刀宿し

香迷巡

刀宿し

 カランコロン。

 何かが足元まで転がってきた。細長く、鮮やかな紅色をしていた。

 刀だ。血ではない。刀の鞘が紅いのだ。

 そして刀を追うようにもう一つ何かが転げ落ちてきた。それは地面になだれ込むようにこけた。


「ちょ、大丈夫!?」


 急いで駆け寄ると、まん丸の目に見上げられた。体を覆い隠すような着物をきている女の子だった。


「か、刀を・・・」


 女の子が近づく前に、鞘を掴み、拾い上げた。


「えっと、これ?」

「はい、そう、です」


 女の子は腕を上げ、手を伸ばした。長過ぎる袖から小さな手のひらが開く。渡してほしそうだが、ためらった。


(これ渡していいのか)


 学校帰りの田畑の道途中だった。田畑の間を通ると近道なのだ。左手は林になっており、そこから刀が転がってきた。擦り傷のあるブカブカの着物を着た女の子も転がってきた。しかも、小学生になったばかりくらいの幼さだった。

 刀を持ち、後ずさる。女の子はその様子を見て、腕をおろし、ゆっくりと立ち上がった。


「刀持って、平気なのですか?」

「え?  ああ、これ重いだろうし、俺が持っとくよ。あー。君一人なの?」

「私・・・、剣道場に行きたいんです」

「え? 剣道場?」

「はい。この近くにあると聞いて。どこにあるのか、知りませんか?」

「剣道場ならあるけど、もう閉まっているよ」


 そう、じいちゃんがやっていた剣道場。数年前にたたんだ跡地だ。


「そこに行きたいんです」

「ねぇ、君ご両親は? 近くにいないの?」

「私はひとりで来ました。案内してくれないのなら、もう行きます」


 女の子は頬をふくらませてムッとした表情をした。


「わかった。俺も行く途中だから案内するよ。この刀は重いし、俺が持っとくよ」

「・・・はい、ありがとうございます」


 女の子は微笑むと、空いた手を引っぱり、進み始めた。けれど、どこかぎこちない。


「よいしょっと」

「え、ちょっと!」

 

 女の子を抱きかかえた。同じ高さで視線が通う。


「君、足とか怪我してるでしょ? 腕にも擦り傷あったし。剣道場で手当しよう、な?」


 女の子は少し頬を赤らめ、小さくうなずいた。


「俺、畑門勇人はたかどはやと。君のお名前は?」

「・・・あやか」

「そっか、あやかちゃん。よろしくね。俺のことは、はやとでも、はやちゃんでも、好きに呼んでいいからね」


 勇人はめいっぱい微笑んでみる。怖がらせないためにも笑顔が大事なはずだ。


「あの、急いでほしい・・・」

「ん? ああ、わかった。痛いよな。急ぐな」


 勇人は駆け足で剣道場へ向かった。


「えっと、はやちゃんは・・・」

「ん? 何?」

「い、いえ、ありがとうございます」


 それきり下を向いて黙ってしまった。


 (こんな田舎に小さい女の子一人。きっと親が心配しているだろうに。しかもこんな刀まで持って。鍔もきれいな装飾だし、お金持ちの子供なんじゃないだろうか。今どきのお金持ちの子供は刀で遊ぶ・・・わけないよな。剣道場まで連れて行って、交番に電話しよう。その前に俺が誘拐犯だと疑われませんように)


