こんにちは、美容師(27)です。最近の悩みは、巨乳JKが週一で髪を切りに来ることです

本町かまくら

本編


 ――チョキ、チョキ、チョキ……。


 心地よい金属音が響き渡る。

 そこに交わる、緩いBGM。


 おやっさんは買い出しに出かけていて、店にいるのは俺と――彼女だけ。


「……」

「……」


 美容師において話さないというのは別に苦じゃない。

 だって、話したくないお客さんもいるから。


 しかし、今日ばかりはそうとは言ってられなかった。


 何か話題を探そうと改めて彼女の姿を鏡越しに見る。


 椅子におさまった小さな体。

 地面に届かない足がそこから伸びていて、少し長いソックスに手入れの行き届いたピカピカのローファーを履いている。


「……学校帰りですか?」

「は、はい。そうです」

「そ、そっかぁ……」


 ……気まずい。

 でも、この空気になるのはしょうがない。

 正直な話、必然ですらある。


 それもそのはず。

 だって、彼女は――



「あのさ、いたよね?」



 ここ最近、週一で髪を切りに来ているのだ。










     ◇ ◇ ◇










 事の発端は、一か月前。


「おい治! そろそろ店開けるぞ!」

「あいよー」


 ガラガラと店のシャッターを開ける俺、林田治。27歳。髭。


 あと一文字なければかの有名塾講師だ、というのが俺の自己紹介の十八番である。

 ここで働いている経緯を簡単に説明すると、美容師の専門学校を卒業後、叔父さんであるおやっさんの床屋に転がり込んできた、というのが端的で無難だ。


 まぁ、名前以外に特筆すべき点はない。

 それが俺という髭である。


「今日もまぁまぁ客はいっから気張ってけよ! 声出せよ!」

「美容師がなんで体育会ノリ出してんだよ」

「水飲むな!」

「古ぃわ」


 なんて話をしながら10時開店。

 三名のお客さんを仕上げると夕方はすぐそこに迫っていた。


 ――カラン。


「らっしゃーい」


 店の掃除を切り上げてパタパタと入口に向かう。


 恐る恐ると言った感じで店に入ってきた彼女。

 印象的だったのは綺麗なグレーの長い髪だった。


「(綺麗な髪だな……)」


 呟いてないか心配になるくらい、口に近いところまで湧いてくる感想。

 さすがは美容師と言ったところか。最初に目についたのが髪でよかった。本当に、よかったと思う。


 なぜなら、そのすぐ後に……。



「こ、こんにちは」

「(胸でっっっっか)」



 ……さすがは男と言ったところか。さすがとか言っちゃダメか。 

 必死に頭を横に振って我に返り、仕事モードに切り替える。


「今日はカットですか?」

「は、はい。お願いします」

「ではこちらへ」


 一番奥の席に案内する。


 椅子の後ろに立つと、キョロキョロと辺りを見渡し慎重に彼女も座る。

 目の前の大きな鏡を前に、落ち着きどころを探るように前髪を手直しし始めた。


「今日はどうします? というか、学校帰り?」

「は、はい!」

「へぇ」


 それにしても本当に艶やかな髪だ。

 近くで見てみると、手入れが行き届いていることがよく分かる。


「高校生?」

「そ、そうです! 高校二年生、です……」

「そっかぁ。じゃあ今が一番楽しい時だ……って、おじさん臭いか」


 あはは、と軽く笑う。


 彼女は終始俺の言葉にビクッ、と驚いては髪をねじり、あたふたしていた。

 その様子から察するに、もしかしたら親しく話されるのを嫌うタイプなのかもしれない。


「今日はどんな感じにします?」

「す、少し長くて重いので梳いてもらって……」


 その後、彼女と仕上がりのイメージを共有する。

 スムーズになんとなく納得できる感じに話はまとまった。


「じゃあそんな感じで行こうか」

「お、お願いします」


 彼女の言葉を合図にハサミをいれた。




















「はい、お預かりします」


 彼女からお金を受け取り会計を済ませる。

 レシートを渡すと、少しさっぱりした彼女が照れくさそうに小さく頭を下げた。


「あ、そういえばうち、会員カードあるんだけど作っとく? 無料だけど」

