赤毛猫海賊団 カタリナの野望

ひろの

序章 赤毛猫海賊団

第1話 赤毛猫海賊団っ!

これは、銀河最大最強の大海賊、カタリナ・ヴィナルシュ・フォン・ニャーニスの「成り上がり」の物語である。


彼女は、ずぼらで適当、自己肯定感が強いだけの普通の少女だった。

そこから優秀な仲間と共に、30,000人の大海賊団の団長にまで昇りつめた。


まず、その彼女の「現在」を見てみよう。

銀河にその名を知らぬ者はいない。

最大最強の大海賊カタリナが率いる、赤毛猫海賊団―――


今、彼女が乗る海賊船は、ふらふらと酔っ払ったように逃げつつ、その後ろには、約30隻からなる帝国軍第21海賊哨戒艦隊が追っていた。

星系の境界にて、海賊達がFTLジャンプ(いわゆるワープ)して逃げ出す直前に、哨戒艦隊は海賊船を取り囲むことに成功する。


数えきれないほどの砲門が、追い込まれた3隻の海賊船を完全包囲した。


興奮を抑えきれず、哨戒艦隊のルーベン提督が叫んだ。


「よし!ついにあの赤毛猫の団長を追い詰めた!通信を繋げ!!」


降伏勧告のための通信が接続され、ルーベンが意気揚々と口を開いたが……。


「赤毛猫海ぞ……、はぁ!?」


ルーベンが画面を覗き込んだ瞬間、彼の視界に飛び込んできたのは、空中で1回転してライダーキックを繰り出している赤毛のデコ娘―――赤毛猫海賊団副団長No2のサクラモカだった。


その蹴りがもう一人の赤毛―――団長カタリナ―――の頬にクリーンヒットして、吹き飛び、カメラ付きのモニタ画面上に顔面からへばりついた。顔がこすれた際に、口紅がべったりと付着し、画面に真っ赤な跡を残した。


ルーベンは大口を開けたまま、固まった。


「モッモカァ!?痛ぁい!!蹴りはひどぉい!!」


「酷くないっ!おねーちゃん、私のお気に入りのTシャツ、勝手に着たでしょ!」


「え……?あ……着たけど……それ……くらい??」


「えぇ、えぇ、それくらい許してあげるわよ!!じゃあ、これ何!!」


「あ……え?カレーです……。えっとえっと………。

 ごごごごめん。カレーうどん食べたら飛んだ。」


「まぁ、飛ぶでしょうね!飛ぶわ!おねーちゃん、ガサツだから!!

 一万歩譲って許してあげるわよ!

 じゃあ、何で洗濯せずに、艦長席の後ろに隠すようにねじ込んであるのっ!!!」


「あ…え?…あはは……なんでかなー?わかんない。」


「バレて怒られるのが怖かったからです。」


赤毛猫海賊団副団長No3の執事ミネ・シャルロットが操縦しながら、顔も向けずに淡々とツッコんだ。


「おねーちゃんのバカぁ!もう落ちないわよ!これ!!」


サクラモカが怒りの回し蹴りをすると、カタリナが頭を抱えてしゃがみ、蹴りはモニタの上方に命中した。スカートの中が丸見えになって、ルーベンが思わず「ぶほっ」と声を漏らし、気まずそうに目を背けた。


「わかった!わかった!ミネ、団長命令よ!最重要任務!

 これと同じものを早急に手に入れて!何よりも最優先で!」


「承知しました。カタリナ様のお小遣いから依頼料を引いておきますね。

 ところでさっきから通信が繋がっているようですよ?」


二人が驚いてモニタの方を見つめた。

カタリナがティッシュでモニタについた口紅を拭きとる。

雑な性格のせいで、画面にはうっすらと渦巻くような口紅の跡が残っていた。


「あら……ごきげんよう、何か御用かしら?」


カタリナが優雅に挨拶をしたが、顔をこすりつけたせいで口紅が頬まで引きずられ、逆の頬にはくっきりと靴底の跡が残っている。

ルーベンは笑いを堪えながら、必死に降伏勧告した。


「ぷっ…ぷぷ…赤毛猫海賊団!貴様らは既に包囲されている。大人しく投降せよ!」


「おねーちゃん、囲まれてるらしいけどどうする?」


サクラモカが余裕の態度でカタリナに問いかけると、カタリナは化粧直しをしながら口を開いた。


「そりゃ、まぁ、……普通は宣戦布告して戦うでしょ?」


そしていたずらっぽい笑みを浮かべた。

ろくでもない事を言おうとしているのがバレバレだ。


「私が一人で突撃して、神業的なレーザブレード二刀流で、

 斬っては投げ、ちぎっては蹴っ飛ばし!

