その名はミッチー

まこわり

【一話完結】その名はミッチー

 あたしの名は世呂せろ理奈りな、バスケ部の先輩に恋する高校二年生、ぴちぴちの女子高生。みんなからはリナッピって呼ばれてる。


 ある日、私たちのクラスに転校生が来たんだ。



 * * *



 ある日の朝礼、教壇の前で一人の女子高生が自己紹介を始めた。


「初めまして、上錠かみじょう未知みちです。よろしくお願いします」


 担任の先生が教室を見渡す。


世呂せろの後ろの席が空いてるな。それじゃ、上錠かみじょうさんは、その席についてくれるかな?」


 普通、人数分の机しかない教室にそんなに都合よく、席がいているわけがない。転校生が来る学園ものあるあるだなと、理奈りなは思っていた。


 上錠かみじょう未知みち世呂せろ理奈りなの後ろの席に座った。

 理奈りなは、朝礼中であるにも関わらず、早速後ろを向いて未知みちと話し始めた。


「あたし、世呂せろ理奈りな。よろしく。みんなから『リナッピ』って呼ばれてるんだ」

「……よろしく。リナッピ……」


「さっそく、あだ名で呼んでくれるんだ? じゃあ、あなたも今日から『ミッチー』ね」


「いきなり? 距離感バグってませんか?」

 未知みちは思わず吹き出してしまった。


「おい! そこまだ朝礼中だぞ!」


「へいへい」

 理奈りなは悪びれる様子もなく、返事をして前を向いた。



 * * *



 昼休み。理奈りなは自分で作ったお弁当、未知は菓子パンを持ってきていた。


「ねえねえ、ミッチーはどこから転校してきたの?」

「言ってもすぐ忘れちゃうよ?」


「そうなんだ」

(ちょっと距離詰めすぎちゃったかな? あんまり根掘り葉掘り聞くのも嫌われちゃうかな?)


 自他ともに認める陽キャの理奈りなは陰キャっぽい未知の詮索は、打ち解けるまではしないことにした。


「ところでミッチー、今日の放課後暇? よかったら、私の友達と一緒にカラオケ行かない?」

「カラオケ?」


「うん、行ったことあるでしょ? 高校生の思い出作り」

「思い出か……、うん、行く」



 * * *



 放課後、理奈と未知は校門でクラスが別の理奈の友達が来るのを待っていた。


「やっと来た。やほー、こっちこっち」


 赤髪でショートカットの女の子と、金髪をツインテールにしている女の子だった。


 理奈が三人を紹介した。

「紹介するね。こちら、うちのクラスに転校生してきた未知みちさん、『ミッチー』って呼んであげて。

 それから、こっちの赤っぽい髪のコが莉緒りおちゃん、陸上部の練習のやりすぎで髪の色素が抜けちゃったんだって。金髪のヤンキーが世玲奈せれなちゃん」


「誰がヤンキーですの!」

「うそ、本当は、お嬢様」


 理奈が三人の間に入ることによって、ぐにみんな打ち解け、カラオケでも全員で歌う曲などで盛り上がった。



 * * *



 たっぷり遊んだ帰り際、未知は三人にお礼を言った。


「今日はありがとう。とっても楽しかった」


 理奈が答える。

「な~にそれ、なんか今日が最後っぽい言い方。これから卒業までいろいろ思い出作りしようね」


「でも、私、影薄いから、明日になったらみんな忘れちゃうよ」

「そんなことあるわけないじゃ~ん」


「そうですわ」

「そうだよ。また明日ね」



 * * *



 次の日、教室で理奈は未知に声をかけた。


「おはよう~」


 未知は驚いた顔をして挨拶を返した。

「おはよう……」


「昨日はカラオケ楽しかったね~」

「うん」


 理奈は、いつも遅刻ギリギリに登校するので、すぐに朝礼の時間になった。


 担任による出欠確認が始まった。

「よ~し、出席確認するぞ~」


 席の配置を見て担任が出欠状況を確認していると、何かわからないことがあったかのように、眉間にしわを寄せた。

上錠かみじょう……さん? 上錠かみじょう未知みちさんはいますか?」


「はい」

 未知は手を上げて返事した。


 担任は未知の姿を確認して、自分自身を納得させるように言った。

「ああ、転校生だね」


 周りの生徒も「転校生だったのか」などと、まるで未知のことを今日初めて見たかのような発言をしている者がいた。


(先生しっかりしてよね~。それに、ミッチーが自分のこと『影が薄い』って、言ってたの本当だったんだ)

 理奈はクラスでは目立つ存在なので、今の未知が忘れられている状況が理解できなかったが、そういう人もいるんだ程度にしか思っていなかった。


 理奈はこっそりスマホで莉緒りお世玲奈せれなに文字を送った。


『悲報、ミッチー担任にすら忘れられる。かわいそうなミッチーを今度はマックに連れて行こう!』


 世玲奈せれなから返事が返ってきた。

『朝礼中じゃありませんの? 意味不明ですわ』


 莉緒りおからも返事が来た。

『ミッチーて誰? 誰かの新しいあだ名?』


(うそ? 二人してあたしを騙そうとしている?)


 一時間目は社会の選択科目で教室移動だった。

 理奈と未知、莉緒りお世玲奈せれなも皆、日本史を選択しているので、同じ教室に集合した。


 理奈は莉緒りお世玲奈せれなを見つけると言った。


「もう、二人ともひどいよ~。私を騙すつもりでも、ミッチーが文字見てたら傷つくじゃん」


 莉緒りおが笑いもしない、素の表情で答える。

「だから、ミッチーって誰?」


「え、ミッチーって、私の隣の……」


「新しいリナッピの友達? こんにちは」


 世玲奈せれなも未知に話しかけた。

「そういうことでしたのね。いきなりミッチーと言われても、わかりませんでしたわ。よろしくお願いしますわミッチーさん」


 ふと、理奈が未知のほうを見ると未知は下を向いて、肩を震わせている。


「ちょっと! 泣いちゃったじゃん! いくらミッチー本人が『影が薄い』って言ったからって、これはやりすぎよ!」


「何が?」

「どこがですの?」


 未知が理奈に話しかけた。

「いいの、リナッピこれが普通よ。それに私、泣いてなんかいないよ。嬉しくて笑いがこみあげてるだけだよ」


「え」


 理奈が未知の方を見ると、突然周りが真っ暗になった。真っ暗闇の中、なぜか未知の姿だけがはっきりと見える。


「私の名は未知。みんな私のことを知ることはないの。ずっとずっと、未知のままなの。でも、やっと見つけた私のことが既知になるトモダチ」


「どういうこと? ここはどこなの?」


「ここがどこか、わからない? わからないでしょ? これが『未知』だよ。誰も知らない、誰にもわからない世界。さあ、リナッピ、これからこの未知の世界を二人だけの既知の世界に作り替えようよ」

「キチ……」


「そう、既知の世界を作るんだよ。ずっとず~っと、永遠に、私たち二人だけで……この世界はでいっぱいだよ」


「い……」


 理奈は座り込んで涙を浮かべている。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 理奈の悲鳴は誰にも知られることはなかった。

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