こたつ つくもかみ みかん
七乃はふと
家に伝わるおまじない
家には代々伝えられてきたおまじないがあります。
正直、ほとんどの人が、そんなものに力はないと思うでしょう。
私もそちら側の人間でしたから。
だから、祖母の膝の上で聞いた時以来、一度も使うことのなく、頭の中から消え去っていました。
けれど、あの時、何の前触れもなく思い出したのです。
その年は例年以上に寒さが厳しく、みかん農家を営んでいた実家には毎日のように作ったみかんがダメになる報告ばかりで、家の中は陰鬱な雰囲気に包まれていました。
私も長女として家を手伝っていたのですが、嫌気がさして家を出る機会を伺っていました。
そのチャンスが遂にやってきたのです。
今の主人と付き合うようになった私は、親の目を盗んでは彼に会い、新たな生命を身籠ったんです。
今までは親から隠れて交際していたのですが、お腹の子の存在を知った途端、勇気が湧き起こりました。
どうせ反対されるのは目に見えている。なら徹底的に戦おうと強い決心の元、母と対面しました。
父はおらず母と一対一。
居間でみかんの置かれたコタツに入り、最初は平静を装っていた私達。でも親娘なんでしょうね。次第にエスカレートしていき、納戸を叩く風が気にならないほど、舌戦を繰り広げていました。
その流れを断ち切ったのは、母でした。
バンと掌でこたつのテーブルを叩いたんです。
すると、みかんが勢いよく散らばり、フッと電気が消えました。こたつの中も暗くなっていました。
私達は外からの頼りない月明かりを利用して睨み合っていたのですが、先に観念したのは母でした。
白い息を吐くと、灯りを探してきますと言って、辺りに散らばったみかんを片付けて居間を出ていきました。
私は居間に一人いたのですが、灯りを失った部屋は、どんどん室温が下がっていくようで、風によってガタガタと揺れる納戸の音に私は心細さを覚えました。
母は一向に帰ってきません。
居間を出ようと、こたつの毛布を払いのけると、余計に寒さが増してきて、これから生まれる子に悪影響があったらどうしようと、その場から動けませんでした。
家の中なのに吐く息は白く、二の腕を擦らないと震えが止まらなくなっていく、そんな時でした。
毛布の中に入れた膝に何か当たったんです。
手を入れてみると、球体で、弾力のある皮の中に柔らかいものが詰まっているようでした。
薄闇の中、顔の前に持っていくと爽やかな香り。それはみかんでした。
母が片付け忘れたのかと思いながら、見つめている時に思い出したのです。
祖母から教えられたおまじないを。
こたつ つくもかみ みかん。
まるで言葉遊びのようなおまじないを口に出し、次にみかんを何処に置くべきか分かり、迷う事なく、こたつの上に置きました。
すると、布団の中で温もりを感じたんです。
布団をめくってみましたが、勿論誰もいません。
でも両膝に暖かさと心地良い重さを感じました。
まるで赤ちゃんのような……。
電気がついて戻って来た母に、今起きた事を伝えると、そうかい。と一言だけ。
頑なに反対されていた結婚も、今までの剣幕が嘘のように認めてくれたんです。
こたつ つくもかみ みかん 七乃はふと @hahuto
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