第1章 カタリナ、ついでに弩級戦艦もらっとく

立ち上げ初陣編

第2話 その船貰っていい?

赤毛猫海賊団が銀河を席巻する、ちょうど5年前のことだ―――


銀河歴162年。


ニャニャーン神聖帝国領、海洋惑星クラーニャ。

その豊かな水と狭い陸地に、大都市が密集する裕福な星で、後に伝説となる三人の少女は、まだくすぶっていた。


この国は貴族が支配し、全てにおいて貴族が優遇され、平民は努力をしても報われない差別社会であった。

カタリナ姉妹は貴族だったが、最も低位の準男爵家の出であり、その扱いは、ほとんど平民と変わらないものだった。


彼女の本当の名前はカタリナ・コルヴァ・ニャーニス。


彼女たちのコルヴァ・ニャーニス家は、その中でも没落寸前で、わずかに残された財産は、優秀な執事コタ・シャルロットただ一人という有様だった。


彼女たちの才能は、その境遇とは比べ物にならないほど突出していた。

カタリナの剣才と、子供の頃から神童と囃されたサクラモカの頭脳は帝都でも一流として通用したが、貴族社会の闇によって、日の目を見ることはなかった。

コタの娘ミネを含めた三人は、いつも一緒にその才能を持て余しながら、日々放蕩生活を送っていた。


クラーニャの活気あふれる大通り。


カタリナとサクラモカ、ミネの3人が、特に目的もなく街をぶらついていた。


そんな中、前方から歩いてきた、傲慢そうな商人の男が、カタリナの肩にぶつかった。

男はカタリナを横目で見て、露骨に嫌な顔をした。


「おいおい、気を付けろよ。そこらの野良猫が、俺様にぶつかるんじゃねぇ。」


男は、カタリナの服装を見て、あからさまに見下した態度をとった。


「お前ら貧乏貴族は道の端を歩け!」


カタリナの顔から、一瞬にして表情が消える。


「……今、何か言った?

 私、頭いい方だけど豚語は分か…」


カタリナが冷たい声で挑発しかけたが、サクラモカが慌てて割って入った。

いつものようにカタリナがブチ切れて、無用なトラブルになるのを防ごうとした。


「おねーちゃん、ストップ!

 こんなところでケンカはやめよう!」


サクラモカに腕を掴まれ、カタリナは渋々引き下がった。

男は「ざまあみろ」とでも言いたげに、不敵な笑みを浮かべて去っていった。


しかし、その男の背中が見えなくなった途端、カタリナはにっこりと笑い、手に握りしめていた男の財布をひらひらと振りまわす。


「ふふん。まぁ、これで勘弁してあげるわ。」


「え、おねーちゃん!財布盗んだの!?」


サクラモカが非難するように声を上げると、カタリナは得意げに鼻を鳴らす。


「何言ってるの?これは慰謝料よ」


「は?慰謝料って、何のだよ!」


「ぶつかった時、あいつの鼻くそが私の肩についたのよ……多分。

 この高貴な服に、汚い鼻くそなんてあり得ないわ。

 その慰謝料としては当然でしょ?」


「肩同士がぶつかって鼻くそつくわけないじゃん!」


サクラモカは完全に呆れている。


「それに鼻くそって……

 そんなこと言ってるから品がないって思われるんだよ?」


「……。

 おねーちゃんは気高い高嶺の華だと思ってたんだけど

 ……品がないって思われてるの?

 初耳で超ショックなんだけど。」


「いや、確かにおねーちゃんは美人風だけど、めっちゃズボラでしょ!

 高嶺の華なわけないじゃん。」


「美人”風”?

 そこ”風”は要らないと思うな…。」


カタリナは少し顔を曇らせる。


「地味に傷つくなぁ。」


サクラモカのツッコミに素直に傷つくカタリナ。

そしてすぐに気を取り直し、


「ちなみにあいつ、多分悪党だわ。

 私の悪党センサーがめっちゃ反応した。」


猫耳をピクピク動かす。


「確かにおねーちゃん、

 悪党見つけるの、天才的に上手いけど……。」


少しだけ心配そうな面持ちでサクラモカが続ける。


「悪党退治だからって調子に乗ってるとその内、痛い目に合うよ?」


「だーいじょうぶ!

 おねーちゃん強いから!無敵だし!」


「前、コタと木刀稽古で負けてたじゃない!」


「いや、あれは下痢我慢してたの!」


「言い訳も見苦しいし、その言い訳自体も品がないし……。」


「え?ひ……品がない?!

 モカにそんな風に思われるの凄いショックだよ。

 あの時、本当にお腹痛かったんだって!」


カタリナは期待しながらミネの方を向いた。


「ミネは信じてくれるよね?」


「信じてもいいですが、お父さん、

 あー見えてかなり強いので、

 お腹が痛くなくても多分負けてましたよ。」


ミネは冷静に、そして事務的に追加した。


「だからその言い訳はとても見苦しいです。

 それより鼻くそはみえませんが、鼻毛、ついてますよ。」


顔をクシャっとして悔しそうな表情を見せたが、一瞬にして焦り顔になる。


「え!?取って!取って!」


「もう、ミネ!鼻くそぶり返さないで!」


ミネが淡々と返す。


「嫌です。鼻くそが付いたかもしれない服なんて触りたくないです。」


「ぎゃぁーー、鼻くそついてないから鼻毛取ってー!」


くるくると表情が変わる。

そんな感情豊かなカタリナは、品はともかく、この辺りでは間違いなく人気者だった。

高嶺かどうかは別として、手が届きそうな美女。

だけど、なんか遠慮したい。不思議なアイドルだった。


サクラモカが呆れて言った。


「鼻毛が付くわけないでしょうに…。

 それおねーちゃんの抜け毛。そんな長さの鼻毛ある訳ないでしょ!」


サクラモカの冷静なツッコミで落ち着いて周りを見回すと、通りすがりの人々が奇異な目で見ていた。

無理もない。美少女3人が鼻毛やら鼻くそを大声で叫びながら騒いでいたのだから。


「おねーちゃんのせいで私まで品がないって思われるじゃないの!」


「え…コホン!」


カタリナはわざと咳払いする。


「どうでもいいから行くよ、二人とも!

