あなたに惹かれ私たちの魂は未だ見えざる光をめざして飛翔する

北浦十五

第1章 発端




 あたしは幼い頃


 この世界は美しいものだと思っていた


 あたしが生まれ育った この村のように


 そよ風は頬に優しく せせらぎの透き通った水は心地よい音を奏で


 森の中はいつも涼しく とても良い香りに満ちていた


 何より 胸いっぱいに吸い込む空気はとても美味しく あたしをいつもリフレッシュさせてくれた


 村の人達も笑顔が優しく 困っている家があったら皆で助け合っていた


 困った時はお互い様と 当たり前の事のように

 

 あたしは大きくなっても世界は美しいままだと信じていた



 しかし



 中学3年生になったあたしに


 世界は美しいものばかりでは無いと言う現実が突きつけられて来た




2026年 2月7日 午後4時



「ふぅ、サスガに疲れたぁ」


 そう言って間宮純まみやじゅんは自宅に帰って来ると座布団の上に寝転がった。


「でもこれでメガソーラーの計画も白紙になったし。おっと」


 純は起き上がるとコタツのスイッチを入れて家の奥へと向かう。


「おばあちゃんに事の顛末てんまつを報告しなきゃ」

 

 被っていたニットの帽子とオーバーを脱いで純は仏壇の前に座る。


チーン


 透き通るような「おりん」の音が響き渡ると純は手を合わせて眼を閉じる。


「おばあちゃん、安心して。この村にメガソーラーなんて作らせないからね。あたしも頑張ったんだよ」


 そう言って純は「ニヒヒ」と笑う。

 写真の中の祖母も嬉しそうだ。


 そう、確かに純は良く頑張った。昨年からこの村にメガソーラーを建設するから調査をしたい、と言う中国系の日本の業者が何回もやって来た。村人たちは集会所に集まって相談をしたのだが「断固反対」で村をまとめ上げたのは純だった。

 純は中学3年生の女の子だが彼女を良く知る村人たちは彼女が頭脳明晰で行動力もあり、芯が強い性格である事も知っている。

 最初は大人たちの中でおとなしくしていた純だったが議論が白熱してくると理路整然と熱弁を振るい、この村の森林などの自然が如何に大切で壊したら元には戻らない

事を主張した。いつの間にか純がリーダーのようになっていたのである。


 業者との話し合いでは「純しかおらんだろ」と言う村長の一言で純が村の代表のようになっていた。

 相手の業者も驚いた事だろう。小柄で華奢なセーラー服の女の子が一歩も引かずに自分達、大人と渡り合い話し合いでは常に防戦一方で打ち負かされるのだから。業者の中には「この子の言っている事は正しいですよ」と純を援護するような者まで現れた。

 そして昨年末からメガソーラーを問題視する声が日本中から湧き上がり、政府もメガソーラーを規制する法案を挙げる事により「利益が出ない」と判断した業者は今日の話し合いで正式に、この村から撤退する事になったのである。



「君は強いね」


 業者が帰り支度を始めた時、その中の1人が純に話しかけて来た。話し合いの中で純を援護してくれた人だ。


「へっ?」


 大人達との論戦で高揚していた純は間抜けな声を出してしまう。


「確かに君はまだ中学3年生の子供だけど有望な人材だ。将来の事は何か決めているのかい?」


「えっ、将来 ? あ、いえ。えーと・・・」


 いきなり話しかけられた純は慌てたように両手をバタバタと降る。


 まだ、あどけなさの残る端正な顔を赤らめて。


「・・・・将来とかは、まだ具体的には考えられません。ただ、人を助けられるような仕事をしたいとは思っています」


「外交関係の仕事は選択肢の中にありますか?」


 話しかけて来た人は苦笑交じりの声で言う。

 さっきまで自分達と論戦していた時の彼女とは全くの別人のようだ。

 目の前にいる赤面した少女は、とても可愛らしい存在にしか見えない。

 しかし、その眼はこの少女の意志の強さを物語っている。


「が、外交関係ですか?」


 その人の顔つきが変わる。


「ええ、人も含めた「主権国家」を助けるのです。護るのです。この国はまだまだ外交が甘い。人材も足りない。貴女のような人が必要なのです」


「は、はぁ」


 純はその人の真剣な顔つきに圧倒されてしまう。

 

 そんな時に「おーい、撤収するぞ」と声が掛かる。


「いきなり話しかけてすみませんでした。しかし、私が言った事は頭の隅にでも留め於いて下さい。貴女には無限の可能性があるのですから」


 そう言い残して、その人は頭を軽く下げて走り去っていっ行った。

 

 呆然としている純を残して。

 



「将来かぁ・・・」


 コタツに潜りこんだ純はため息をつく。

 亡き祖母が作ってくれた丹前たんぜんを着こんで。

 

 そりゃ全く考えてないワケでは無いけど。


 今は漠然と大学に行くまでしか想像できない。

 あの人が言ったように「この国の外交が甘い」事も理解できるけど。

 自分が外交関係の仕事をする事は想像できない。


 ボーッとしていると「威風堂々」のメロディがいきなり響き出す。

 純のスマホの着信メロディだ。

 スマホを取り上げた純は「やれやれ」と言う顔になる。


 スマホの画面にはクラスメイトの男子の名前が浮かんでいる。

 出ようかどうか迷っていた純だったが、コイツの事だから純と話すまでは何回も「威風堂々」を響かせるだろう。エルガーさんも大変だよ。

 悪いヤツでは無いのだが最近はやたらとしつこい。


 迷った末に純は出る事にした。


「なぁに。だいた」


「お前、今、米国の空母打撃群と海上自衛隊が尖閣周辺で合同軍事訓練をやってるのは知ってるよな!」


 また、だよ。

 コイツはいつも人の話を聞かないで一方的にがなり立てる。


「声がデカイ。知ってるよ、それで?」


 しばしの間をおいて、またがなり声が響く。



「さっき速報が入ったんだけど、中国とロシアも近くの海域で合同軍事訓練を施行するって発表したぞ!」








つづく



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