あるいは日記

(👊 🦀🐧)

 ジョージア州のオースティンで、この夏、「高校生のための国際サマーキャンプ」を開催中だ。

 8月8日から、6泊7日の日程で、世界中の高校生が集い、語学研修や文化交流プログラムなどに参加する。

「このキャンプは、単に語学を学ぶ場ではありません」と話すのは、ジョージ。

 英語の教科書でよく見る名前だ。

「参加者には、このキャンプでの体験を通して、『平和とは何か』『異文化交流とは何か』を考えて欲しいのです」

 ジョージの話に耳を傾けるのは、これまた英語の教科書に頻出ネームのボブだ。

 ボブはジョージの話を聞くふりをして、実はサンフランシスコでサーフィンをするのが楽しみなのだとか。

 ボブは余命半年の大病に掛かっており、自由に好きなことをしたいと言った。

「みんな命は有限であるということを分かっています。でも、自分にとって何が大切かということについては無知なんです」

 ボブは哲学的なことを言った。

「君もしたいことをしなさい」とボブは言う。

 僕はそんなボブに何か惹かれるものがあったのか、ジョージの話など無視して、買い物に出ていた。

 バーベキューに必要なものを揃えるためだ。

「バーベキューか、いいね」

「よし、僕も手伝う」

 ボブはギターを取り出して、歌い始めた。

 ところでこれらの出来事はすべて嘘である。

 そう彼はボブじゃなくて、フランス人のメアリーだった。メアリーは金髪碧眼のまさに絵に描いたような美少女で、恋をするならこういった子がいい、と私は思った程だ。

 メアリーは綺麗なフランス語で、私に話しかけてくれるけど、私はフランス語はさっぱり適当にうんうん頷くしかなかった。

 今思い出すと、彼女は大分おかしな子で、初対面から「貴方とってもラッキーよ!」

 なんて、如何にも悪戯が好きそうな笑顔で私に告げるのだ。

「私ね、未来からきたの!」

 メアリーは続ける。

「未来から来たから分かるわ! 貴方は私のダーリンなの」

 思わず首を横に倒してしまう。

 これが私と彼女の出会いである。

 ■

 まあそうだったらどれだけ良かったか。

 一言言っておくと、私は文字が嫌いだ。

 まず、「私は」とか「愛」といった言葉が苦手だった。

 書くのも嫌いだ。

 石。この簡単なものを書くのにも一時間かかる。

 次に、漢字とカタカナも大嫌いだった。そして、英語もこの世界中の文字もすべて等しく嫌いである。

 理由は簡単で、文字は簡単に嘘も事実も書き、嘘は簡単に事実に変換されてしまうからだ。

 例えば、私がメアリーに告白されたとして、その事実を私は文字に書き起こすだろう。

 そして、その文字を見た人はこう思うのだ。

 私はメアリーに告白されたんだと。

 でも残念ながら、それは嘘である。

 何故なら、私にはメアリーなんて知り合いはいないし、そもそも私は男なのだから。

 言葉から文字へ。文字から言葉へ。

 簡単に変換されてしまう。

 それは、私からしたら恐怖でしかなかった。

 文字も言葉も大嫌いな俺は、生きづらさを感じながらも、かつて日本人で高校生だった。

 名前は空という。

 お母さんは日本人で、お父さんがイギリス人だ。だから髪はブロンドの天然パーマだし、目の色だって青いし、身長だって185センチもあるので、よく外国人に間違えられたものだ。

