無敵と呼ばれる軍人幼女

第1話

「おい、知ってるか?」


焚き火を囲んで酒を回していた男が、声を潜めた。


「夜な、国境近くに現れるらしいぜ。

子どもの姿をした“何か”が」


「は? なんだよそれ。怖い話でも始める気か?」


笑い飛ばす声に、最初に話した男は首を振る。


「ちがう。ほかの盗賊団の連中から聞いたんだ。

先日、ここから東に行ったあたりで全滅したレリック団、覚えてるだろ?」


「国境警備隊に潰されたって噂の?」


「それが違うらしい。

現場に残ってた足跡が妙でな。大人の男の足跡は、奴ら本人の分だけ。

それ以外は……子どもサイズの足跡しかなかったって話だ」


一瞬、焚き火が爆ぜた。


「……たまたまだろ。

元からあった子どもの足跡と重なっただけだ」


「俺も最初はそう思った。だがよ、

血溜まりの中を歩いた跡が、子どもの足幅だったって言うんだ」


「気味悪ぃな」


「そんなに弱気なら、盗賊団なんかやめちまえよ」


誰かが吐き捨てるように言い、笑いが起きる。

だが、その笑いはどこか乾いていた。


その様子を――

少し離れた木の上から、ふたつの影が静かに見下ろしていた。


「人数、五。人相も一致している」


低く、淡々とした声。

月明かりを背に、小さな影が囁く。


「あれが最近、この辺りを荒らしている連中か。

軍からの命令書は?」


「確認済みだ」


もう一つの、やや大きな影が答える。


「行けるか?」


「行けるに決まっている。援護を頼む」


そう言って、小さな影は枝先から身を躍らせた。

ほとんど音もなく、地面へ落ちる。


それを見送ってから、大きな影が小さく息を吐いた。


「……援護なんか、最初から要らないくせに」


次の瞬間だった。


たたたたた――


軽い足音に、盗賊たちが一斉に振り返る。


次の瞬間、視界いっぱいに映ったのは――

幼い子どもの顔。


「こ、こど――」


言い終える前に、喉が裂けた。


崩れ落ちる身体を踏み込みに使う。

倒れる反動で重心を前へ流し、そのまま身体を回転させる。


一人目が地面に落ちるより早く、

回転の勢いを殺さず刃が横に走る。


二人目。

胴を薙ぐ。抵抗は感じない。

刃を抜かず、骨に当たる手応えだけを利用して、身体をさらに前へ。


血に滑る足元すら、推進力になる。


三人目。

踏み込み、低く沈み、上へ。

反動で跳ね上がった刃が、喉元を正確に裂いた。


止まらない。止まれない。

一連の動きは、ひとつの流れだ。


三人目の崩れる肩を蹴る。

その反発で空中へ。


四人目。

着地と同時に背後へ回り込み、体重を預けるように刃を突き入れる。

抜く必要はない。押し出すだけで、次へ行ける。


最後の五人目。

恐怖で硬直したその胸に、

今まで溜め込んだ全ての反動が集約される。


一歩。

一突き。


刃が止まり、ようやく動きが終わった。


焚き火がはぜる音だけが残る。

五人分の身体が、ほぼ同時に地面へ倒れ伏した。


短い。

静かで、無駄のない殺戮。


「……まったく。国境警備隊も、この程度に手こずるなんて情けない」


「人手不足だ。現場を離れられない。

 その穴埋めをするのが、当面の俺たちの仕事だろ」


「軍本部に報告して。アクス」


「もう伝書梟は飛ばした。

 あとは正規部隊が処理する」


そう言って、周囲を一瞥する。


「戻るぞ。夜露が出てきた」


死体を見下ろし、

男と――幼女の姿をした影が、並んで微笑む。


「……良い夜を」


闇の中へ、二つの影は溶けていった。

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