美少女になった花たちに“愛して”って言われたけど、なんだか様子がおかしい

長月 鳥

萌えて散るのが花、愛で咲くのが魔法

 花が人の姿をとること自体は、珍しい話じゃない。

 少なくとも、魔法が存在するこの世界では――


 強い想いを宿した花は、ときどき女性の姿で現れることがあるらしい。理由は誰にも分からない。もしかしたら誰かの魔法で人の姿を得ているのかもしれない。ただ一つ確かなのは、人の形を得た花は例外なく美しく、天地をひっくり返すほどの魔力を持っていて、魔王すらも打ち倒すとのことだ。

 もちろん弱点もあって。どうやら人から愛されていないと人の姿を保っていられないらしい。〝愛〟っていう定義がなにをもって示されるかによるけど、そんな超人的な女性が存在したら、僕は一緒になって世界を苦しめる魔王を打ち倒しに行くだろう。


「あなたの望みを叶えてあげましょうか?」

 花屋の軒先で、物思いに耽る僕に一人の女性が語りかける。というか心の声が漏れていたのか? すごく恥ずかしい。

「えっと、結構です」僕は火照った顔を隠すように俯き、女性の顔を見ることなく花屋の開店準備を進めた。

「えっ、待って、叶えてあげるってば」

 なぜか女性は、突っかかってきた。

 嫌だな、人の恥を揶揄うような人は好きになれない。

「僕はただの花屋の住み込みバイトです。店長に怒られるのが嫌なので開店準備の邪魔をしないでください」

「私は芍薬の花なの、すごい力を持っているわ。魔王だって倒せる。だからお願い、私を愛して」

 必死な声だったけど、確信した。これはやっぱり僕から漏れた心の声をバカにして揶揄っているんだと。そんな意地の悪い人の顔を拝もうと振り返る。するとそこには言葉にできないほど美しい女性が立っていた。

 淡いピンクの長い髪。大きな瞳とふっくらとした唇に整った顔。赤く艶やかな着物のような衣に入ったスリットから覗かせる白く透き通った脚。

 こんな人に愛してと言われて愛さない男……いや人間がこの世に存在するのだろうか。

 僕はそのまま手を止めて魅入ってしまった。

「おーい、大丈夫?」

 彼女が僕の顔の前で手を振るごとに、甘くて良い香りが鼻に通って胸の高鳴りが激しくなる。大丈夫なわけがない。

「しゃ、芍薬さんですか? 良い名前ですね、なにをなされている方ですか?」

 緊張しすぎて初めて参加した合コンの失敗例みたいな返しをしてしまった。

「今は人をしています。以前は花をしていました」

「ほぉ、以前は花を、それは凄いですね……ってなるかい。揶揄わないでください」

 いくら顔が良いからって、人の失敗をいつまでも弄るなんて性格が悪い。

「揶揄ってなんていません。一緒に魔王を倒しに行きましょう」

「そんなのできるわけないじゃないですか。魔王をなんだと思っているんですか? 魔王ですよ? 僕らなんて鼻息で絶命させられます」

「いいえ、私は魔王よりも強いという自信があります。だから一緒に行きましょう」

「無理です。帰って下さい」

 こんな綺麗な人との会話は楽しいけれど、仕事をサボっているのがバレたら店長に怒られてバイト代を減らされてしまう。

「無理です。帰れません」

「どうしてですか? 営業妨害ですか?」

「動けないんです」

「は?」

 彼女は立ったまま動けないんだと言った。

 最初は冗談だと思ったけど、涙を流して訴えるから信じるしかなかった。

 どうやら自分の意思では足が動かないらしい。下半身に病を抱えている人かと思ったけど、ならどうやってここに来たんだろう。それにどう見ても健康的な恵体だ。

 でも確かに、足音もなく、気付いたときにはそこに居た気もする。


「私もお供しますわ」

「うおっ」

 急に聞こえてきた声に驚いて辺りを見回すけど、誰も居ない。

「ここです」

 声の主は下に居た。座っていた。というより正座していた。背筋を伸ばして目を瞑り膝の上にピンと伸ばした指先が綺麗な女性だ。

 芍薬さんと同じような真っ白な着物っぽい服装、髪はキラキラした銀色でショートカット。幼い感じがするけど、美少女と言って良い、いやその言葉じゃ足りないくらいの顔立ちだ。