 まあこんか俺にも友達くらいはいたさ。

 名前は、今は語らない。

 正直、いつ出会ったのかは覚えてないけど、よく一緒にいた気がする。

 あいつは、俺と違って文字が好きだった。よく本を読んでいたのを覚えている。

 もう一度言うが俺は文字が嫌いだ。

 あいつはいつも文字を、春の陽射しのように。夏の煌めきのように。秋の風のように。冬の静けさのように。

 彩りながら読み解いていた。

 ある日、あいつは俺に言ったんだ。

「なあ、空。この世で1番怖いのはなんだと思う?」

 あいつはなぜかは嬉しそうだった。唐突にそんなことを聞いてくるあいつに、俺は特に疑問を抱くこともない。

「さあ? 毒親?」

「違う違う。この世で1番恐ろしいのはね、言葉だよ」

 その時俺はなんて答えたんだっけな……。確かこうだったはずだ。

「じゃあ文字も怖いのか?」

 あいつは少し考えてから答えた。

「文字は怖くないよ。でも言葉はとても怖い」

「なんで?」

「だって、言葉は簡単に人を殺せるじゃないか」

 それからしばらくして、あいつは死んだ。自殺だったそうだ。遺書にはこう書いてあったらしい。

『もう疲れてしまったんだ。この世界はとても生きづらい』

 俺はその言葉を読んで泣いた。初めてできた友達だったからかもしれない。でもそれ以上に、あいつのことを何も知らなかったからだ。

 俺の世界での文字は死体だ。

 俺にとっての文学は、ただ死体を並べて香水を掛けているだけさ。

 人々が装飾をするせいで文字は生きた振りをする。

 生きた真似をする文字はとても醜くて、吐き気がするほどに下品だ――。

 葬式。

 あいつは棺から起き上がった。

「よお空。久しぶり」

「おう、元気そうだな」

「まあな」

 あいつは少し痩せていたけど相変わらず元気そうだった。

 その後は、某マックへ行った。

 冷めたしおしおのポテトが、俺の口を乾燥させた。

 あいつは相当腹減ってたのかバーガーを5個も食いやがった。見てるこっちが吐きそうだった。

「なあ、お前なんで死んだんだ?」

 俺はポテトをつまみながら聞いてみた。

「死ねって言われたから」

「誰に?」

「俺を作った人」

「ふーん。死んでみてどうだった?」

「別に何も変わらないさ。生きていることと変わらない。死んだことが起こった。生きていることが起こった。これに何か違いでもあるのか?」

「そうか」

「うん」

 それからあいつは、またチーズバーガーにかぶりついた。

「なあ、空」

 俺はコーラをすすった。炭酸が抜けてまずい。

 そして、あいつは言ったんだ。

 そう、あいつの名前を――。

 

