を気にする伝統的な右に習えの日本人的価値観とも言えるのかもしれない。まあ、未だ高校生の私が何を偉そうにという話ではあるのだが。


話を戻すと、K先生の発言について私は学年集会が終わった後、クラスメイトの自分がよく話すグループに聞いて回ってみた。


「マジであれ、ふざけてるよね〜。ここらへんの時期に修学旅行とか入れたの先生たちなんだから、勉強なんて集中できるわけ無いじゃん。」


「言いたいことはわかるけど。そんなん言うんなら、合唱大会とかどうでもいい行事なくしてほしいわ〜。」


「そうそう、マジであれいらない!何であんなのに時間割かないといけないんだろうね。」


全員不満タラタラだった。


私としても、体育祭や修学旅行は残してほしかったが合唱大会は無くしてほしいと常々思っていたし、K先生の言葉には「流石に人生を決めるは言い過ぎだろう」と納得できなかった。


そうして私は「受験」という言葉を頭というフォルダからゴミ箱に投げ入れた。



*****



学年集会から数週間が経ち、私は修学旅行に来ていた。


二泊三日の修学旅行。行先は定番の広島、それと大阪、京都である。


私にとっては数年ぶりの西日本地域の旅行であり、普段一緒に旅行など行かないクラスメイトと旅行ができるとのことで、非常にワクワクしていた。


清水寺、伏見稲荷大社、ユニバーサルスタジオジャパン、海遊館、平等院鳳凰堂、そして原爆ドームなど。旅行気分とでも言うのだろうか、普段素通りするただの駅ですらもこの時は輝いて見える。


修学旅行での研究課題の事前に私が所属した班が設定したのは「清水の舞台などの歴史的建造物はどのような管理や保護によって守られているのか」というもの。


私達は、


「これなら、ネットで調べても出てくるから楽に終わるだろ!」


「こんなの旅行中は気にしてる暇無いもんね〜」


などと呑気に考えて設定したが、実際のところ本当に楽だった。


まとめた資料をスライドにして、旅行から帰ってきた翌週に発表する。そんな課題発表形式だったので、皆発表はしたくないのか誰が前に立つかで非常に揉める。


私は発表者決定時、眠気に耐えかねて何も話を聞いていなかったため、勝手に発表者に指定されていた。


しかしこのときの私は、「大丈夫だろ」と呑気に思考を放棄して修学旅行に臨んだ。



*****



修学旅行から帰ってきた翌週、研究課題の成果発表の日。


未だに旅行気分が抜けていない、私たちを生徒の前に立ち叱りつけるK先生を心のなかで罵倒しながら、私はスライドを機器に接続し、発表を始めた。


数分後、恙無く発表自体は終わり、発表に対する質疑応答の時間に入る。


ここで問題が発生。


生徒たちがボーッと話を聞いており、誰も質問をしないでいる中で、学年担当教師陣トップの恐ろしさを誇る美術担当のY先生が唐突に質問を投げ掛ける。


「〇〇さんはこの課題を研究して修学旅行で何を学んだの?」


ここまではまだ良い。事前に班員に用意してもらっていた質疑応答用の原稿を読み上げる。


そして次の質問。


「〇〇さんは、この研究を受験にどう活かそうと思ったの?」


言葉が出なかった。そんな私を他所にM先生は話を続ける。


「修学旅行の前にK先生が前に立って注意していたと思うけど、貴方はそれを念頭においたうえで修学旅行に行って学んで来たんだよね。」


これにはヤバいと思ったのか同級生の同情の視線が突き刺さる。


どれだけ経っても良い返答が浮かばず、


「日本の歴史に繋がる学習をしっかりできたと思います」


なんて、質問に答えていない返答しか出来なかった。M先生は満足していなかったようだが、時間が押していた為それ以上の追求はなかった。


それから「受験」という言葉が頭の隅に残って離れない状態が何週間も継続した。



*****



時は飛んで中学3年生冬。


受験直前としか呼んではいけないような時期。


私は受験勉強をしようと机に向かう。しかし何故だろう、手の中にスマホがある。そんな自堕落な日々で1日が終わってゆく。


同級生達はいつの間にか心を入れ替えたのか、朝の授業が始まるまでの時間帯に駄弁るのではなく机に向かっている人が殆どだ。


皆、初めて挑む「受験」という未知に不安で仕方が無いのだろう。


もう、この公立中学の3年生の中で平均勉強時間がHourではなくMinuteな人を見かけるほうが少ない。


私は、少数派だった。


「受験」という未知に、親や兄妹の話だけで対策した気になっている愚か者だった。


学校で宿題を終わらせ、家ではゲーム三昧。そんな生活をしていたら、実力を伸ばす周りについて行ける訳が無い。


悪くなっていく模試の成績を見ながら、それでも私が生活を変えることはついぞ無かった。



*****



受験前日。


私は恐怖に震えていた。



高校という未だ知らない世界に入ったとして、何が待っているか分からないという恐怖。


そもそも高校に受かるのかという、これまので積み重ねがないが故の恐怖。


この受験に落ちたら人生はお先真っ暗かもしれないという将来への恐怖。



その3つの恐怖に私は心を蝕まれていた。


「世の中の人達は全員、こんな思いを経験しているのか」とその夜だけで何度思ったことか。


私はこの夜で


「人類があらゆる謎を解いて、理論的に説明してきたのは『未知』がそれだけ恐怖の対象だったからだ。」


という思考に至った。



それから、私の頭の中には未知=恐怖の式が今もずっとこびり付いている。



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