最後の一仕事

塔輪

最後の一仕事

 ある小さな部屋に、爆弾を作る男がいた。


 彼はかつて学生運動に熱心に注力していたのだが、大学封鎖に参加した際に逮捕され、前科持ちの身となった。「犯罪者」のレッテルを貼られた男がまともに就職などできるわけもなく、以来二十年余郊外のメッキ工場で非正規雇用として働いていたのもひと月前までの話。円安による経済不況を理由に、工場はわずかばかりの退職金と共に男をリストラしたのである。


 なんとか次の働き口を見つけようとした矢先、男は医者に自分の余命が幾許もないことを告げ知らされた。肺癌であった。危険かつ劣悪なメッキ作業は、男の肺に甚大な被害を及ぼしていた。


 悪いことはさらに続いた。妻の浮気が発覚したのだ。慰謝料を求めた男に対し、女は悪びれる様子もなく、また裁判所は証拠不十分として男の訴えを棄却した。弁護士費用などですっかり貯金を使い果たした男を一人残して、女は子供を連れて去っていった。


 もはや男に一切の希望は無かった。絶望し、自棄酒を片手に街を歩いていた男の目には、自分以外の全ての存在が心底憎らしく見えた。


「全てぶち壊してやる。このクソみたいに不公平な世界はそうされるべき理由がある。俺はここまで散々苦しんできた。それをあいつらに少しくらい味合わせてやったって許されるはずだ」


 宛先のない怨恨が頂点に達した時、男はついに己をここまでに至らしめた世界に対して、自分は復讐する権利を持っていると判断した。


 計画は人の動きが最も活発になるクリスマスに予定され、凶器には爆弾が設定された。学生運動を経て男は爆弾の作り方を身につけており、それが案外簡単に作れて、また人を不幸にする道具として最も優れていることを知っていたからだ。


 爆弾はクリスマスツリーを模していた。これならば街の中心にあってもそうそう怪しまれることはない。ツリー内部にある二種の薬品が時間経過でそれらの間にある隔壁を溶かし、爆発を起こす仕組みである。薬品を入れた容器の周囲には釘やガラス・金属片などが詰め込まれ、それらが爆発に際して一気に拡散することで、周囲の人間をよくて重傷、当たりどころによっては即死させるのだ。


 薬品等の材料は全て近隣のホームセンターで、農薬として手に入った。果実の生産が盛んなここら一帯では、男が農薬を大量に買い込んでも怪しまれることはなかった。せいぜい「ああ、あの人はとても大きな畑を持っているのだ」と思われるくらいである。もちろんいずれは警察も勘付くであろうが、その頃には男はこの世に居ないのだから、特に問題はなかった。


 男には協力者がいた。「サンタクロース」と彼は電話口で名乗った。彼はなぜか男の計画を知っていて、驚き怪しむ男にツリーの輸送のための乗り物を貸すことを申し出た。人一人と半分程の背丈があるツリー爆弾を、いかに人口の密集する都心まで運ぶか、は一連の計画で大きな課題であり、それを解決する電話の主の提案は、男にとってまさに渡りに船だった。


 男は無鉄砲であったが、馬鹿ではなかった。サンタクロースと名乗る人物の申し出が、男の計画を察知した公安の罠である可能性は十分に考えられた。しかしその場合、わざわざ足を貸すなどと理由をつけてまでこちらに接触する必要があるだろうか? もし公安が男を捕まえたいのならば、策を練るまでもなくこの部屋に突入さえすれば良いのだ。それにサンタクロース、と名乗ったところも気に入った。クリスマスの計画にはぴったりではないか……。男には少し夢見がちなところがあった。


 かくして爆弾は完成し、あとはサンタクロースを待つのみとなった。



 定年退職の後、サンタクロースの日々は空虚なものとなっていた。


 彼はソファーに沈み込むように座り、ホットチョコレートに満たされたマグカップを手に、かつての自分を思い出していた。


 数万種類にも上る玩具の山、トナカイや魔法のソリの整備、毎日のように届く子供達からの手紙……そしてクリスマス当日、世界中を飛び回りプレゼントを届ける喜び……。それらの楽しみも、今となってはもう体験することすら叶わない。


 サンタクロースの世界は実力主義である。サンタに仕える数百万の小人たちの中で、もっとも成果を挙げたものだけがサンタクロースの地位を手に入れることができるのだ。その点で、後任の第四十三代サンタクロースは非常に合理的な経営者だった。玩具の在庫管理システムを構築し、速度の遅いそりをジェットエンジン搭載の超音速機へと置き換え、手紙の処理は下請け会社へと回し、あらゆる無駄を徹底的に省いた。


 一方で、新技術に追いついて行けない老サンタクロースはやがて立場をなくし、ひっそりと姿を消した。


 そういえば、とサンタクロースはこの前の冬のことを思い出した。


 その冬は厳しい冬だった。暇つぶしに魔法の目で世界中を旅していた時、サンタはある小さな部屋で痩せぎすの男が一人、クリスマスツリーを作っているのを見つけた。気になって思考を読み取ると、何やら激しい熱意と、何としてでもツリーを多くの人のもとに届けたい、という強い決意がある。

 

 子供に比べ、大人の感情は複雑で読み取りづらい。にも関わらずひしひしと感じられる男の純粋な感情は、消え掛かっていたサンタクロースの心を再燃させた。彼はどうやらツリーを運ぶ方法に困っているようだ。ここはひとつ、トナカイとソリで手伝ってやろう……サンタクロースはそう考えて男に電話をかけたのだった。


「それにしても、あの仕掛けには驚いた。まさかツリーの中に花火を仕込んでおくとは」


サンタクロースは呟いた。


 「人間たちがあの類の花火を何発も何発も国家間で送りあっていることは知っていたが、あれほど喜ぶものだとは知らなかったな。普段ほとんど感情を表に出さない彼らが、老若男女かかわらず歓声を上げて走り回っていたのだから」


 彼含め、小人には人間の物差しでいう死や恐怖というものは存在せず、それゆえパニックなどという事象を彼らが知らないのも無理はなかった。


 突然、サンタクロースの脳内に素晴らしいひらめきが降りてきた。あの男がやったように、私も花火を世界中に届けてやるのだ。幸いまだ魔法の力は残っている。花火自体の構造もさほど難しいものではない。いや、せっかくならあの男のものよりも、はるかに華やかにしてやろうではないか。確か、核兵器といったか、凄まじい輝きを放つものがあったな。人間たちはなぜかあれを数回しか打ち上げなかったが、使われていない生産レーンをちょいと借りれば、あれくらい簡単に用意できるだろう……。


 それは彼にとって、サンタクロースとしての人生を締めくくるのにはうってつけの仕事であった。自らの日常が俄然輝きを取り戻してゆくのを感じたサンタクロースは、やる気を奮い立たせ、早速次のクリスマスに向けて計画を練り始めた。


<了>




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後の一仕事 塔輪 @lin_araragi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画