「私の名は牡丹」

「もしかして貴女も花だった人ですか?」

「ええ」

 いやいやいや、どんなハニトラですか? ただの花屋のアルバイトに仕掛けるドッキリにしちゃあ人選が勿体なさ過ぎると思うんですけど。

「すみませんがお話の前に、お座布団を一枚、わたくしの足の下に敷いていただけませんでしょうか」

「お座布団?」

「ええ、足が痛くって」

 そりゃそうだ、舗装されていない砂利道の上にペラペラな着物のままで正座って、どんな罰ゲームだよ。

「立てばいいじゃないですか」

「自分の意思では無理なんです」

「意味が分からない」って、叫んだけど、芍薬さんと同じでポロポロと涙を流すから、仕方なく店の奥から店長に見つからないように座布団を持ってきて牡丹さんの前に敷いてあげた。

「んっ」

 芍薬さんは、そう言って顎をあげて僕を見つめ、腕を広げた。

「え? 抱き上げろってことですか?」

「はい。よろしくお願いします」

 嘘でしょ、って叫びそうになったけど、また泣き出しそうになったから後ろから抱え上げて座布団に移動させた。

 抱っこした後に気付いたけど、芍薬さんも凄く良い香りがして、触れた体も柔らかくて、凄く興奮してしまって、まともに顔を見れなくなった。

 けど、やっぱりまた疑問が頭から離れなくなった。この人もどうやってここに来たんだろう。


「使えない二人は放っておいて、あたいと一緒に行こうぜ」

 また一人、女の人が現れた。活発そうな金髪ポニーテールの幼い女の子だ。淡い黄色の着物っぽい服装は袖も丈も短くて目のやりどころに困る。それに今度はちゃんと歩いている。というかずっと忙しなく歩いている。止まらないまま喋っている。

「あの、落ちつて話しませんか」

「無理だよ。止まれないんだ。あたいの名前は百合だ。よろしくな」

 それは流石に無理があるだろ。自分の意思で歩いているんだから自分の意思で止まれるはずだ。

 だがしかし、百合と名乗った彼女は「止まれないんだからしょうがないでしょ」とマジギレした。

 怒った顔も可愛いけれど、推理している探偵のように歩きながら感情を剥き出しにしているから笑いが堪えきれなくなった。


「笑っている場合じゃありませんわ。わたくしたちの存在を知った魔王が、この力を恐れて世界中の花を燃やし始めるかもしれません」

「そうよ、一刻も早く討伐に向かいましょう」

「ちゃちゃっとやっちまおうぜ」

 三人が三人とも目を輝かせて僕を見つめてくる。

 魔王が花を恐れて燃やす? そんなバカな話があるか、それに、こんな美少女たちが戦えるとも思えないし、立ったまま、座ったまま、とまれない人達じゃあ、どう考えても普通に生活することも難しいだろ。


