「パーティを抜けてくれ!」と泣かれた俺の傷心ダンジョン暮らし
水都ミナト@【魔物解体嬢】発売中
第1話 パーティを抜けてくれ!
「頼む、パーティを抜けてくれないか⁉︎」
「……は?」
いつも通りそつなくクエストをこなし、ギルドでクエスト完了の手続きを済ませた俺――冒険者リアンは、これまたいつも通り近くの酒場で先に店に入っていたパーティメンバーが待つ席に着席した。
俺がいつも頼む料理を先に着いた彼らが注文してくれるのもいつものことで、すでに美味しそうな料理の数々が湯気を立ち昇らせながら俺の着席を待っていた。
そして席に着くや否や、俺はどうしてか同じパーティで苦楽を共にしてきたパーティメンバー三人から勢いよく頭を下げられたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、パーティを抜けてくれ? どういうことだ?」
パーティを組んで三年、俺たちはそれなりによくやってきたはずだ。
わずか三年でAランクパーティにまで昇格し、パーティの知名度もまずまず。
これまで大きな危険にも見舞われず、身の丈にあったクエストを的確にこなしてきた。
「もしかして、俺に至らない点があったのか? そりゃ、最初はマッピングが下手でよくダンジョンで迷子になって迷惑をかけたけど、今では情報屋に売ってくれと言われるほどにはマッピング技術は上がったはずだ。それに、お前たちに危険が及ばないように探知魔法も極めた。付与魔法だって、クエスト中ずっとかけていられるように血の滲むような努力をした。本職じゃないが、材料さえあれば多少の回復薬だって作れるし、素材の採取だって俺一人で手際良くできるようにしている。装備や武器のメンテナンスだって、そこらの鍛治師にも劣らないと自負しているぞ。修行の日々は死ぬほど大変だったな……とにかく、快適にクエストを遂行できるように俺なりに頑張ってきたはずだ。努力が足りなかったか? それなら遠慮なく言ってくれ。もっと頑張る。もっと努力を重ねる。俺はお前たちの役に立てることならなんだってする。命をかけたっていい」
俺はパーティに尽くすことが生き甲斐で、パーティのためならなんだってするつもりだ。
彼らが求めるのなら、命すら差し出せる。
それほど俺にとってこのパーティが大切で、生きる目的そのものなのだ。
「……ぎなんだよ」
頭を下げた体勢のまま絞り出された声は震えていて、申し訳ないが聞き取ることができなかった。
「すまん。なんだって?」
「頑張りすぎなんだよ!」
「えっ」
耳を寄せて問い返すと、三人の真ん中に座っていた戦士のイカロスが、ダンッと震える拳をテーブルに叩きつけた。
熱い男だが、冷静に戦況を判断できる頼れるリーダーで、Bランクの冒険者だ。
出会った頃はDランクに上がったばかりだったので、随分と成長したものだとこんな時ながらしみじみしてしまう。俺の勝手な評価だが、Aランクへの昇格も遠くはないだろう。
いつも前向きでパーティを引っ張ってくれるイカロスが、悔しげに唇を噛み締め、目に涙を滲ませている。
「確かにリアンのおかげで俺たちはどんどんとパーティランクを上げて、今やAランクにまで上り詰めた。だけどな、それって本当に俺たちの実力で手に入れたものだと思うか?」
「ん? 当然だろう?」
何を当たり前のことを言っているのか。
首を傾けながら即答するが、イカロスは片手でぶんと空を切り否定する。
「否! 全部リアンがお膳立てしてくれたから今の地位についているだけで、俺たち三人にそこまでの実力はない!」
「いや、そんなことはないと思うが」
「リアンがいなければ、Bランクダンジョンだって攻略にどれぐらい時間がかかるか……」
「絶対に無傷じゃ戻れないわね」
リアンに同調するのは、魔導師のエリナだ。
紫色の髪に、知的な水色の瞳。その澄んだ瞳は今、悲痛に歪められている。
彼女はCランクの冒険者であるが、芯が強くしっかりもので、このパーティの要(オカン)のような存在だ。
二人して拳を震わせながら熱弁しているが、うーん、これは……褒められているのか?