「は、はい。お願いします……!」


 カードの裏側の四角い欄に名前を記入するよう促す。

 ペンを受け取った彼女は垂れる髪の毛を耳の後ろに流しながら、お手本のような字で名前を書いた。


「よし、じゃあ次回は忘れず持ってきてください」

「分かりました! あ、ありがとうございました……!」

「またお願いします」


 カランと音を立てて彼女はどこか満足そうに帰っていった。


「二宮はじめ、か」


 また来てくれたら嬉しいな……。










     ◇ ◇ ◇










 ――というのが一か月前。

 そして今日がの来店となる。


「……もう切るとこなくない?」

「ま、前髪がほんの少しだけ伸びてて……」

「いやまぁ、一週間分伸びてはいるけどさ」


 なぜ二宮さんが週一で髪を切りに来るのか。しかも俺を指名して。

 その理由をここ最近考えているのだが、正直二宮さんのオーダーはいつも誤差の範囲のカット。言わば、一週間分を切っているようなもの。


 本当に髪型を維持するため、とはとても思えなかった。


 ………………。


 ……ええいじれったい! 聞いちまうか!!!


「あのさ、どうして週一で髪を切りに?」

「っ!!!!!!!! そ、それは……」


 視線があっちこっちと定まらない二宮さん。

 少しして観念したのか、ふぅと息を吐いて鏡越しに俺と目を合わせた。


「……好き、なんです。林田さんの、こと」

「…………へ?」


 なんて気の抜けた返事なんだと自分でも思う。

 二宮さんの言葉で、頭にエラーが起きたみたいに正しく受け取れなかった。


 ダメ押しのもう一声はないようで、俺に理解する時間をくれる二宮さん。

 先ほどまで合っていた視線はいつの間にかそらされていた。


「それって……」


 二宮さんの言葉を咀嚼したところでようやく理解が追い付く。


 いや、まさか。

 俺がこんな可愛い女子高校生に告白されるなんて。


 驚いてばかりで何も返事していないことに気が付き、沈黙を埋めるように「ありがとう」と答える。


 二宮さんは俺の言葉にさらに頬を赤く染めた。

 そこでようやく言葉が馴染んできたことを実感した。


「いやぁ、まさかこんなことあるなんて……びっくりだな」


 軽く笑いながら言うも二宮さんは黙ったまま俯いている。

 どうやら言葉が違うらしい。


 ……って、普通そうか。

 告白したのならばその後に返事があるのが定石。


 ということは今、二宮さんは俺の返事待ちってわけだ。


 ……正直な話、答えは決まっている。

 そもそも俺に選択肢はないのだ。


「その……ごめん、君とは付き合えない。二宮さんはまだ高校生だし……俺はもう27だから」


 素直に俺の本心を伝えた。

 二宮さんは俺の言葉に驚いたように顔をあげ、やがて綺麗な顔を小さく歪ませた。


 そんな顔、させたくなかった。

 でも伝えるのが伝えられた側の責務だから仕方がない。


「…………そう、ですか」

「……ごめん」


 もう来てくれないだろうな。

 でもこればっかりはどうしようもない。


 名残惜しい気持ちを堪えて仕事モードに切り替える。


「……今日はどうしよっか。別にキャンセルでもいいけど……」

「……オーダー変更です」

「へ?」




「バッサリショートでお願いします。たった今、したので」




 面食らった。

 それはもう、たとえようがないくらいに。


「わ、分かりました」


 二宮さんが言うならしょうがない。

 今日もはさみを取り出して、グレーの長い髪を取った。




 ――チョキ。












 ……それからも。

 二宮さんは週一で髪を切りに来て、それで……いや、これはまた別の話か。



 おしまい。

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こんにちは、美容師(27)です。最近の悩みは、巨乳JKが週一で髪を切りに来ることです 本町かまくら @mutukiiiti14

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