「ついたよ」


 門向こうに道場がある。色褪せており、古びた印象しかない。 土地としては広いせいか道場は小さく見える。


「ここなのですか? 門が開いています」

「いつも開いてるよ。金目の物もないし」


 門といっても木でできた瓦屋根の門だ。いや仰々しい瓦屋根の門も世の中にはあるのだろうが、古く小さい扉でしかなかった。


「誰も来ないし、門の開け閉め面倒だし」

「あなたは来ているのですか?」

「俺? 俺は・・・。ここはじいちゃんの剣道場なんだ。俺が小学生の時にはたたんで、剣道を少しだけ習ったよ」


 勇人は道場の前であやかをおろした。引き戸を力を入れて、引く。ここの戸は重い。


「ほら、上がって。一応救急箱があるんだ」


 勇人が手で促すと、あやかは一目散に道場の中に走っていった。


「ちょ、どうしたの?」


 竹刀が数本入ったかごに飛びつき、手を伸ばしている。竹刀を取るには身長が足りない。


「これ、これはどうしたのですか?」


 青みがかった灰色の鞘をかごの隙間から取ろうとしている。


「え、あー、その刀のこと? じいちゃんので、見てくれだけで本物の刀じゃないよ。まあかっこいいから、竹刀振るのに飽きたら、刀振るけど、抜けないよ」


 勇人は刀を取って、あやかに渡した。重いので、支えつつ、握らせる。

 あやかはそっと撫でるように触れた。幼い女のことは思えないほど、艶めかしい動きだった。


「なるほど、わかりました」

 

 あやかは強くうなずく。


「それ、触ってていいから早く絆創膏貼ろう。な?」


 その瞬間外から空気が震えるような大きな音がした。地響きとともにグオオという唸り声が聞こえる。


「な、なんだ・・・?」

「追いつかれたようです」

「え?」


 あやかが勇人に預けていた紅い刀を強く握る。


「あなたのことは必ず守ります」


 あやかは紅い刀を持って道場の外へ駆け出した。


「ちょ、待って!」


 グオオという唸り声が道場を揺らす中、勇人はなんとか道場の外へ顔を出した。

 ギョロリ。紅い目玉がこちらを見やる。熊のように大きな黒い塊がそこにはあった。鋭い槍のようなものがあやかを突く。あやかは鞘に入ったままの刀でそれをいなしていた。


(な、なんなんだ・・・)


 大きな塊を支えるように8本の足があり、塊は大きな口を開け、あやかにかぶりつこうとする。

 勇人は足の力が抜け、その場に尻をついた。ガタガタと体が震える。それは化け物だった。

 バンッとあやかが道場の壁に吹き飛ばされる。血を吐き、地面に転がった。


「ゴホッゴホッ、やっぱりこの体じゃ、ゴホッ」


 なんとか起き上がろうとするあやかに化け物が近づいてくる。勇人の目には、今にも喰われそうな女の子が映っていた。


 カランコロン。

 勇人の足に転がり当たるは細長く、鮮やかな紅い鞘の刀だ。

 呼吸が浅くなる。勇人は刀掴んだ。


「うわああああ!」


 刀を抜き、化け物へと切り込んでいった。まるで炎のようなゆらめきが刀身をつつみ、化け物の足を切り落とした。

 悲痛な唸り声が響く。化け物は落とされた傷口を口にくわえ、その場にうずくまった。漏れ出るなにかを必死に防ごうとするようだった。


 勇人は震えながら、逃げることを考えた。


(急いであやかちゃんを・・・)


「いやあ、あっ・・・」


 あやかがうずくまり、苦しそうにしていた。勇人が急いで駆け寄る。


「あやかちゃん! しっかり、とにかく速く逃げよう!」


 勇人があやかを抱えようとしたその時、重みを感じた。


(ん?)


 うずくまっていたあやかが起き上がると、そこに勇人と同じくらいの少女が頬を染め、胸元が少しはだけた着物姿で、座り込んでいた。


「え?」


 勇人の顔は急に熱くなった。目の前にいるのは育ち盛りの女性であった。


「久しぶりだなぁ」


 あやかの急な色っぽい声と微笑みに、勇人の心臓はドクンと鳴った。


「返してね」


 あやかは勇人が持っていた刀を奪い取り、立ち上がった。スラリとした長い脚が現れる。幼い女の子の着る着物は、少女にとっては肘から先と、膝下が見えるキツめで短めの着物になっていた。

