Freaks!
zzzzz
ep.1 特別な先輩
——これが都会の男か。
あの人を初めて見た瞬間、レイの中の“男の子像”がひっくり返った。
背の高い痩せた身体に、制服のシャツがわずかに余っていた。
跳ねた黒髪の隙間から覗く、左目の下の泣きぼくろ。
なんて、洗練された佇まいだろう。
「ギルバートだ。今日から君の案内役を任されてる。わからないことがあったら、なんでも聞いてくれ」
彼はまずヴィーに笑いかけ、そのあと同じ笑みをレイにも向けた。
柔らかく細められた若葉色の目に見つめられ、レイは思わず肩を竦めて曖昧に笑い返した。
ここは帝都にある魔法学園。貴族の子弟も多く通う、魔導士を育てる学校だ。
レイは、幼馴染のヴィンセント——ヴィーの“特別な事情”による転入に付き添って、春からこの学園の高等部一年生に編入した。
田舎の小さな村から出たことすらなかった二人にとって、ここはすべてが眩しい別世界だった。
「そんなに珍しいか?」
ギルバートの問いに、レイははにかみながら頷いた。
「建物が大きくて……なんだか自分が小さくなったみたいで」
空が、村にいた頃より狭く思えた。
ギルバートはレイの答えが面白かったのか、ふっと笑った。
「着いたよ。ここが君たちの暮らす寮だ」
ギルバートが足を止めたのは、学園の外れに近い、こじんまりとした二階建ての建物だった。煉瓦の壁に、森の木漏れ日が滲んでいて、レイは少しだけほっとした。
レイは、ひとつ大きく息を吸うと、寮に足を踏み入れた。
この日から、レイとヴィーの魔法学園での新しい生活が始まった。
この時のレイは、まだ知らなかった。
半年後、あんなことが起こるなんて——。
◇◆◇
この学園には、魔法の座学だけでなく、実技の授業があった。特に、高等部からは将来の進路に応じた学科別の演習がある。
戦術魔導科に振り分けられたヴィーとレイは、この日が来るたびに、視線を交わしてお互いの緊張をほぐし合っていた。
「今日は本物の魔獣を使った基礎訓練だ。危険が伴うため——」
そう前置きして、教師は振り返った。
「補助監督として、二年生のギルバート君に来てもらっている」
その名とともに歩み出たのは、一月ほど前にレイの“男の子像”をひっくり返した、あの先輩だった。
彼は無駄のない動作で教師の隣に立ち、微笑んだ。
垂れ目がちな薄緑の瞳が、こちらをかすめる。
その一瞬に、レイの胸が、かすかに高鳴った。
……ギルバート先輩が、どうしてここに?
その疑問を、すぐに教師が説明した。
「彼は戦術科では今年、最も優秀な生徒だ」
——なるほど。ギルバートは、やはり特別なのだ。
檻から魔獣が引き出された瞬間、レイの隣にいたヴィーの肩が、びくりと跳ねた。
レイは思わずそちらを見る。
「ヴィー?」
問いかけると、ヴィーは驚いたように瞬きをし、すぐにいつもの控えめな笑みを浮かべて首を横に振った。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだよ」
その言い方が、かえってレイの胸のざわつきを強めた。
けれど、演習は何事もないように進んでいく。
先生が魔獣の生態や、攻撃に有効な詠唱を説明し、生徒たちも教科書を開いて詠唱の準備をする。
レイも呪文に意識を向けようとした、そのときだった。
「やめて! 僕を攻撃しないで!」
突然、ヴィーが魔獣の前に飛び出して叫んだ。
訓練場にいた全員が凍りつく。しかし、一度唱え始めた呪文を途切れさせるわけにはいかない。詠唱を中断することの危険性は、ついさっき教師から説明されたばかりだった。
「ヴィンセント! 何を言ってる。その魔獣から離れろ!」
教師が叫ぶ。
魔獣が低く唸り、全身の毛を逆立てた。同時に、空気がふっと歪む。ヴィーから漏れた微かな魔力の揺らぎに、魔獣が反応したのだ。
魔物の声が聞こえる——それがヴィーの“特別な事情”だった。
「……やめて、怖がらせないで……!」
ヴィーはまるで魔獣の痛みを代弁するように、震える声で訴える。
魔獣が前足を踏み鳴らし、鉄の鎖が軋んだ。
「まずい、刺激するな!」
教師が動こうとした瞬間、別の生徒が恐怖のあまり詠唱を途切れさせ、魔力の火花が不安定に弾けた。
一歩間違えば、魔獣もヴィーも巻き込まれる。
訓練場に緊張が走った。
その混乱のただ中で、ただひとりだけ動いた者がいた。ギルバートだ。
「動くな。詠唱は続けろ」
ギルバートが生徒の肩に触れた途端、彼の魔力が乱流を包んで押し沈め、火花はじゅ、と音を立てて揉み消された。
そのまま彼は、一瞬の迷いもなく魔獣へ指先を向けた。
次の瞬間、魔獣の足元の地面が、鈍い音を立てて沈み込んだ。まるで、その場所だけに何倍もの重さが加わったかのように。
魔獣は唸りを上げる間もなく四肢を折り、崩れるように地に伏せた。
レイは息を呑む。
彼女の知るどんな魔法とも、まったく違っていた。
「心配ない。殺してはいないよ」
ギルバートの声は淡々としていた。
それから彼は呆然とするヴィーに歩み寄り、手を差し伸べた。
「こういう時のために、俺がいる」
ギルバートもまた“特別な事情”を持った生徒だと、レイは後から人伝に聞いて知った。
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