幼馴染は、もう元に戻らない

赤倉伊月

 

 コンビニから家の帰り道、玄関前に誰かがしゃがんで座ってた。


 月灯りがその子を照らす。


 「ッ!」


 見た目は10歳くらいの銀髪のロングに碧眼の幼女。そんな少女が、こちらを見て目を見開いた。


 「……あなたは?」


 銀髪の少女が、そう口にした。


 「ここの家主だけど」


 そう答えると、少女は一瞬、目を丸くする。

 それから、何かを決意したように立ち上がった。


 「すみません。少し、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


 蒼い瞳が、まっすぐ俺を捉える。


 「朝薙悠斗という人物に、心当たりはございますか?」


 ここで嘘を吐いても何も問題ないし。


 「それ、まんま俺なんですけど……」


 頬をかきながら答え、少女は驚く。


 「……もしかして。悠斗?」


 その言葉を聞いた瞬間だった。


 銀髪の少女が、突然俺の胸に飛び込んできた。


 「――っ!?」

 

 何が起きたのか、理解できなかった。

 

 小さな体が、ぎゅっと服を掴む。

 力は弱いのに、涙を流しながら必死で、離れない。


 「……やっと……」


 震えた声が、胸元から聞こえた。


 「……やっと、見つけた……」


 それまで丁寧だった口調が、崩れて。

 小さな腕が、俺の背中に回される。


 ……意味が分からなかった。


 知らないはずの少女に、

 どうしてこんなことを言われているのか。


 けれど――


 この声。この、泣き方。


 胸の奥が、嫌なほどざわつく。


 「……なぁ」


 そっと声をかけると、

 銀髪の少女は、びくっと肩を震わせた。


 まるで、怒られるのを待っているみたいに。


 「……離れなくていいから」


 自分でも、何を言っているのか分からなかった。


 それでも少女は、

 ゆっくりと、俺の服を掴む力を緩める。


 顔を上げた蒼い瞳が、

 不安そうに、俺をみつめていた。


 ……ああ。


 やっぱり、似ている。


 「名前、聞いてもいいか?」


 そう言った瞬間。

 少女は、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。


 そして、小さな声で言う。


 「……今は、まだ」


 胸が、ぎゅっと締めつけられた。


 理由は分からない。

 でも、その答えが——


 俺にとって、聞きたくて、聞けなかったものだと、

 直感で分かってしまった。


 ♦


 あの後、夜中で危ないことだから、少女を家に上げた。


 「ごめんな。今はカップ麺しかなくって」


 俺がそう言うとテーブルに座ってる少女がムスッとする。


 「……ちゃんと栄養のあるものを食べたら」


 なぜか少女がそんなことを言ってきた。


 そして、俺は鴨出汁味と醤油味を棚から取る。


 「あ、ごめん。どの味が好きかまだ——」


 「——醤油でいい」


 少女は俺がうっかり取り出した醤油味がいいと答え、

 そのままカップ麺二つをお湯に注ぎ、時間が経ったのち食べた。


 少女は醤油味のカップ麺を食べた瞬間、幸せそうな顔だった。


 (そういえば、あいつも醤油味が好きだったな)


 俺はさっきのカップ麺のチョイスも自分と彼女の好きなものを自然と選んだ。


 俺も鴨出汁をすすりながらこころに似た少女をみつめる。


 (それにしても。髪と目の色は違うが瓜二つだ)


 少女は俺の視線に気づいたのか、食べる箸が止まり。


 「なに? 人のことをジロジロ見て?」


 「いや。……ただ、俺の”幼馴染“に似ていたもんで」


 少女は眉を引き苦笑していた。


 「そんなに、私がその……幼馴染と」


 「まぁそうだな。カップ麺の好みとか、幸せそうな顔とか。あと、さっきの泣きが——」


 そう言ってる途端、少女は立ち上がり、頬を真っ赤に膨らましながら

 俺の胸ぐらを激しく掴む。


 「あなたは! 人の恥ずかしいところを平然と!」


 あれ? 俺はただ彼女と似てるところを言っただけなのに?

 

 もしかして、気に障ってしまったか?


 そう謝ろうとした時、家が揺れる。


 「な、なんだ。地震か?」


 「ッ!」


 少女が何か察したか、さっきまでの強気な顔から、

 恐怖で震えていた。


 「もう追ってが……」


 「何を——」


 地面を割って、下から巨大なハサミのようなものが現れ、テーブルを真っ二つに切り裂いた。

 家そのものを獲物のように挟み込んだ。


 「なんなんだ、これは?」


 「呆けてないで、逃げるよ!」


 「お、おう」


 少女に言われるがまま、俺たちは家を飛び出した。


 彼女はさっき抱えてきた布に包まれた棒を抱えてた。


 「あれはいったいなんなの!?」


 「あれは、厄災」


 なんで、そんな厄介ごとを持ってきたの。

 

 「そういえば、いきなり家を飛び出したが、何処へ向かってるの?」


 走りながらまだ余裕ある俺に対し、少女は息が上がってたのだ。


 「そんなの……決まってるじゃない……」


 一旦止まり、少女は息を整える。


 「被害の少ない、無人商店街に向かってるの」


 「ッ!」


 あそこは、もう人のいない商店街だ。

 建物は老朽化し、夜になれば誰も近づかない。


 

