星が近づいた夜

あらまきさん

背を追う理由


 いつも私は、彼女の背を追っていた。

 その背を、未練がましく想いながら。


「どうしました? 次の授業が始まりますよ?」


 階段の前で立ち止まった彼女が、振り返る。

 白百合みたいな笑みが、思ったより近くにあって――私は、一瞬だけ言葉を失った。


 喉の奥がきゅっと詰まり、言葉がせり上がってくる。

 でも――彼女から目を逸らし、曖昧な笑みに変えた。


 私は、踏み出さないことを選んだのだから。


「ごめん。ついぼーっとしちゃって。昨日は早く寝たんだけどなー」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。さ、いこいこ」

 それは、白々しささえ感じる程のわざとらしい明るい声だった。




 賑やかな教室の中、窓の外を見ながら私は溜息を吐く。

 そんな私を、彼女『鷹宮ましろ』は目ざとく見つけた。


「憂鬱そうですね、ひよりさん。何か心配事ですか?」

 彼女の長い黒髪が、私の机に触れた。

「……ましろは良いよねぇ」

「え? 何がですか?」

「名前。まっしろで、ピュアって感じで、あとお嬢様っぽくて」

「そうですか? でもそれなら、ひよりさんも素敵ですよ? 『白石ひより』。ほら、そちらも白が入ってますわ」

「……何か、重たくない? 漬物石って感じで」

「そ、そうですかね? で、ですがひよりさんはひよりさんって感じです。それに、何より可愛いです!」

「ぴよちゃんみたいなのに?」

「ではこれからは"ひよちゃん"と、お呼びしましょうか?」

「勘弁してください」

 よほど私の言い方が面白かったのか、ましろはくすくすと楽しそうに笑っていた。


「それで、溜息の理由を教えていただけませんか?」

「気になる?」

「ええ、もちろんです。私達は、友達ですから」

「友達……ねぇ」

 私の言葉に、ましろは目を見開いた。

「わ、私達友達じゃなかったんですか!?」

「ふふ、ごめんごめん。私は"親友"だと思ってるよ?」

「親友……素敵な響きです」

 うっとりとした口調で、彼女は呟く。


「っと。誤魔化されませんよ! さあ、親友の私に困ったことを相談してください」

「じつは、最近お金がなくて――」

「あらそれは大変ですわね。カードでよろしいですか?」

「いや、冗談だから」

「ええ、わたくしも冗談ですから、おあいこですね」

「こ、こいつぅ……」

「ふふ、いつも、からかわれっぱなしではありませんもの。それで、本当は?」

「……まあ、そうだね。ましろも無関係ってわけじゃあないし……」

 そう前置きしてから、私は"頭痛の種"を彼女にもおすそわけることにした。


「ましろもさ、今年もクリスマスは"ボランティア"に行くよね? それとも、今年は……」

「当然、行かせて頂く予定ですわ。ひよりさんはご家族とのご予定が?」

「いや。ましろが誘ってくれるなら私も行く予定だよ」

「当然お誘いしますわ。いつもお付き合い頂き本当にありがとうございます」

「いえいえ。毎月のボランティアも慣れたら楽しいものですな」

「ふふ。そう言って下さるのはひよりさんだけですわ。それで、クリスマスのご予定がどうかしましたか?」

「いや、今年はさ……」

 言い辛そうにする私の態度に、ましろは事情を察し頷いた。

君ですね?」

「うん……」

「何か、気になることが?」

「毎年、サンタさんが来るのを楽しみにしてるって言ってて……」

「そう、でしたわね。彼は――」

「いつも、本当に欲しい物が入っていたんだって……」

「……それが、ひよりさんの気になっていることですか?」

「まあ、うん。余計なお世話だって話だけどね。はは」

 愛想笑いをして誤魔化し、話を終らせようとしたけど、彼女には通じなかった。


「でしたら、ひよりさん今年もサンタさんが来るようにすればいいのでは?」

 どこか期待した眼差しで、ましろはそう口にする。

 私は……静かに、首を横に振った。

「それは――いや、良く考えたらさ、あそこには沢山のサンタさんは居るじゃない。私達よりよほど経験の詰んださ」

「……ひよりさんは、それで良いのですか?」

「良いも悪くもないって。私達は大人のお手伝い。余計なことして失敗させないためにもね。違う?」

 私の言葉に納得いかないのか、ましろは私の方を心配そうに見つめている。

 私はそれに気付かないフリをして、話を強引に終わらせた。



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