 って大暴れしたらこんな奴ら、簡単に勝てるんじゃない?」


「じゃあ、そうして。おねーちゃん、よろしく。

 はい、今から接弦しまーす。」


「モカ……。

 そこ、止めてくれないと、おねーちゃん、死んじゃう。」


ミネと目が合ったカタリナは、嫌な予感がした。


「あ~ミネ、何のつもりかなぁ?」


ミネが敵の旗艦に向けて船首を回頭させた。


「そんな大真面目な顔でテキパキと私を見捨てる準備をしないでね。」


ルーベンはようやく笑いが収まり、漫才みたいなやり取りに対して怒鳴りつける。


「こら、貴様ら!どこまで我々を舐める気だ!もはや逃げられん!早く降伏しろ!」


「うるさいなぁ…。ちゃんと相手してあげるわよ。

 ……あ、でもちょっと待ってね。」


通信のマイクをOFFにした。


「ねえ、モカ?

 このリップ、ちょっとオレンジが強すぎると思うのよね。

 やっぱり宣戦布告は最高に美人な私を見せつけないといけないでしょ!」


通信モニターを前に、真剣な表情でパレットを凝視していた。

サクラモカも両手を腰に当てて呆れたようにため息をついている。


「おねーちゃん、もういいから。通信中だよ?」


姉の顔を見ながら少し間をおいて続けた。


「それにさ、“意識高い系です”ってアピールしたいのかもしれないけど。

 おねーちゃん、ずぼらでいい加減な性格って、敵にも味方にも、ばれてるからね?」


「ちょっと待って、モカ、今この角度だと、光が強すぎてファンデのノリが分かりにくいわ。」


全く聞いていない。


「ミネ、そっちの光、あと10%落としてちょうだい。」


通信席の片隅で、端末を叩いていたミネは、ぴくりと猫耳だけが反応してモニターの輝度を調整する。

彼女達は地球人によく似た外見と猫耳を持つニャーンという種族。


「ちゃんと聞いてよ、おねーちゃん!」


「平気平気、このカタリナ様が化粧直ししてる間に攻撃なんて、

 野暮な真似をする提督はいないわ。

 ほら、ちゃんと黙って大人しく待っててくれてるよ。」


カタリナが優雅に振り返ると、サクラモカはカタリナの猫耳を引っ張った。


「いででで……。モニターに映ってんだからやめてよ!」


ようやくカタリナが化粧直しする手を止めた。


「あの提督のおっさん、黙ってるけど、凄い怖い顔で怒ってるよ?」


「あら、イライラさせてこそ、海賊よ。

 それよりモカ、あの提督の顔面は何点?」


「え?ん~私としては32点くらいかなぁ。」


「ならOK!

 イケメンならまだしも、30点台なんか放っておいても大丈夫!」


サクラモカが口に手を当てながら真剣に考えこんだ。


「モカ様、そこ、真面目に考えちゃダメな所です。」


ミネがパネルを操作して情報を収集しつつ、再びノールックでツッコミを入れる。


「おっと……口車に乗せられるところだった。

 おねーちゃん、そういう偉そうな批評は自分がモテてから言おうね!」


「え!?いや……モテてますけど。モテモテですけど。

 ……モテて……どうしたらモテるの??」


ため息をついてサクラモカが無視すると、仕方なくカタリナはミネに問いかけた。


「ところで、ミネ、そろそろかな?」


敵の提督の事など、全く意にも介していない態度で、カタリナがミネに問いかけた。


「はい…もうす………ぎゃあああ!?! おい!さっき何か黒い奴が動いた!!ごっごっゴキキラーどこ?!あ!?なぜ、こんな分かりにくい所にお菓子の空袋が捨ててあるのよ!しかも中にまだ粉がのこってるじゃないか!おい!カタリナァ!? あ……?!」


