旅先の奇跡

日比野きみ

旅先の奇跡

腐れ縁の友達とニューヨークに卒業旅行に行くことにした。

初めての海外。

心躍りながら、搭乗ゲート前のロビーで待つ。

向こうのテレビで大好きなアイドルが歌っているのが見えた。

慌てて席を移動する。

しばらくすると館内アナウンスが流れた。


「ニューヨーク便をお待ちの――様、パスポートをお預かりしております。お近くのカウンターまでお越しください」


―え?私だ。


推しに気を取られ、航空券を挟んだパスポートを置き去りにしていた。

初海外旅行が空港内それも日本国内で終わるところだった。


長いフライトにぐったりする。

食べて―寝て―食べて―寝て―食べて、でようやくJFK国際空港に着いた。

ニューヨーク到着後、オプションで付けた混載の移動バスで、市街地のホテルまで連れて行って貰う。

ピックアップの点呼があった。

私の名前が呼ばれると、笑いながら隣の男性が話しかけてきた。


「あ、もしかして空港でパスポートの放送されてたの君?」


 真っ赤になりながらうつむいて


「…はい」


と答えた。男性は少し笑って、


 「夜、エンパイアステートビルに上る予定なんだけど、一緒にどうかな?」


と言ってきた。

 友達と二人顔を見合わす。気持ちは同じようだった。


「お願いします!」


英会話に一年通ったが、自信が芽生えるより不安が募っていた私には、願ったり叶ったりの提案だった。


ロビーで待ち合わせ、一緒に出かける。

一眼レフを持って彼は来ていた。

ビル群の写真と一緒に私と友達の写真も撮ってくれた。

摩天楼の夜景は素敵だったが、この出会いの方が刺激的だった。

夕食もご馳走して貰った。

少し年上の彼は、建築デザイナーだと言った。

知っている場所にあるマンションが、自分の設計だと話してくれた。


「写真、渡したいからよかったら絡先教えて。」


まだ携帯のなかった時代、家の電話番号をメモに書いて渡した。

翌朝、ツアーが違った彼はもういなかった。


初めての海外旅行。

帰国後、旅の余韻がまだ残るなか、母が取った電話を取り次がれた。


 「○○さんって言う男性」


慌てて電話を代わる


「あの時の写真出来たよ。いつ渡そうか?」


彼の声に何かが始まる予感がした。

 

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旅先の奇跡 日比野きみ @syasyarin

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