 裸足で地面を蹴り、あやかは化け物の体中を刀で切りつけた。また化け物の唸り声が響く。しかし、十ほどの傷をつけるとあやかはフラフラと勇人のもとへ座り込んだ。


「うん、久しぶりすぎて、力入らない。一旦、背負って逃げてください」

「は?」


 あやかの後ろに立ち上がろうとする化け物を見た勇人は青ざめ、あやかを背負って駆け出した。


「なんだよ、なんだよ、なんなんだよー!?」


 後ろから化け物がフラフラと追いかけてくる。呼吸を荒くし、勇人は必死で走った。


「ごめんなさい、私久しぶりにこの体で、うまく力入らないです」

「え、ちょ、君何なの!? あれ、なんなの!?」

「私はああいう悪さするものを狩っているんです。あれは悪い闘気の塊。刀に闘気をまとわせると切れるんです」

「はあ!?」

は生命のエネルギーのようなもので、使いすぎて私最近小さくなっちゃったんです」

「はあ!?」

「刀に闘気をまとわせないと抜けなくて、が少ない小さい私じゃ抜けなかったんです。それに私の刀、を勝手にいっぱい吸っちゃうから、普通の人倒れちゃうのに、あなたはすごいです!」

「はあ!? じゃあ、なんでずっと持たせてんの!?」

「うーん、あわよくば刀も抜けて、体も元に戻らないかなっと思って。えへへ」

「えへへじゃねーよ!! ん、待てよ。が戻らないと体戻らないのに、なんでそんな刀持ってんだ?」

「この刀と私は一心同体みたいなものだから。刀にが溜まれば自然と私も元気になるんです」

「へーそう・・・てか、もう無理なんだけど!?」


 後ろでドスンと木々が倒れる音がする。剣道場周辺は木々で周りが囲まれているが、隠れながら走っても木を切り倒されては意味がない。


「ねえ、あなたががあいつ切ってください」

「はあ!?」


 細長い手が勇人の胸元を撫で、心臓のあたりに添えられる。あやかは勇人により密着し、頬を近づける。


「私フラフラしてて、完全に切れない。でも、あなたの刀ならきっとできます」

「それって、じいちゃんのか!? あれは本物じゃ・・・」

「違うよ、あれにはものすごい闘気が宿ってました」

「いや、あれは抜けないんだって!!」

「・・・あの、一度だってあの刀を抜いたことがあるのですか?」

「ねえよ、そんなの!」

「あなたは素直なんですね、刀は抜けないと聞いてそれを守っていた。ねえ、どうしてこんな寂れた剣道場に行こうとしていたのですか?」


 勇人の記憶がふわりと蘇る。じいちゃんの竹刀を振る姿、じいちゃんに頭を撫でられる感触を思い出した。にこやかに勇人と呼ぶじいちゃんの声が聞こえる。じいちゃんが大好きだった。


「・・・かっこいいじいちゃんみたいになりたかった。だから、毎日振ってただけだよ」

「それです、あなたの実直さが、刀にものすごい闘気を宿らせたんです! いいですか? あなたは刀を抜いて、上から下に真っ直ぐ刀を振り下ろすだけでいい。私があいつを連れて行きますから!」

「いや、そんなの――」

「よし! それじゃあいきますよ!」


 あやかは勇人の背中から飛び降りた。


「刀を取りに走ってください!」

「はあ!? なに言って――」

「大丈夫! はやちゃんならできます!!」


 あやかは化け物の注意を引き、大きく回るように道場の方へ走る。


(なんなんだよ!?)


