勇者さま、その冒険の予算は下りません

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第1話 聖剣のローンは通らない

「――王よ! 今こそ予算を! 伝説の聖剣『エクス・カリバーン』を、一億ゴールドにて購入する許可を!」


王宮の謁見の間。勇者レオンの叫びが、黄金の天蓋に反響する。 「うむ、世界のためだ! 許可す――」


「待った(チェック)。」


冷ややかな声。 その瞬間、列の最後尾から現れたのは、書類の束を抱えた予算管理官の少年、アルスだった。 「なっ、また貴様かアルス! 引っ込んでいろ、これは聖戦だぞ!」


「聖戦だろうが何だろうが、金がなきゃただの暴動です」 アルスは首から下げた黒檀のそろばんを、無造作に指で弾いた。


――パチッ。


その音は、まるで処刑台のギロチンが落ちるような重い音色。 「勇者さま。あなたの脳内にある『平和の計画書』を、現実の数字で上書きしてあげます」


アルスの指が、そろばんの上で踊った。


パパパパパパパパパパパパパパンッ!!


もはや雨音ではない。それは、熟練の打撃術にも似た、空気を震わせる連打音。 そろばんの珠が摩擦で熱を帯び、残像となって揺れる。


「現在、王国の有効財源は三千万! 先月のあなたの遠征で、壊れた城門、壊れた酒場、壊れた街道、その賠償金で既に赤字です! そこに一億の聖剣? 笑わせないでください」


アルスは一歩、勇者に詰め寄る。


「いいですか。その剣を一振りするコストで、国境の兵士が三日間、腹一杯に飯を食える。あなたがカッコつけて『奥義』を放てば、一村分の冬支度の予算が消し飛ぶ。勇者レオン――あなたの『正義』は、民を餓死させるだけの高級な趣味だ。」


「ぐっ……、そ、それは……!」


「数字は残酷ですよ。パチリ。」 最後の一玉を弾くと同時に、アルスはそろばんを勇者の鼻先に突きつけた。


「はい、査定完了。あなたの『勇者としての費用対効果(ROI)』は現在、ドブネズミ以下。一億の剣など、あなたには豚に真珠、ゴミ溜めにダイヤモンドです」


静まり返る謁見の間。 かつて魔王の咆哮にも怯まなかった勇者が、16歳の少年のそろばんを前に、脂汗を流して震えている。


「陛下。予算執行を拒否します。代わりに私が五万ゴールドで『一番コスパの良い中古剣』を仕入れてきました。勇者さまには、まずこれで一円の重みを学んでいただきましょう」


アルスは、項垂れる勇者の足元に、手入れだけは完璧な「中古のなまくら」を投げ出した。


「さあ、行ってください勇者さま。――赤字を出したら、次はあなたの装備を全部売り払って、裸で戦ってもらいますから」

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