ミネが一息で悲鳴からクレームまでを吐き捨てた。

その時、Gが艦橋内を飛び跳ねる。


「ぎゃああああああああああああ!!!!!!!!」


ミネがスプレーをまき散らしながら艦橋から逃げ出していく。

カタリナとモカが唖然としてそれを見送った。


「ミネ……、今、戦闘中………」


サクラモカのツッコミがブリッジに静かに響き渡る。


「……モカ、多分、なんとかなるさ。」


「はぁ…。」


サクラモカがため息を吐きながら、もう一度、敵の提督をモニタ越しで確認する。


「おねーちゃん、あの顔面32点が口パクしてるよ。何だろう?」


「あ、ほんとだ。馬鹿みたいな奴だなぁ。

 こいつのあだ名、金魚にしよう。」


「ぷっ・・・。いくら何でも失礼だよ。

 ん?あれ?おねーちゃん、さっき押したボタンってどれ?」


「これ。」


「あ!だから、それマイクじゃなくてスピーカーのオフだって!」


………二人が顔を見合わせた。


照れくさそうにスピーカーをオンに戻した。


「あー・・マイクのテスト中。」


恐る恐る声をかける。


「私は赤毛猫海賊団団長、カタリナ・ヴィナルシュ・フォン・ニャーニス。

 やぁ提督!ごきげんよう。」


銀河最高(だと自分で思っている)の笑顔で微笑みかけた。


「私たちを包囲できてご満悦ね!

 でもね、一つだけ言っておくわ。

 いくら私たちのことが大好きだからって四六時中追い回すのはストーカー行為と言って犯罪なのよ。」


ルーベンの鬼の形相を見つめながら、少しずつトーンが下がっていく。


「きっ気を付けた方がいいわね………。」


カタリナは観念したように肩を落とす。


「えっとぉ。ごめんね、どこから聞いてた?」


問いかけられた彼は怒りで顔を真っ赤に染め、額には青筋が何本も浮かんでいた。

通信は、カタリナが先ほどからずっと繋ぎっぱなしにしていたのだ。

彼女のリップの色選びから、ミネの逃走、顔面32点、そしてあだ名が「金魚」のくだりまで、すべてが筒抜けだったのである。ルーベンの怒りは頂点に達していた。


「貴様! 宣戦布告の通信で、何をしている! 我々をどこまで愚弄するつもりか!」


「あら、そう怒らないで。ジョークよジョーク!

 ちょっと見てて面白かったでしょ?」


「は、はあ?何を言ってるんだ!

 私は貴様たちを逮捕しに来たのだ!観念しろ!」


ルーベンが号令を発しようとして腕を振り上げた。


カタリナは、少しだけ真面目な顔で、しかし悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「お前たちが私を捕まえたいのは分かってる。

 でも、その前に少しだけ、私の美学に付き合ってもらわないと困るのよ」


カタリナは不敵な笑みを浮かべていた。金魚提督の真似をして手を振り上げる。

その途端……、星系境界に複数の熱源反応が現れた。


カタリナ達を取り囲む第21海賊哨戒艦隊をさらに取り囲むように100隻を超える艦船が次々とFTLジャンプして現れた。


それも、そんじょそこらの海賊ではありえない、戦艦級を多数揃え、星間国家の主力艦隊とも一戦交えることが出来る、国家戦力級の陣容だった。


赤毛猫海賊団の艦船が一斉に砲門を哨戒艦隊に向けた。

通信モニター上で、振り上げた手を震わせながら、金魚提督ルーベンが口をパクパクさせている。


「……やっぱり金魚じゃない。」


カタリナは腹を抱えて大笑いしながら指さした。


「えっと私たちは人殺し集団じゃないの。物資を全て放出すればこのまま立ち去って良いわよ。」


にっこりと笑って宣言する。


第21海賊哨戒艦隊は、弾薬、シールドエネルギー、燃料、食糧などを最低限残して全て放出し、全速力で星系境界からFTLジャンプして逃げ出した。


「モカぁ・・・金魚、傑作だったね!ミネ……はいないか。モカ、物資の回収を指揮して。」


赤毛猫海賊団―――銀河有数の列強国、ニャニャーン神聖帝国に巣食う大海賊団。

その名は神聖帝国内だけにとどまらず、近隣諸国を含めて知れ渡っている。


哨戒艦隊の最後のコルベットがFTLジャンプで逃げ出した。


「あれから5年か…。」


サクラモカが少し遠くを見つめるようにつぶやいた。


「そうね、最初はあの小型の戦闘艦のコルベット1隻からスタートしたわね。」


カタリナも懐かしそうに続ける。


「今じゃ、もう私達に誰も対抗できなくなっちゃったね。

 つまんないな。あの頃に戻りたいなぁ。」


「おねーちゃん、私はあの苦労、もう二度と繰り返したくない!」


「そんなこと言うなよ、妹~!ほら!

 あの惑星クラーニャでのこと、覚えてる!?」




そしてこれより、こんな3人が、その持ち前のポジティブさと、ハチャメチャな行動力でここまで成り上がった物語が始まる。


~~

舞台は5年前の海洋惑星クラーニャでの出来事へと移る。

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