 勇人は額の汗を拭い、化け物の後ろを抜け、道場へ走り出す。


(俺に刀を振れとか、できるわけない。別に俺は剣道が強いわけじゃないんだ)


 ――あなたは刀を抜いて、上から下に真っ直ぐ刀を振り下ろすだけでいい――


 その言葉が勇人の中を木霊する。それならできると淡い期待があった。


 道場に駆け込み、土足のままかごのそばに置いてきた刀を拾った。毎日握る刀はよく手に馴染んでいる。


 急いで道場の外に出ると、あやかを追いかけながら化け物が近づいてきていた。先程よりも体中に傷が増えたように見える。


「はやちゃん! 行きます!」


 勇人は呼吸を整え、初めて鞘を抜いた。青みのある灰色の鞘からでてきた刃は、曇天を貫き青光りする稲妻のように凄まじい力を感じられた。鞘を足元に落とし、刀を構える。

 あやかが勇人のすぐ横を過ぎていく。目の前には大きく口を開けた真っ黒の化け物が迫る。

 刃を上から下へ狂いなく、振り下ろす。

 最中、化け物のうめき声なのか、雷が木を貫くような低い響きが耳を劈く。

 黒い塊は真っ二つに割かれ、ほろほろと消えていく。


 勇人は刀を握ったまま、両膝をついた。


(お、俺、生きてる・・・)


 息苦しさから自分がまだ生きていることを実感できた。


「すごいよ、はやちゃん!」


 トンと勇人の右肘にあやかと手が触れた。もう歩けないのか地べたに這いつくばった状態だった。


「はは、やったのか・・・」

「はい、完全に消滅しています」


 あやかがゆっくりと状態を起こした。


「美しい構えでした!」


 あやかの満面の笑みに、勇人の顔もほころんだ。


「あうっ」


 あやかが胸元を押さえだし、苦しそうにする。


「おい、大丈夫――ん?」


 あやかの手足が徐々に短くなっていき、頭も小さくなっていく。そして、頭から下は着物に覆われてしまう。


「ううっ、戻っちゃった・・・」


 あやかは、幼い女の子の姿に戻った。自分の手足を見つめ、悲しそうにする。


「ははっ、はははっ」

「ちょ、ちょっと笑わないでくださいよ」

「いや、なんだか気が抜けて、ははっ」


 勇人はあやかの頭にそっと手をおいた。


「ありがとう」


 あやかの顔が熱くなる。


「ちょ、子供扱いしないでください。ほんとは子供じゃないし、それにお礼を言うのは私の方です。まず巻き込んで、ごめんなさい。本当にありがとうございます」


 小さい頭がペコリと下がった。


「あれを狩りに行ったら、思いの外強くて死ぬかもと思って、とにかく人里から離れようとここにきたんです。そしたら、あなたがいました」

「あれ? 剣道場に用があるって言ってなかったっけ」

「昔ここへ狩りに来たときに見たことがあったんです。それで、ここに一旦隠れようかと・・・。あなたも私の知らぬところで、襲われるよりいいかと・・・」

「なんだよ、それ。本当に死ぬところだったのかよ・・・」


 あやかは口をつぐんだ。昔、ここへ来たときに勇人が刀を振っていて、その姿がきれいだと思ったのは恥ずかしくて言えなかった。


「まわりの倒れた木々や剣道場の修繕はなんとかします。狩りは私の家の生業なので、こういうのもツテがあるので」

「そ、そうなんだ、ありがとう」


 勇人は胸を撫で下ろし、刀を鞘へしまった。


「よしそれじゃあ――」

「えっ、ちょっ」


 勇人はあやかを抱きかかえた。


「とりあえず、今度こそ、手当しよう。な?」

「こ、子供扱いしてますね・・・」

「いや、見た目小さい女の子だし。嫌だった?」


 勇人の眼差しにあやかは耐えきれなかった。


「そ、そうですね。小さい女の子が、怪我してる。抱えて当然かもですね。丁重に手当してください!」


 あやかは顔を赤くした。そっぽを向いたまま、小さい手を勇人の肩に回す。


「ははっ、はいはい」


 勇人はあやかを優しく抱えながら、道場へと歩き出した。









 





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