俺はパーティから追われそうになっているんだよな?
さっきからどうも実力以上の評価を受けている気がしてならない。それと、とにかく話を聞いてほしい。
目をしぱしぱ瞬く俺だけが置いてけぼり状態だ。他の三人は箍が外れたように心中が溢れ出して止まらない様子。
「欲しいと思った時に、いや、欲しいと思う前から攻撃力、防御力、移動速度にダメージ軽減、もはや常にバフがついている状態で、ここ最近はずっと借り物の力でクエストをこなしている心地だった」
「自分の実力以上の評価を受けて心苦しいの」
「そうだ! 稼いだ金で買い物しても、果たしてこの金は俺の手で稼いだものなのかと自問自答に陥って使いづらいことこの上ない!」
黙って頷いていたタンクのブルドーまで堪えきれなかったのか口を挟んできた。
いつも寡黙な男であるが、緑色の短髪を逆立てながらここぞとばかりに捲し立てている。
「いや、パーティは助け合うものだろう? それに、金は間違いなく俺たちみんなで稼いだものだ。気兼ねなく好きに使うといいだろう」
「それにしてもリアンは過干渉すぎる! もっと俺たちの実力を信頼してくれてもいいだろう」
「信頼した上でのバックアップなんだが」
「やりすぎなんだよ!」
「そうよ。今日だって、上級ポーションを使ってくれたでしょう? ちょっとした擦り傷だったのに!」
「え、いや、怪我の大小に関わらず痛いだろう。俺はお前たちが痛いのは嫌だ」
「過保護すぎる!」
三人ともテーブルに両肘をついて頭を抱えてしまった。頭を抱えたいのはこちらなのだが。
まあ、確かに俺は今年で二十八歳。対してイカロスは二十三歳、エリナは二十歳、そしてブルドーは二十四歳だ。俺はこの中で最年長なのだし、どうしても彼らの世話を焼きたくなるのも仕方がないと思う。
実際可愛いのだ。目に入れても痛くないほどに。
ずっとキョトンとしている俺にもどかしそうな視線を向けながら、エリナが悔しそうに口を開く。
「リアンは魔法戦士でしょう? それなのに、魔導師の私よりずっと補助魔法も付与魔法も、攻撃魔法だって、全部一人で賄えるぐらいの実力があるんだもの! 私の自信なんて、とっくにポッキリ折れているのよ」
勢いのままに立ち上がって身を乗り出していたエリナであったが、尻すぼみに声を萎ませながら、しおしおと椅子に深く腰掛けて俯いてしまった。
「エリナの実力は魔導師の中でも一流だと思うぞ?」
「やめてよ、余計惨めになるじゃない」
素直に褒めているのに、エリナは悲しげな目で見上げてくるばかりだ。
しばしの沈黙が落ち、三人はゆっくりと顔を見合わせてから俺をまっすぐに見た。
「俺たち三人は、今までのようにリアンに頼り切ったままでは腐ってしまう。本当の実力も図れず、相応しくない評価と報酬を受け続け……リアンなしにはやっていけなくなってしまう。冒険者として、このままではいけないとずっと話し合っていたんだ」
俺の知らないところで、いつの間に。
「リアンのサポートが手厚すぎて、ランクに実力が伴わない状態になっていることが心苦しいの。だから──」
「今日限りでパーティを解散し、一から出直して研鑽を積みたいんだ」
エリナの言葉の続きをイカロスが拾う。
静かで落ち着いていて、覚悟が決まっていると分かる声音だった。
いつも賑やかな酒場なのだが、店内の喧騒が遠ざかっていく。
手をつけられないままただひたすら食されるのを待っている料理たちは、すでに湯気を立ち昇らせてはおらず、すっかりと冷めてしまっている。
俺の心もまた、ひどい隙間風が吹き荒んで冷えていく。
俺は嫌な音を立てて軋む心臓を服の上から握りしめながら、スウッと息を深く吸い、言葉と共に搾り出すように吐き出した。
「……俺なしで、ということか」
感情の乗らない言葉に、三人は申し訳なさそうに眉を下げつつ、深くゆっくりと頷いた。
