自分以外、鉄壁。~裏切りの予言と絶望のループ〜
キンポー
第1話 聖域の加護と裏切りの予言
目が覚めると、そこは湿った石造りの部屋だった。
(気温は低い。空気には鉄錆とカビの臭いが混じっている。
典型的な地下迷宮、あるいは監禁室だ)
俺は、自分の手のひらを見つめた。視界の端に、半透明のステータスウィンドウが浮かんでいる。
そこには、俺がこの世界で生き抜くための唯一の武器、ユニークスキルの詳細が記されていた。
【スキル名:聖域の加護】
【効果:対象へのあらゆる物理・魔法干渉を完全に遮断する】
【発動条件:自分以外の他者のみ】
俺は、壁に向かって拳を叩きつけた。鈍い痛みが走る。
(ゴミだ。最強の防御スキルを持っていながら、俺自身は裸同然だ。
誰かを守るためにしか使えないなんて、聖人君子か何かの冗談か?)
部屋の隅で、何かが動く気配がした。目を凝らすと、瓦礫の陰に一人の少女がうずくまっている。
銀色の髪は泥で汚れ、肩で息をしている。
俺は警戒しながら近づいた。少女が顔を上げる。恐怖に怯えた瞳だ。
「……こないで」
「安心しろ。何もしない。俺たち、閉じ込められたみたいだ」
俺は努めて冷静に声をかけた。ここでパニックになれば終わりだ。
少女、エリアと名乗った彼女は、俺の言葉に少しだけ警戒を解いたようだった。
部屋の唯一の出口は、分厚い鉄の扉で閉ざされている。
その横には、二人同時に操作しなければ動かないと思われる、二つのレバーがあった。
(一人では出られない。つまり、協力者が必要だ。彼女が敵でないことを祈るしかない)
「協力しよう。二人でレバーを引けば、外に出られるはずだ」
俺は手を差し出した。
エリアは迷いながらも、その小さく震える手を、俺の手のひらに重ねた。
「わかった。……信じる」
その瞬間、俺たちの間の空中に、血のように赤い文字が浮かび上がった。
『警告:この女は、扉が開いた瞬間に、貴方を置き去りにする』
俺の手が止まる。エリアは不思議そうに俺を見た。
彼女には、この文字が見えていないのか、あるいは見えていても意味がわからないのか。
(いや、これはこのダンジョンの罠だ。俺たちを疑心暗鬼にさせるためのシステムだ。
この子のせいじゃない。あんなに怯えている子が、そんな計算高いことをするはずがない)
俺は赤い文字を視線で振り払い、レバーの前に立った。
「いくぞ。せーの」
ガコン、と重い音が響き、鉄の扉がゆっくりと上昇を始めた。
(やった。開いた。これでまずは一歩前進だ。予言なんて、ただの脅しだったんだ)
扉が完全に開ききった。
俺たちが歓声を上げようとしたその瞬間、ダンジョンが牙を剥いた。
開いた扉の向こうには、通路なんてなかった。
そこにあったのは、壁も天井も見えないほどの、巨大な「落下迷路」だった。
しかも、俺たちが立っているこの部屋の床自体が、扉が開いたことをトリガーにして、
ガラガラと崩れ始めたのだ。
「きゃああっ!」
エリアの足元が崩落する。
俺は反射的に手を伸ばし、彼女に向かってスキルを発動した。
「【聖域の加護】!」
黄金の光がエリアを包み込む。彼女は、降り注ぐ瓦礫や衝撃から完全に守られ、無傷で落下していく。
だが、俺には守りがない。
(パニック、ではない。絶望だ。俺は自分のスキルを使えない。
落ちていく瓦礫と一緒に、生身のまま叩きつけられる)
俺の体も空中に投げ出された。
眼下には、見渡す限りの針の山と、そこを徘徊する異形の怪物たちが見える。
さっきまでの密室の危機なんて、子供の遊びだったと思えるほどの地獄が広がっていた。
空中で、再び赤い文字が俺の目の前に流れていく。
『追記:彼女は着地した後、貴方の死体から靴を奪うだろう』
(……なるほど、そういうことか)
俺は、光に包まれて安全に落ちていくエリアを見ながら、瓦礫と共に暗闇へと吸い込まれていった。
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