 もしかして、この子。


 「今更だけど。君はこの町の出身か!?」


 そう俺が少女に聞くが少女は何も言わなかった。


 「説明している暇はない。今は——」


 そうして、地面をえぐり、俺たちのところに近づく。


 「とにかく、今は急いで!」


 少女に言われ、そのまま無人商店街に辿り着く。


 「んで、ここへ誘い込んでどうするつもり?」


 「それは……」


 何か考えがあって話したが少女は俺に顔を向け苦笑した。


 「……おい。まさか」


 「ごめん。ノープランだった」


 マジかぁ! よりにもよって何かあると少しは期待してたが、


 「お前、ほんっと。あいつに似すぎだろう!」


 「ッ!」


 少女が足を止め顔を俯き、俺は慌てて少女の方に戻る。


 すると少女は人差し指を自分に向け、

 恐る恐る近づき、胸ぐらをつかまれ。


 「悪かったわね! ドジでおっちょこちょいなで!!」

 

 涙目で激しく揺すってきた。


 「えっ、別に君を責めたわけじゃあ……」


 俺は彼女のことを言っただけなのに?

 

 「もう限界。私よ悠斗!」


 「こんな時に言われても。冗談なら後に」


 少女は俺の胸ぐらを離し、口を開く。


 「私の名前は月夜つくよこころ」


 「……」


 ……そんな、ありえない。

 だって彼女は。


 「流石に笑えない冗談は——」


 「——あんたの好きなものは私の手作りハンバーグ。そして、毎日遅刻しそうな時いつも私が起こしにきた」


 「……」


 本当なのか。だけど、俺も確認することがある。


 「じゃあ聞くが。……”魔法少女こころん“」


 「ッ!」


 「昔っから魔法は使えるってことから、魔法少女の衣装を自作して中学でもこっそり魔法少女になりき——ぐふっ」


 「それ以上言うな! バカ悠斗ぉ!」


 小さな正拳が俺の腹に一撃を食らわされた。


 この反応から察するに、本当にこころだと。


 無人商店街の中央で、地面が歪んだ。


 ひび割れたアスファルトの隙間から、黒い影が滲み出す。

 やがてそれは、女の形を取った。


 ぼろ切れのようなローブ。

 顔は覆われ、代わりに歪な笑みだけが宙に浮かんでいる。


 「久しいわね、こころ」


 その声を聞いた瞬間、

 隣に立つ少女の肩が、びくりと震えた。


 「……来た」


 小さな手が、布に包まれた棒を強く握る。


「返してもらうわ。あなたが持っている“それ”と――」


 魔女の笑みが、こちらを向く。


 「――あなたの“心”を」


 空気が軋んだ。

 次の瞬間、地面から伸びた黒い腕が、俺たちを掴みに来る。


 「危ない!」


 俺が叫ぶより早く、

 少女――こころが一歩前に出た。


 布が解かれ、中から現れたのは、

 歪な紋様が刻まれた、短い杖。


 「……もう、奪わせない」


 その声は、幼いのに、

 確かな覚悟を帯びていた。


 杖を振ると、淡い光が弾け、

 黒い腕が霧のように消える。


 「無駄よ」


 魔女が嗤う。


 「あなたの身体は、もう私のもの。心だけ戻ったところで、元には戻らない」


 ――その言葉に、胸が締めつけられた。


 こころは、否定しなかった。


 ただ、唇を噛みしめ、もう一度、杖を構える。


 「分かってる」


 震える声で、彼女は言った。


 「でも……それでも!」


 その一撃は、幼い身体には似合わないほど、必死で――

魔力が爆ぜる。


 光と闇が衝突し、

 商店街のシャッターが次々と吹き飛んだ。


 魔女の悲鳴が、夜に溶ける。


 最後に残ったのは、

 空っぽのローブと――


 どこにも、戻るべき“身体”がない現実だった。


 静寂が訪れる。


 こころは、杖を落とし、その場に崩れ落ちた。


 「……ねえ、悠斗」


 振り返らずに、彼女は言う。


 「私、もう戻れない」


 夜風が、彼女の銀髪を揺らす。


 ――取り戻したかったのは、昔の姿じゃない。

 俺の隣にいる“今のこころ”だ。


 「それでも……いい?」


 そんなの、決まってる。


 「あぁ。俺はこころが居てくれれば、それで十分だ」


 そう言って、俺は幼馴染を抱きしめた。

 小さな身体が、震える。


 胸元が、じんわりと濡れた。


 「なぁ、こころ」


 俺は、そっと彼女を離す。


 逃げ道を用意するみたいに、

 でも――逃げない覚悟で。


 この先で失うものより、手放す後悔の方が怖かった。


 「……俺の彼女になってくれないか」


 一瞬、こころは言葉を失った。


 両手で口を押さえ、

 必死に涙をこらえている。


 「……やっぱ、駄目か」


 そう思った瞬間――


 こころは、首を横に振った。


 「……いいよ」


 震えた声だった。


 「元に戻れなくても。この姿でも……それでも」


 彼女は、まっすぐ俺を見る。


 「私も、悠斗が好き」


 彼女は微笑むが、

 堪えていた感情が溢れ、静かに涙を流した。


 あの頃の幼馴染は、もう元に戻らない。


 

 それでも――

 俺は、戻らない未来を選んだ。

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