ショートケーキの苺は腐っている
しがない役所魂
1 前編 最高の彼氏
『最高の彼氏』
十二月、寒空の下の聖夜、僕はポケットの中の「プレゼント」を握りしめて家路を急いでいた。
指先が冷たい。けれど、心は温かい。なぜなら、愛する彼女の喜ぶ顔がこれから見られるからだ。
ポケットに入っているのは、パチンコ店の景品交換所で手に入れた、有名ブランドのリップクリームと余り玉のチョコレート。
元手となったのは、愛しのミナミの財布に入っていた三万円。
彼女はだらしないところがあるから、放っておけばその三万円をくだらない女子会や衣服に浪費していただろう。だから僕が代わりに運用してあげたのだ。
朝から晩までハンドルを握り続け、必死に戦った。残念ながら現金としてのリターンはゼロだったが、そんなことは些細な問題だ。
重要なのは、僕が彼女のために「時間を費やして」こうして彼女が自分では買わないようなちょっと良いリップクリームを「プレゼント」として持ち帰ったという事実だ。
ーースマホが震える。
『どうして勝手に帰ったの?』
ミナミではない、別の女の子からのメッセージだ。少し前に合コンで知り合った子だ。僕は歩きながらスマホを見る。そして返信はせず、既読スルーした。
……なんて誠実なんだろう、僕は。
他の女性からの誘惑があっても、僕は真っ直ぐにミナミの元へ帰る。こんなに一途で、彼女想いな彼氏は世界中探しても僕くらいのものだ。
アパートのドアを開ける。
「ただいま、ミナミ」
リビングのソファに座っていたミナミが、僕の姿を見てビクリと肩を跳ねさせた。
帰宅しただけで、あんなに感激して震えてくれるなんて。彼女の愛の深さにはいつも胸を打たれる。
「ほら、サンタさんのプレゼントだよ」
僕がリップクリームとチョコを差し出すと、ミナミはおずおずとそれを受け取り、すぐに視線を僕の手元――財布の方へ向けた。
「あ、あの……お金……家賃の更新料、だったんだけど……」
彼女の声が震えている。まただ。また彼女はお金という汚い紙切れの話をして、僕たちの神聖な時間を壊そうとする。
僕はため息をつき、優しく彼女の両肩を掴んだ。
「ミナミ。お金なんてまた稼げばいいさ。それより、僕が君のために選んだこのプレゼントの感想が先じゃないかな?」
「ご、ごめんなさい……でも、あれがないと……」
「しっ、静かに」
彼女がいつも通りパニックを起こし始めたので、僕は彼女を強く抱きしめた。
暴れる彼女を、愛の力で封じ込める。
腕の中で「ゴフッ、カハッ」と彼女がうめく。彼女は感情が高ぶるといつもこうだ。子供のように駄々をこねて、僕の腕力を確かめようとする。
僕は期待に応えるため、さらに力を込めた。頸骨がミシミシと音を立てる。これくらい強く繋ぎ止めないと、僕たちの絆は確認できない。
そして彼女はようやく落ち着きを取り戻し、床にうずくまって泣き出した。
嬉し泣きだよね、知ってるよ。あぁ、良かったよ、僕の愛が伝わったみたいで。
「わかってくれて僕も嬉しいよ」
僕はしゃがみ込み、彼女の涙を親指で拭う。彼女の首には、僕が強く抱きしめた跡が赤く残り、僕の腕には彼女の愛が刻まれる。それはまるで、二人を結ぶ、愛の刻印のようだ。
「そういえば、今日はクリスマスだね」
僕が言うと、ミナミは腫らした目で僕を見上げた。その瞳には、熱っぽい光が宿っているように見えた。
「僕からは、もうプレゼントを渡したよね。それに君に一生の愛を誓ってあげるつもりだよ。……君は、僕に何をくれるの?」
ミナミは少しの間、沈黙した。
そして、何かを決意したように、ゆっくりと、しかしはっきりと頷いた。
「……うん。私も最高のプレゼントを用意しているの」
「へぇ、楽しみだよ。君の『最高』がどんなものか」
僕は満足して立ち上がった。
彼女は僕に相応しい女になろうと必死だ。きっと、僕を驚かせるような素敵なサプライズを用意してくれるに違いない。
僕たちは、本当に幸せなカップルだ。
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