「……すまない。俺たちはもっと泥臭く冒険者をやっていきたい。高難易度のダンジョンに潜り、手応えもないままダンジョンを踏破して装備や武器に傷一つなく戻ってくるんじゃなく、怪我や挫折を味わい、困難を乗り越え、自分たちの力で成長を実感しながら冒険者をやっていきたいんだ」
「今の俺たちじゃ、リアンに到底釣り合わない。足を引っ張っていると思わされることもないほどの実力差なんだよ」
「ごめんなさい。全部不甲斐ない私たちが悪いの。どうか、このわがままを受け入れてほしい」
パーティのためだとこれまで頑張ってきたことが、大切なパーティメンバーをここまで追い詰めていたのかと愕然とする。今までの努力は全部意味を成さなかったどころか、俺たちの間の亀裂を深めるばかりだったというわけか。
みんなのために、パーティのために。
それが俺の行動原理だった。
だが、それはすべて自分のエゴだった。雷が落ちるような衝撃が全身を駆け巡る。
俺は考えもしなかった事実に直面し、打ちのめされていた。
まるで突然の豪雨に全身を打たれたように、身体の芯から冷え切り、どこで雨宿りすればいいかも分からずただただ熱を失っていく感覚がする。
「……分かった。今まで、本当にありがとう」
「……すまない。ありがとう」
再び頭を下げるイカロス。もう、何度目かもわからない。彼の顔の下、影となっているテーブルの木目にはいくつもの涙の跡が滲んでいる。
彼らをここまで思い詰めさせたのは、俺なのか。
パーティを追われたことよりも、その事実が俺の心に深く突き刺さった。
俺は気づいた時には夜の街をフラフラと歩いていた。いつの間にか酒場を出ていたらしい。
しっかりと別れの挨拶はできたのだろうか。分からない。
彼らのために、パーティのために、みんなが喜ぶ顔が見たいと思って、尽くして尽くして尽くしてきたことが、こんな結末を迎えるなんて。
──いや、違和感は抱いていたはずだ。
最初はリアンのおかげだと喜ばれるのが嬉しくて、もっともっと喜んで欲しくて、クエストから戻ってからもソロでダンジョンに潜って魔法や剣技を磨き続けてきた。
戦闘に求められる能力だけでなく、パーティを支えるためにはポーションが作れた方がいいだろうと錬金術師に弟子入りし、また、野営をする際に少しでも環境を整えられるように建築ギルドで臨時職員として働いたりもした。
とにかくみんなのためになるならと、いろんな職業の師匠に教えを請い、魔法戦士の範疇を越える技術も身に付けた。
だが、いつからだったか、俺のサポートを受けたみんなの反応がぎこちなくなっていった。
笑っているようで、頬が引き攣っていた。
時に思い詰めたような表情を見せることもあった。
その度に、まだ足りないんだと思った。もっと、もっと俺にできることがあるんだと思っていた。
だが、根本から間違っていたんだ。
俺はパーティのみんなの声に耳を傾けていただろうか?
怪我や損傷なくクエストをクリアしたことに、一種の満足感や達成感を抱いていた。俺が彼らを守っているのだと、勝手に自己を肯定するための要素としていたんだ。なんて烏滸がましい。
三年前、王都に出てきてからずっとソロで腕を磨いてきた俺が、イカロスたちのパーティに誘われた時は天にも昇るほど嬉しかった。
伸び悩んでいた俺は、彼らのために頑張ろうと思うほどに強くなれた。
できることが増えるのは素直に楽しかった。
できることが増えるほど、パーティの役に立てるのだと嬉しかった。
これからもずっと彼らのためにできることをしよう。そう思っていたのに……
「イカロスが泣いたところ、初めて見たな……」
結局俺は、自分の居場所や存在意義を求め、彼らを押し潰していただけだったのだ。
その後、空が白み始めるまで街を彷徨い続け、いつの間にか宿にたどり着いていた俺は、借りている部屋に戻り、倒れるようにして眠りについた。
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