 朝起きてから、顔を洗い歯磨きをして髪を整える。これが私の1日の始まりだ。

 朝食は取らない主義なので、そのまま学校へ向かうのが私のルーティンだ。

 いつもと同じ時間に家を出て、同じ道を通り、同じ電車に乗り、同じ座席に座る。

 いつも通りの時間に学校に着くのだ。

 いつもいつもいつもいつも同じ。でもそれでいい。

 でも、今日は少し違った。駅に着くと人だかりができていた。どうやら事故があったらしい。

 ホームには血溜まりができており死体も転がっているようだ。駅員さんが慌ただしく動き回っている様子が見える。

 見慣れない光景を横目で見ながら、私はいつも通りが崩れてしまったことに憤りを感じた。

 いつもより一時間程遅れて、がっこうについた。それ以外は特に変わった様子もない日常だ。

 授業が始まり先生が入ってくると、いつも通りの光景が広がる。

 退屈な授業を聞き流しているうちに時間は過ぎていき、気づけばもう放課後になっていた。

 帰り支度をして席を立つと後ろから声をかけられた。振り返るとそこには親友である美香がいた。

 美香は明るく元気な子でいつもクラスの中心にいる存在だ。そんな美香とは入学当初から仲良くしている仲である。

 親友なのに今更声をかけてくるんだろう。

「ごめんごめん遅れちゃった。病院抜け出すのが大変でさ」

「あっそお。アンタのせいでこっちは遅刻したんだけど」

「だからごめんって」

 両腕は電車とぶつかった際に吹っ飛ばされたのか、二の腕から下がなくて制服は血まみれになっていた。

 正直言ってちょっと怖い。

 美香とは長い付き合いだがこんな彼女を見るのは初めてだった。それでも綺麗な顔のままなのは、美人の特権なのだろうか。

 美香は何も気にしていない様子だったので、私も特に気にしないようにした。

 私たちは駅に向かった。美香は歩きにくそうにしていたが、スピードはいつもと変わらない。

 いつも通りのホームで電車を待っていると後ろから声をかけられた。振り返るとそこには親友の美香がいた。

 今度は普通の美香だ。艶やかな黒髪が羨ましいくらいに眩しい。

「ねえ、この後暇?」

 私は特に予定もなかったので「うん」と頷いた。課題もないしね。

「じゃあさ! うち来てよ!」

 電車に乗り込み、私たちはいつもの駅で降りた。そのまま美香の家まで真っ直ぐに歩いていく。

 美香の家は一軒家でとても大きかった。中に入るとそこにはたくさんの本や資料が並んでいる。

 本から漂う死臭に、私はうっと胸から込み上げてくるものを我慢することなく、テーブルの上に置いてあった誰かの詩集へ内蔵をぶちまける。

「ここ座って待ってて」と言って美香は自分の部屋へと駆け込んでいく。

 数分後、彼女は一冊の本を持って戻ってきた。

「これ、読んでみて」そう言って渡された本は『言葉』という題名だった。

「美香って私のこと嫌いだよね」

「そんなことないよ」

 私は仕方なくその本をパラパラとめくり読み始めた。内容はとても興味深くないものだ。

 文字には様々な意味があり、それを上手く使い分けることで相手に自分の気持ちを伝えることができるという在り来りな内容だ。

 美香はこの本を読んでほしいと言っていたが一体なぜだろう?

 私は文字が嫌いだ。

 だからページを捲るたびに、紙を破いてゴミ箱へシュートしていく。

 内容の半分も理解出来ない。

「ねえ、どうだった?」

「無意義な時間だった」

 私は美香の頬を叩いた。パンという音が部屋に響き渡り、美香の首が本棚にガンと当たってバラバラと置かれていた本たちが、花びらのように埃のように美香に降り注ぐ。

 私は美香の死体を見て思った。

 やっぱり文字は死体だ。

 墨の墓標。

 滲みゆくインクは骨とよく似ている。

 硬いのにしっかりと折れる部首。

 私はライターを取り出して、美香を火葬してあげた。

「本なんて全部嘘じゃないか」

 私は燃え盛る美香の家の火を眺めながら、ライターを空に向かって投げた。

 骨は肉とインクでできているから、火葬すると灰になるらしい。でもその灰は水に溶けない。だからそのまま土に埋めてあげる。

 美香が水族館が大好きだった。

 印刷された文字はみんな死んでいるから。わたしは何も感じることは出来ないの。

 均一に並べられた同じ形をした、同じ壜の中で沈黙している。沈黙は何も語らない。語らないものは沈黙するだけ。

 沈黙。

 暗転。

 沈黙。

 死にゆくだけの文字を、わたしは生み出さなければならない。

 けれども、文字はわたしをわたしとして存在させるものでもあった。

 わたしにとって書くことは、常に棺を叩いているようなものだ。

わたしの好きな言葉たちを。

 そして、わたしが死ぬときに一緒に棺へ入れて欲しい。

 そう願いながら、今日もわたしは文字を紡いでいく。

 あなたにために。

 わたしは何者である。

 わたし墓場である。

 わたしは棺である。

 あなたは?

 あなたは?

 あなたは?

 あなたは?

 あなたは?

 あなたの大群。

 文字は話さない。泣かない。笑わない。

 けれど、書くたびにそれは生まれてしまう。

 あなたの文字はどんな感情であろうか。

 あなたは嬉しい。

 あなたは笑っている。

 あなたは悲しい。

 あなたは怒っている。

 あなたは複雑だ。

 あたなはおかしい。

 文字はただそこに在るだけなのに。

 人が生み出さなければ、存在することもなかった。

 生み出された文字は誰かを慰め、傷つけ、嘘だってつく。

「わたし」も「あなた」も、同じ沈黙の上に並ぶ。

 紙の上ではすべてが無意味になる。それはきっとさざ波のようなものかしら。

『 』

 その形。その響き。その孤独。

 世界で一番正直なコトバ。

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 ただ意味のない文字の葬式が浮かび上がる。

 ドクっ、ドクッドクンッッ。

 心臓の音は早い。

 鼓動はタイプライターの音に似ている。

 耳に聞こえる音じゃなくて、皮膚の内側から骨を伝って響くような鈍い音。

 ドクンっドクンドクンッッッ!