「おーい、バイトー。準備できたかー店を開けるぞー」

 店の奥から店長の声が聞こえて、思わず身構える。

 花屋の店主のくせにガタイが良くて強面だから逆らえない。

「僕は仕事があるんで、これで」

 なんだかもう面倒くさくなって、三人に頭を下げ、その場から逃げることにした。

「ちょっと、わたしたちを置いてくつもり?」

「いや、置いていくというか、もともと関係ないというか」

 僕は後ろ頭をかきながら後ずさりする。

「関係ない? 嘘でしょ? あなたが呼んだのよ」

「呼んでないわい」謎の言いがかりに、思わず語尾を強めた。

「酷いわ。こんなけなげな乙女を三人も見殺しにするっていうのね」

 芍薬さんが唇を噛んだ。

「見殺しって、酷いのはそっちですよ。急に現れて」流石に我慢できない。美人だか美少女だか知らないが、関わらない方が良さそうだ。

「おい、兄ちゃん。あたいらあんたに愛されないと死んじまうんだぞ」

 百合って子が、僕にぶつかりながらそう言った。

 そういや、花が人の姿を保つには人の愛が必要って設定だったな。きっと僕の心から漏れた声を聞いて、面白がっているんだろう。意地の悪い人たちだ。

「わたくし、叫びます」

 牡丹さんって人が座ったまま両手を口にあてて叫んだ。

「この人に胸を揉まれましたー助けて下さーい」

 完全なる棒読みだったが、僕はすぐさま牡丹さんの前に立ち、手を下げさせた。

「ちょっと、変な言いがかりは止めて下さい。胸を揉んだりなんかしてないです」

「抱き上げたときに、当たってました」

 牡丹さんは真面目な顔で言った。

 確かにちょっと当たった気がするけど、それは不可抗力で……。

「認知してください」

「認知って、あなた」

「もう一度叫びますよ?」

 酷い、恐ろしい美人局だ。

「分かりましたよ、僕はどうすればいいんですか?」


「「「愛してください」」」

 三人が口を揃えて言った。

「意味が分かりませんって」

「おーい、バイトー」店長の声が近づいてくる。

「す、すみません店長、ちょっと具合悪いんで部屋で休んできますー」

 僕は逃げるように店の裏手の階段へ向かったけど、背中に刺さる視線に気づいて引き返し、動けない芍薬さんと、牡丹さんを一人ずつおぶって二階の住み込み部屋に押し込んだ。百合って子は、自分で歩いて着いてきたが、部屋の中でもドカドカと歩きっぱなしだ。


〝愛〟の定義は人によって違うことは、十六歳の僕でも知っている。

 三人が三人とも僕からの愛を求めてきている。

 これを真摯に受け止めなければ、また叫ばれ、店長に知られてバイトをクビになってしまうかもしれない。いや、それだけで済めばまだ良いほうだ。最悪無実の罪で捕まってしまう可能性も……なら、もう覚悟を決めて男を見せるしかない。

「今ここで三人を愛したら、もう変な嫌がらせを止めてくれますか?」

 三人ともコクリと頷いた。

「少し手荒な真似をしてしまったようなので、あなたは私たちを嫌いになろうとしています。だから、もうすぐ私たちは消えてしまうかも……お願いです。愛してください」

 嫌われたから消える? それって僕にとっては好都合なんじゃ……でも、ここで否定したら、今度はどんなハニトラが待っているか分からない。それに、芍薬さんの顔は真剣そのものだ。

