願いは終焉と共に果たされて

@novocain21

第1話 勇者は戻らない

まただ。また、あの夢を見た。


揺れる馬車の荷台で俺は目を覚ました。夢の名残が、まだ胸の中に残っている。

心地よい揺れの中で、馬車は朝焼けの中をゆったりと走っていく。少しひんやりとした風が俺の頬を撫でた。


ああ、”あの日”も、こんな風な何の変哲もない朝の出来事だったなと、ふと思い出す。


俺は何度も、彼と別れる直前のあの朝を夢に見る。何も変わらないはずだった、あの朝を。


夢の中で俺はまだ幼かった。


朝なのに空は薄暗く夜の名残を残していた。足元の土は冷たくてボロボロな靴越しにも容赦なく体温を奪っていく。


「行かないで!お願い……」


何度もそう言った。泣きじゃくりながら、友人――ジオの服の裾をつかんでいた。

だって、今引き止めないと。どこか遠くへ行っていなくなってしまいそうで。それが、どうしても耐えられなかったからだ。


「大丈夫、すぐ戻るよ」


ジオは困ったように笑って、俺の手をそっとほどいた。その笑顔が、どうしてかとても遠く見えた。


「約束だよ」


そう言ったのは、俺だったかもしれない。どちらがそう言ったのかなんてもうあの時は分からなかった。


俺は必死にその背中を追いかけた。人ごみをかき分けて、小さな体で懸命にジオのほうへ手を伸ばした。いかないで。何度もそう叫んだせいで声がかれて、後のほうはもはやヒューヒューとのどが鳴るばかりだった。


しかし俺の叫びもむなしく、次の瞬間、彼の背中は人ごみに紛れて見えなくなった。


「―――おい、ルーク」


名前を呼ばれて、はっと目を開けた。ぼんやりと残る夢の後味から、一瞬で揺れる馬車の荷台に視界に戻る。


「大丈夫か?ずいぶんうなされていたぞ」


商人のおじさんが、手綱を握ったままこちらを振り返った。顎に蓄えたもじゃもじゃとしたひげを撫でながら、こちらを心配そうに見ている。


俺は一度深く息を吐いてから、首を横に振った。


「………平気です」

「そうか」


商人のおじさんはそれだけ言って前を向いた。しばらく進んだところで、商人のおじさんは手綱を握りなおしておもむろに言った。


「そろそろ街につくぞ。準備しておけ」


それを聞いて俺は返事をした後、慌てて体を起こして準備を始めた。そうして、俺の代わり映えのしない日常が、今日も始まろうとしていた。




短くいななき、馬車が止まった。それが、街についた合図であり、仕事の始まりを告げるものだった。

小さな農村の朝は早い。日が高くなる頃には、もう店は開いていなければならなかった。

俺は、商人のおじさんと並んで、簡素な木の台に品物を並べていく。今日採れたての野菜や果物、日用品、小さな魔法のポーションなど様々だ。一通り準備が終わると、商人のおじさんと共に開店の合図を出した。


「安いよ~、いい品がそろっているよ。さあ、買った買った」


商人のおじさんと共に呼びかけながら、今日も営業を始める。老若男女問わず、さまざまな人が品物を求めて次々にやってきた。

俺はたまに商人のおじさんを手伝いながら、品物を並べなおしたり、質問してくるお客さんの対応をしたりしていた。


「聞いた?また勇者が消えたんですって」

「ほら、だから言ったじゃない。勇者は不吉な存在だって」


ふと、ひそひそとした声が、野菜の籠越しに聞こえてくる。今度は、通りの向こうから、小さな人影が複数現れた。木の棒を振り回している子供たちが楽しそうにじゃれあっている。


「へへん、俺は勇者さまだぞ~!」

「じゃあ、僕は魔王!はっはっはっ~、勇者めかかってこい!僕がやっつけてやる」


負けないぞと言いながらお互いに木の棒を振り回していると、次の瞬間、甲高い叱責の声が飛ぶ。


「こら、またそんな遊びして………やめなさい!縁起でもない!」


その言葉が、胸の中で小さく引っかかる。俺はふと手を止めてしまった。そうしてぼんやりしていると、


「ルーク、次はそっちだ」


商人のおじさんに呼ばれた。俺は慌てて振り払って作業を再開する。

しばらくしていると、おばさんたちが野菜や果物をかごに入れながら、ひそひそと話しているのが聞こえてきた。


「ねえ、聞いた?王都からまた、調査隊が出るらしいですよ」

「また?それって何人目だい」

「もう分からないわ。でもきっと、勇者が消えるたびにそうしているんだろうけど」

「それで見つかったためしがあったかい?本当、どうなっているんだろうねえ」

「さあね、今じゃ珍しくもないよ」


その言葉に、俺は並べていた品物からそっと手を離した。


先代勇者―――ジオも、そうだった。王都へ向かい、魔王退治に行ったっきり戻ってこなかった。

この世界では、天啓を受けたものは“勇者”と呼ばれ、魔王を倒すべく旅をする。でも、その多くが帰ってこない。だからか、いつからか勇者は、英雄というよりは不吉の象徴となり替わってしまった。


勇者は戻らない。


それが、この世界の常識だった。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願いは終焉と共に果たされて @novocain21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画