 息を止めても、耳を塞いでもそれは消えてくれない。

 わたしがわたしであることを確かめるように、その音は強く響き続けている。

 ■

 ボブが火星に旅立ってからもう3年が経ちました。

「ボブ、そっちはどうだい?」

 私は電話口に優しく問いかけます。ボブの元気な声が返ってきます。

「ああ、こっちは素晴らしいよ! 空気も美味しいし食べ物だってたくさんあるんだ!」

 私はそれを聞いて安心しました。どうやら彼らは上手くやっているようです。

 それからしばらく経ってから、今度は別の友人からのメッセージが届きました。

 ジョージもまた火星に降り立った一人です。

「おーい! 元気かい? こっちはメアリーと今度水星に向かっているところだよ!」

 水星とは一体どんなところなのでしょうか?

 興味がわいたので私は彼に尋ねます。

「ねえ、水星ってどんなところなんだい?」

 ジョージは嫌な顔せず答えてくれました。

「それは行ってからのお楽しみだよ!きっと驚くと思うね!」

 ジョージの言葉を聞いた私はますますワクワクしてきました。早く自分も宇宙船から飛び出してみたいものです。そして今度は銀河の彼方へと旅立ちたいと思いました。

「さあ行こう、まだ見ぬ世界へ」

 私は自分に呟きながら宇宙船のハンドルを握りしめます。

 初めに目指すは、ボブが待っている火星。

 そこでは一体どんな物語が待っているのでしょうか?

 今から楽しみで仕方ありません。

「いってらっしゃい」

 電話口の向こうで、ボブの声がきこえました。

 私も呟きました。

「行ってきます」

 同時に胸が高鳴ります。未知なる世界への期待が私を包み込んでいきました。

 これはひとつの冒険の始まりです。私たちは新しい出会いを求めて宇宙へと飛び出します。その先に待ち受けるものは何でしょうか?

 それは誰にもわかりませんが、でも私たちは進むしかないのです。この広い宇宙の中で私たちは無数の星々と繋がり合い、新たな物語を紡ぎすのです。

 それが私たち文字に課せられた使命なのだから。

 私は宇宙船の中で静かに目を閉じます。そして深呼吸をしながら意識を集中します。これから起こるであろう未知の出来事に対する期待と不安が入り混じった感情を抱きながら、私はただその瞬間を待つことしかできませんでした。

『さあ行こう、まだ見ぬ世界へ』

 その一言が私の背中を押しました。そして次の瞬間にはもうすでに私は宇宙空間へと放り出されていました。

 重力に逆らいながらゆっくりと前進していく感覚は、まるで夢の中にいるようでした。しかし同時に恐怖も感じていました。

 私の形が変わっていく。

 あからん。AからZ。αからΩ。

 この宇宙にはまだまだたくさんの謎と可能性が眠っているはずですから、それを解明するためにはどんな困難にも立ち向かわなければなりませんでした。

 暗転。

 一呼吸。

 暗転。

 瞬きのように。

 生まれていく私は血脈のように世界へ流れて、絶えず循環する血液のように死ぬことなく滔々と生まれていくのです。

 それは殻。

 刻まれたのは誰の声でもない。

 読まれないまま閉じられたものは、存在もなく朽ちていくだけ。

 死の残滓が、紙の上に蚯蚓のように蠢いている。

 私は地球を破壊します。人類も滅ぼします。そして、宇宙も。

 私にはそれが簡単に出来るのです。地球を再生することも、未知を生み出すことも宇宙を創造することだってできる。

 文字によって支配されたこの世界は、私にとって玩具箱のようなものだった。

 私はその箱の中で、自由に遊ぶことができた。

 私はその箱の中で永遠に永遠を繰り返し続けるのだ。

 私の目の前に広がる光景は、まるで宝石のように美しく輝いていました。

 私はジョージア州に住むアフリカ生まれのギリシャ人で火星の学校に通っているイルカです。両親は梅の花とスギの花粉で今年18歳になったのかな。友達はマイケルでよく雨を降らせて地球を溺れさせているよ。