 私がそう言ったら、これは慰謝料なの!

 さっさと美味しいものでも食べましょ!」


カタリナが歩き出して財布の中身を確認する。

財布を開けると、大金と一緒に、見慣れない電子カードが入っていた。


「これ何?」


「見せて。えっと・・番号が書いてあるね。」


サクラモカが、カードを凝視する。


「説明あるじゃん、ちゃんと読もうよ。」


「うん、で、何?」


「宇宙港の番号だね。ちょっと待ってね。ホログラフスイッチがあった。」


スイッチを押すとホログラフでコルベット級高速戦闘艦が映し出される。


「商船っぽくないですね。」


「うん、完全な軍船だね。これ海賊船っぽい。」


カタリナは目を輝かせる。


「慰謝料だし、この船、私のものにしていいってことよね?

 それにほら、悪人から盗んでも無罪って法律あったじゃん。」


「そんなわけないでしょ!」


とサクラモカは反論するが、カタリナはすでにその気満々だった。

こういう時、カタリナは言うことを聞かない。

そこで、仕方なくサクラモカ達は執事のコタ・シャルロットに相談を持ちかけた。


「カタリナ様、おかえりなさいませ。

 確か西岬に現れたクラーニドラゴンを討伐に行かれたのではなかったのですか?」


「あぁ、あれ?午前中にやっつけた。

 思ったより小さかったから、あんまり面白くなかった。」


「ほっほっほ。さすが、カタリナ様。

 あのドラゴンはセクター軍が討伐を諦めた個体ですよ。」


「そんなことよりコタ、聞いて!宇宙船もらったの!!!」


電子カードを指で挟んでちらつかせた。

ミネが呆れたように突っ込む。


「それは少し、語弊があります。お父さん、実は………。」


・・・

・・


「それは大変でございました。鼻くそ……今すぐ洗濯しますのでお着替えを。」


今度はサクラモカが呆れながら突っ込んだ。


「コタ……、注目するとこ、そこじゃないと思う。

 それにおねーちゃん、真に受けて服脱ごうとするな!」


コタはニコニコしながらその様子を見ている。


「サクラモカ様、カタリナ様はこうなると絶対に折れませんからね。

 ……私は見て見ぬふりをします。

 その船を使って、一旗あげられたら良いではないですか?

 旦那様のことは私にお任せください。」


そして最後に娘のミネに真面目な顔つきで話しかける。


「お嬢様たちのお世話はミネ、お前に任せたぞ。」


「ちょっと、お父さん!何でそんな軽いの!

 その船、海賊のよ!盗みよ!?」


「悪者から盗んでも罪にならないという法律があったはずだから大丈夫だよ。

 安心なさい、名義は私が奇麗に書き換えておくよ。」


ぱぁっと明るい顔になってコタの背中をバンバン叩くカタリナとは裏腹にミネの顔はどんより曇っていた。


「カタリナ様の性格はお前のせいかよ……」


娘の不審顔を無視してコタが真面目な顔で語り掛ける。


「この船を我がコルヴァ・ニャーニス家の再興の足掛かりにするしかありません。

 カタリナ様、どうかご武運を。」


満足気にうなずくカタリナを見て、姉に甘いサクラモカも腹をくくった。


「でも、いいんじゃない?私達失うものなんてないんだし。

 私とミネがいれば、物流の商売でもそれなりに儲けをだせるでしょ。

 一山当てるつもりで商売やってみようっか!」


「ん?」


カタリナが分かりやすく怪訝な顔をした。


「んん?」


それにつられてサクラモカ、ミネは同時に不思議な顔をした。


「軍艦だよ? 商売? 海賊でしょ!やるなら!」


「ええぇ?!」


顔を見合わせた二人が同時に叫んだ。


「だーいじょうぶ、大丈夫!悪い奴らからしか盗らないから、法は犯さないよ。」


「……。おねえちゃん。コタの冗談を本気にしてない??盗みは盗みよ?」


カタリナはそれを無視して自室から最低限の荷物を持ち出してきた。

腰に自慢のレーザーブレードを2本ぶら下げた。

そして銃をサクラモカとミネにも渡す。


「よし、やろうか!」


「ピクニックに行くみたいに言わないでよ。」


「あ……忘れてた。これこれ!」


カタリナはマイペースに動き回って、何か手に持って戻ってきた。


「……何これ?」


「眼帯。」


「いや、見てわかるって。そういう意味じゃなくて!」


「え?海賊って言ったら眼帯でしょ?」


「はあ?」


「大丈夫。顔を洗ったり、お風呂に入るときはちゃんと外すから。」


「はああああ!?」


カタリナは二人の困惑を無視して、颯爽と歩き出した。サクラモカも諦めた顔で続く。


「もういい、もういい。ミネ、準備して。行くよ。」


こうして、三人の少女は、コルベット級高速戦艦を「もらう」気満々で、宇宙港へと向かった。

彼女たちの「野望」への第一歩が、思わぬ形で、そしてとんでもない方向に舵を切った瞬間だった。

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