Release Before
東
第1話 地獄。
1
お父さんが迎えに来てくれると、信じていた。
恐ろしいところもある人だったが、それでも俺を愛してくれていた。
お父さんは俺の体を愛していた。俺はその『遊び』が嫌いだったが、お父さんに嫌われたくなくて楽しいふりをして笑った。
……だから、お父さんがどこかへいなくなった時
絶望した。
いつか、迎えに来てくれるのだと信じていた。
お父さんの次の父を名乗る人間を車道に突き飛ばしたとき、世界が変わるのだと期待した。
継父が死ぬ瞬間は、心が踊った。大好きな甘いものを食べるときよりも、大好きな剣道をしているときよりも、ゲームをしているときよりも、何よりも面白かった。
でも、その喜びは本当に一瞬の出来事だった。
その後の母さんは何も変わらない。なんなら、死んだ男を捨てて、また男探しを繰り返す女になった。彼女はきっと、男がいなければ生きていけないのだろう。
兄の和雄も、母さんと喧嘩をして家を出ていってしまった。母さんに包丁を向けられた兄は、俺のことを、凶器を持った母親の元に残して走り去った。
怒り狂った母さんを、俺は抱き締めて止めた。母さんの右手からはあっさりと包丁が落ちて、彼女は実の息子の口に自分の口を重ねた。その柔らかい感触を心底不快に思いながら、俺は和雄にも捨てられたのだと何とも言えない気分になった。
実母は、俺を愛玩具としか思っていない。
異父兄は、俺を見捨てて一人で逃げた。
世界は何も変わらなかった。
どうしてこうなってしまったのだろうか……。
幼馴染みの父親に「お前が俺の息子をいじめたんだろ」なんて言いがかりをつけられて、施設への入所を強制された俺は、児童養護施設菫学園に在籍することになった。
騒がしい世界は小学生の頃なら大丈夫だったはずなのに、中学生になった自分には全てが不愉快だった。
学園の職員は若い連中が多く、親世代というよりむしろ年の離れた兄弟くらいだ。そんな若々しい彼らの言葉は、申し訳ないが俺には納得できないものが多かった。そして、彼らもまた俺の言葉を理解しようとはしていなかった。
でも、それはもしかしたら俺の傲慢なのかもしれない。
汚い俺の言葉など、一体何の価値があるというのだろうか。
存在にすら、きっと価値などない。
それでも生にすがる自分は、きっと惨めなのだろう。
※
学校生活も、非常に憂鬱なものだった。
小学生の頃は馬鹿みたいに騒いでいた自分がまるで自分ではないかのようで、もうあの頃のように誰かとばか騒ぎをしたいとは思えなかった。
また、中学生になると女子からの告白が増えた。はじめて告白をされたのは5月に入ってすぐだ。殆ど話したこともないようなクラスメイトは、俺の容姿がタイプだったのだろう。
俺は、彼女が俺の身体に恋していることをすぐに察した。俺を玩具として使う母さんと同じ目だったからだ。だから、彼女と付き合ってもいいと伝えた。
キスはできた。彼女の体が火照っているのも感じだ。
抱きたいとは思えなかったが、それでもそれができれば自分は普通の男なのだと証明できる。実母なんかじゃない。お父さんとかの男に抱かれるんじゃない。付き合っている女を抱くのは、男として普通の行為なはずだ。
なのに、その先に進めない。キスはできる。服は迷いなく脱がせられる。でも、その先に行かない。
抱けないのなら、付き合う必要はなかった。
その女とはすぐに別れた。でも、俺も彼女も困らなかった。お互いに、容姿と身体にしか関心がなかったからだ。
彼女と別れて1週間で別の女子と付き合った。だが、その女も結局抱けなかった。
6月には、兄が俺を馬鹿にしたいという理由だけで襲ってきた。和雄は、一度俺を見捨てるだけではなく、俺の身体すら傷付けるらしい。その事実に、俺はもうこの世界はどうしようもない箱庭なのだろうと感じた。
この惨めな世界を打開する方法も見つからず、俺は途方にくれていた。
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Release Before 東 @azzuma
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