(仮題)クロノカートリッジ

Lutharia

葬送

 男が三本指を立てる。


「60ドルだ。」


 さっさと二枚の紙幣を渡し、男は三本の注射器を手に入れ、それをさっとポケットに入れる。路地裏で日常的に行われる取引だ。マンチェスターでは見慣れた光景である。況んやロンドンでは───それはまさに、公然と行われる。

 その度に、路地の入り口で構えていた、スーツの女が彼を取り締まる。彼女は手に持った懐中時計のゼンマイを巻き、見えないほど速いスピードで彼に近づき、その注射器を奪うのだ。そうして取り締まる。男は、家に帰ってから、ポケットの中身がないことに気づく。そのようにコソコソしなければいけないのだ。彼女らは非公式な団体であり、警察や政府はもはや、そのカルテルに癒着するばかりか、命令を受ける犬に成り下がっている。


「やった。今日だけで28本も集まっちゃったよ。」


 彼女。金髪の少女、彼女はカジミェシュ。彼女が相対するのは、黒髪の青年、アンリだ。


「ノルマは15本のはずだ。足りないな。2本分けてくれないか。」

「いいよっ。はい、どうぞ。」

「今日で昇給なんだろう?」


 気付いた。この職について、およそ3年───


「わあ、ほんとだ。明日で3周年だよ。」

「ケーキを買ってある。マーヴィンが食ってなかったら2人で食べようか。」


 2人は足並みを弾ませながら、通りを歩いてゆく。定例会議がすんなり終わることを信じながら。



 ───────────────



「黙祷。」


 しんとした雰囲気の事務所の中には、押収されたたくさんの注射器が雑に詰められたバケツと、広い机、そして、そのうえに乗った棺桶。

 数人が目を閉じ、また数人は、拳を組んでいた。


 マーヴィン・セムラー。享年25歳。短すぎる人生だ。早すぎた死だった。


 カジミェシュは、涙を堪えられず、一人しゃがんでわんわん泣いた。大粒の涙を流しながら。隣にいたアンリの、隈のある目には、影がかかっている。その他大勢も、俯いたまま、何も口にしなかった。


「確かに彼は少々無謀な人間だった。真っ先に死地に突っ込む人間だった。」

「だからこそ、ボクはいつも、彼の帰還を夢見てたんだ。」


 震える声で口を開くのは彼女。黒髪の、長身の女。後ろ髪を高くくくった。彼女はカトカという。彼女は強かった。最愛の人を亡くしてなお、こうやって立っているのだ。それは、リーダーたるものとしての責任だった。私が、彼を弔うための儀式を───取り仕切るのだ、と。


「マーヴィンさんは…貴方のことを話していたっす。死に際に。」


 彼女はカルメン。緑髪の女。マーヴィンを───


「──でも、助けられなかった。」

「もう、いいって。」


 カルメンがぼそりと言った言葉に、カトカは、食い気味に、はっきりと返した。悲しみか、悔みか、わずかな怒りか。それはカルメンに、だろうか。

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