「分かりました。誰からにしますか」

 正直に言って三人同時なんて無理だ。

「あたいからだな」

 百合って子が、僕の腹に顔を埋めて歩きながら言った。

 ……これは、これで、重大な犯罪な気がするけども。

「さぁ、撫でろ」

 百合は僕の腹に向かって言った。

「え?」

「頭を撫でろ」

「わ、分かりました」

 どう見ても年下の子に敬語になってしまって、それを誤魔化すためにゆっくりと、丁寧に百合の頭を撫でてあげた。

「あんがとな、元気出たぜ」

 百合は顔を埋めながら例を言った。

「こ、これで良いのか?」

「おう、百点の愛だぜ」

「そ、そうか、それは良かった」

 僕は胸をなで下ろした。


 その後、芍薬さんは体を横にして、僕が膝枕をすることを〝愛〟とし、牡丹さんは、正座していた足を伸ばして揉んであげることで〝愛〟とした。

 これで三人は満足したらしい。

 僕は僕で胸の鼓動が激しくて、やり場のない衝動を必死で押さえ込み、へたりこんでしまった。

「ありがとうございました。これで全力を出せます。見てて下さいね」

 芍薬さんはそう言うと、おもむろに窓の外に向けて右手を伸ばした。

 その瞬間、音を伴わない光が発生し、遠くの山を目がけて走った。

 そして、ひときわ大きな山の頂上が跡形もなく消え去った。

「は? え? 今、芍薬さんがやったの?」

「ええ、言ったでしょう。わたしは魔王を倒せるって」

 いやいやいや、なにそれ。どんな魔法ソレ。しかも無詠唱。古代魔法の類いじゃん。え? なにこの人、恐っ。

「わたくしの力は、振動でこの街を粉々にできます」

「あたいは、蹴り一発であの城を破壊できるぜ」

 牡丹さんは床に両手を添えて力を込め。百合は部屋を抜け出し城に向かおうとした。僕は急いで二人を止めた。

「バカなの? あなたたち魔王よりもたちが悪いんだけど」

「力を見せたらダメなの?」百合が無邪気に首をかしげる。

「山を切り裂くとか街や城を破壊したらダメに決まってるでしょうが」

 すでに山の頂上はなくなってしまったけど。

「そうか、ならわたしらの力を理解してくれたということだな」

「十分に分かりました。だからもう力を使わないでくださいね」

「なんで? それじゃあ魔王を倒せないじゃん」

 百合が、また僕の腹に顔を埋めながら歩き続けて言った。

「あっ、すみませんマスター。力を使ったので、また愛を下さい」

 顔色が悪くなった芍薬さんを僕は再び膝枕して「魔王は倒しませんよ」と言った。


 三人はきょとんとした顔で僕を見た。

「というか、無理です。いくら凄い魔法が使えても。立てない人と、座ったままの人と、止まれない人で、どうやって魔王を倒す旅に出るんですか」

「むぅ……」

「確かに……」

「言われてみればだな」

 納得してくれたようだけど、ふと手押し車に芍薬さんと牡丹さんを乗せて、百合が押して進むという、謎の超兵器が頭に浮かんだが、恐ろしくて口に出せなかった。


「それに、僕は勇者でも救世主でもありません。ただの花屋の住み込みバイトです」

 彼女たちが凄いのは分かったけど、僕には関係のない話だ。


「わたくしたちは、あなたの愛がないと生きていけません」

 牡丹さんが、背筋を伸ばした綺麗なな正座をして僕を見つめてくる。

「だから、なんで僕なんですか? 撫でる、膝を貸す、足を揉むなんて誰にでもできることでしょうに」

「わたしたちは知っています」

 芍薬さんは、今日一番で真剣な顔をした。


「お花に水をあげるときの貴方の優しい顔」

「〝今日も元気に咲いてくれよな〟って想いのこもった声」

「優しく花に触れるときの、貴方の手の温もり」

 三人とも、なんだかウットリとした顔で僕を見つめている。

 詳しく聞くと、三人は、この花屋に咲いている花なのだと言った。

 芍薬、牡丹、百合。確かに僕が好きな花々で、丁寧なお世話を心掛けてはいるけれど、その花々が人になったってこと?

 ありえない。


「貴方様が魔王討伐に行かぬというのなら、その意志を尊重いたしましょう」と芍薬さん。

「ですが、わたくしたちは人の姿でいたい。そしてマスターのお傍で愛されたいのです」牡丹さんは涙を浮かべた。

「もちろん、与えられるだけじゃないぜ。ちゃんとお返しもするつもりだ」百合はしたり顔で言った。


 迫りくる視線に、僕はどうしていいか分からず。

「とりあえず。仕事してきます。気が済んだら帰ってくださいね」と、逃げるように自分の部屋を後にした。

 三人は笑顔で見送ってくれた。


 僕は三人のことを忘れるために、がむしゃらに働いた。きっと日々の疲れで悪い……いや良い白昼夢を見ていたのだろう。


 そして、仕事が終わり部屋に戻ると、笑顔の三人が「おかえりなさい」と迎えてくれた。


 僕に下心があったわけじゃない。追い出そうとすると、泣いてしまうから可哀想になって「しばらく、ここにいるくらいなら構いませんけど、危ない力を使わないって約束してくださいね」とだけ言った。

 三人は顔を見合わせ喜んだ。


 動けない芍薬さんと牡丹さん、中古のランニングマシーンに乗り続ける百合。

 どうやら僕は、これからこの謎の三人組と一緒に暮らさないといけなくなったらしい。


 ……まぁ楽しいからいいか。


 このとき僕はまだ知る由もなかった。

 まだ世界には約三十万種の花が咲いていることを


END……




あとがき

最後まで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。

この物語は、ここで一旦完結となりますので、お手数ですが評価★をお願いいたします。

★は、一つでも無敵になれます。


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