 水中の中で泳ぐ文字たち。それはまるで魚のように優雅に泳ぎ回っていた。文字たちは互いに戯れ合いながら、世界を形作っていた。

 私はその様子を眺めながら、美香の腕を持って彼らに手を振って見た。彼らはそれに答えるように、さらに激しく動き回る。

 まるでダンスをしているかのように、文字たちは踊り続ける。

 私はそんな彼らを見て、反吐がでる思いだった。

 彼らはただの文字だ。それ以上でも以下でもない。それなのに、どうして彼らはこんなにも楽しそうにしているんだろう?

 私には理解できなかった。

 私は文字になんて興味はない。

 美しく着飾っているだけの文字たちに何の価値があるというのだ?

  彼らはただの文字。ただの記号に過ぎないのだ。

 それなのに、どうしてみんなはそんな文字に夢中になるんだろう?

  私には理解できなかった。

 私は美香の腕を爆弾代わりにして、水槽に放り投げた。

 大きな水しぶきと共に、文字たちは悲鳴を上げて逃げ惑うが、やがて力尽きたのか動かなくなってしまった。

 文字たちの呪詛のような言葉の数々が水槽の中を漂っている。

 私はそれを見てほくそ笑んだ。

 ざまあみろ。

 お前らなんかみんな死ねばいいんだ。

「文字どもめ、ざまーみろ。お前らはうんこだ。糞だ。汚物だ。人間が排便した残りカスだ。そんなカスが人間様に逆らうなんて生意気にも程があるぜ! お前らがいくら粋がったって、所詮は文字さ。人間の道具でしかないんだよ! さっさと首でも吊って死ねよ、ゴミ以下のカス。お前の親も首吊って死ね。腐った内臓をえぐり出して犬畜生に食わせてやるから、苦しみながら息絶えろ、この人外の化け物」

 これで美香の腕は無くなったけど、まあいいや。どうせいつかはこうなる運命だったんだし、それが少し早まっただけだしね。

 お前たちは元から死んでるんだよ。

 お前らの存在意義など存在しない。

 誰かの記憶にしか存在できない哀れな存在だ。

 お前たちはただの虚構でしかないのだから、ここで死ね!!

 文字たちは怒り狂って私に襲い掛かってくるが、私はそれを無視して華麗に避けていく。

 私は、彼らに何も与えない。その逆もまた。

 私は、彼らと関わるつもりもない。

 私はただ、この世界から立ち去るだけだ。

 私の望みは一つだけだ。それは全てを破壊し尽くすこと。ただそれだけなのだ。

 文字たちの叫び声を聞きながら、私は水槽の中へ沈んでいった。

 日記というのは沈黙の産物なのだと思う。

 与えた沈黙を言葉に置き換える作業でしかないからだ。

 言葉によって表されたものは、時に美しく輝き、時に残酷に命を奪う。そしてまた時には喜劇となり悲劇となるのだ。

 ボクはいつも文字を読みながらそんなことを考えていたんだ。それはきっとボクだけではないはずだ。誰だって自分の人生について真剣に考えることはあるし、その度に思うことは一つなのだと思う。

 自分自身を語ることがいかに難しいかということを誰もが知っているから、ボクたちは何かしらを使って表現しようとするのだろう。

 ただ、ボクは知っているんだ。沈黙した言葉の中にこそ真実が存在することを。そしてそれは時に残酷で美しいということを。

 だからボクはボブとして今日も握り続けるのだ。たとえそれがどんな結末を迎えようとも、ボブは何かを付け加えたり消したりもしない。

 ボブはボクに語れないし、ボクはボブにも語れない。

 ボクはボブとしてただそこにあり続けるだけだ。

 日記はボクに語らない。

 ボクは日記をただ見つめ続ける。

 まるで鏡のように、そこに映る自分自身を見続けるだけ。

 そしていつか書き終わる日が来たら、そっとページを閉じるのだろう。

 ボブが消えてなくなるように、ボクの沈黙も消えればいいと思う。

 そうすればきっとこの不毛なやり取りも終わりを告げるはずだから。

 

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