戦士の国の医療事情

青王我

第1話

 戦地から後方へ向かう馬車の素性は様々だ。食料や武具などの物資を届けた帰りであったり、お偉いさんのお帰りだったりするかもしれない。中には前線で活動不能なケガを負った兵員を運ぶものもあるだろう。

 赤レンガが敷き詰められた街道を、出来る限り揺らさないように、しかし出来る限り急いで行くのは、ほかでもなく重傷者を載せた馬車であった。その馬車に載せられているのは、戦地から動かせないほどの重体ではないが、戦地では治せないほどに重体ではある兵士たちだ。

 兵士たちの表情も様々だった。体力を温存するように目をつぶってじっとしている者、気にもせず他の兵士との雑談に興じる者。あるいは馬車の端、離れゆく戦地の地平を見つめている若者のように茫然自失となっている者。


 彼は田舎から出てもうすぐ3年になる傭兵の男だった。子沢山な両親のもとに生まれた八男であり、いくら人手が欲しいと言っても限度のある農家で育った。働き先に困った男児が向かう先といえば、職工組合へ奉仕に行くか、僧職を得るか、傭兵になるかである。

 兄弟の中でも体格に恵まれ、たっぷりの愛情を受けて育った彼は、最も稼げる、最も危険な選択をした。すなわち傭兵の道だ。最初の年こそほとんど毎日行われる訓練に辟易したものだが、次の年には門衛や街の巡回としての仕事に充実感を覚えていた。

 国境沿いの盗賊団を討伐するにあたって志願兵が求められた時も、彼は率先して手を挙げた。雇い主からの注目を得たいのも事実だったが、何よりそういう志願制の仕事には特別手当がつく。田舎の兄弟への仕送りを増やしたいという彼の願いは、彼を戦地へと送り届けた。


 その結果がこのザマだ。


 青年の右肘にはきっちりと包帯が巻かれている。出血を止めたり、傷口を汚れから守るという意図よりも、何より傷口から命が漏れ出さないようにという強い願いが込められた、執拗なまでに念入りな巻かれ方だ。

 彼の右肘の先は無かった。盗賊の手によって切り飛ばされたのだ。切り落とされたとしても、得物が鋭い刃物であり、新鮮なうちであれば拾って再び使えるように繋ぎ直すというのも夢物語ではない。しかし上官が考えるより多勢で強力だった盗賊団によって、戦場は混乱に包まれる。それこそ乱戦の中で腕を切り落とされた者がいても、落とされた腕を拾えないほどに。

 隙間だらけの安い防具を使っていたのも災いした。国軍ならともかく、傭兵は装備品も自前だ。体格に優れ、2年の鍛錬で自尊心も芽生えた彼は、得られた報酬を仕送りに使う選択肢をした。しかしそれは誤りだったのだ。戦地には彼以上に優れた戦士はゴロゴロしている。ましてや兵士崩れが混じった盗賊団であれば尚更だ。


「ここは……湯治場か?」


 目的地らしき場所へ着くと、すぐに白衣で揃えた男女が馬車へ駆け寄ってきた。馬車の傷病者を見て、自力で歩けそうに無い者は担架で運ばれていき、脚を失った者には杖と介添え人、そして自力で歩くのに支障が無い者は並んで歩かされた。

 彼のように傷が命に届かない者は一列に並ばされ、診察を待つように言い渡される。そして診察室へ通されるや、裸に剥かれ、髪の一本から足爪の先までじっくりと確認された。

 ただ国許へ帰されて余生を過ごすのだと思い込んでいた彼でさえ、これは耐え難い屈辱だったかもしれない。同じ村で遊んでいた男どもとは裸の付き合いもあったが、見も知らぬ男に隅々まで見つめられたとあっては、普段の彼なら殴りかかっていてもおかしくなかった。


「はい、じゃあ、服着て、これ持って後ろの白衣の人について行ってね」


 しかし彼は腕を失った衝撃のために、怒る気力すら残っていない。結局彼は、言われるがままに服を着なおし、木札を受け取った。木札には彼の名前の他にも色々と書かれていたが、確認する気も起きない。そして促されるまま、白衣の女の後について診察室を後にしたのだった。

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