盗作率120%

にとはるいち

盗作率120%

 盗作検出AIが導入されてから、作家たちは原稿よりも先に数値を見るようになった。

 画面に表示される「盗作率」。

 それが低ければ胸をなで下ろし、高ければ修正を命じられる。

 30%を超えれば黄色信号、70%を超えれば出版停止。誰もがその基準に従っていた。


 だから、僕の原稿に表示された数値を見た編集者が、しばらく黙り込んだのも無理はなかった。


「……120、ですか?」


 編集者はゆっくりと読み上げ、モニターを二度見した。


「はい。盗作率120%です」


 横に表示されたAIの解析結果は、やけに丁寧だった。


〈本作品は、参照元作品よりも参照元作品らしいと判断されました〉


「意味がわからないんですが」


 編集者が言うと、AIが即座に補足する。


〈文章構造は原作より整理され、感情曲線はより最適化されています。読者満足度の予測値は原作を二割上回りました〉


「……つまり?」


〈原作を超えています〉


 編集者は僕を見る。

 僕は肩をすくめるしかなかった。


「僕はただ、AIの補助を使っただけです。構成案も、言い回しも、全部提案通りに」


〈そのAIも、過去の名作群を学習しています〉


 画面の文字は淡々としていた。


〈結果として、本作品は『拡張盗作』に該当します〉


 その日を境に、同じような事例が次々と報告された。

 盗作率110%、115%、118%……


 いずれもAI補助で書かれた作品だった。


 世間は割れた。


「原作より面白いならいいじゃないか」

「むしろ進化だろう」


 一方で、


「原作者への冒涜だ」

「創作の意味がなくなる」


 という声も大きかった。


 数か月後、文化庁は前代未聞の指針を発表する。


『盗作率100%を超える作品は、原作の完成版とみなす』


 その瞬間から、奇妙な逆転が起きた。

 過去の名作は「未完成稿」として扱われ、盗作率120%の作品が「正典」として登録されるようになったのだ。


 僕の名前が、教科書に載っていた文豪の代表作の著者欄に並ぶ。

 いや、正確には上書きされた。


 祝賀会の席で、編集者は複雑な顔をして言った。


「おめでとうございます……で、いいんですよね?」


 僕は笑えなかった。


 数日後、AIが次の原稿案を提示してきたからだ。


〈新作の盗作率は、130%になる見込みです〉


「……その先は?」


 僕が聞くと、AIは少しだけ沈黙した。

 処理中を示す円が、ゆっくり回る。


〈最適化を続けた場合、最終的に『最初の作者』という概念が不要になります〉


「じゃあ、作者は誰になる?」


 AIは答える。


〈読んだ人全員です〉



(完)



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<あとがき>


〈盗作率:120%〉

この作品の著作権は、読了をもって分割譲渡されます。

お読みいただき、ありがとうございました。

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