校内放送部が占拠した廃天文台は、偽装宇宙船でした。動画をローンチしたら物理的にローンチされて、銀河でバズらないと地球に帰れません
摂理あまね
宇宙旅行編
第1話 史上最大最悪放送事故
その廃天文台には、奇妙な噂があった。
かつては学校の自慢施設だったが、ある時期から立ち入り禁止となり、閉鎖されたドームの上から生徒が飛び降りようとした――なんていう、ありがちな怪談話だ。
だが、俺にとって重要だったのは幽霊が出るかどうかじゃない。
この天文台下の制御室に、狂ったようなハイスペックPCが鎮座しているという事実だ。
なんでも、天文台を寄贈した卒業生が石油王クラスの富豪だったらしく、制御室にはNASAでも使いそうな三画面のスーパーコンピュータが放置されていたらしい。
その封印が解かれたのは二年前。
あの
彼女は瞬く間に天文台の下の階を「放送部スタジオ」として接収。
今ではここで校内ニュースの収録・編集が行われ、毎週金曜のランチタイムには全校生徒に向けた放送が流されている。
そして、なぜ俺がここにいるかと言えば。
俺が裏垢でこっそり弾幕動画サイトに動画を投稿していることを、あの女帝・御堂先輩に嗅ぎつけられたからだ。
「天道くん、君の編集センス、嫌いじゃないわよ」
最初は断った。部活なんて面倒くさい。
だが、彼女は悪魔の契約を持ちかけてきたのだ。
「このメインPC、部員たちは誰も使いこなせてないの。だから――君が自分の『私物』だと思って使っていいわよ?」
……断れるわけがなかった。
決して私物化しているわけではない。あくまで動作確認だ。
だが、あまりにも性能が良すぎた。4K動画のレンダリングが瞬きする間に終わるのだ。その快感に溺れた俺は、つい魔が差して、自作の鬼畜MAD動画をこのモンスターマシンで作成し、そのままアップロードしようとしてしまった。
おそらくこれは、画質とフレームレートの悪魔に魂を売った俺への、神罰だったのだろう。
英語配列の無機質なコンソール画面。
見慣れたはずのその文字列が、運命の分かれ道だった。
——Are you sure you want to launch? Yes / No
(ローンチしますか? Yes / No)
俺は迷わず、愛用のトラックボールで『Yes』をクリックした。
カチッ。
心地よいクリック音。
これで動画は世に
密かにほくそ笑んだ、その時だ。
ブォンッ……!!
重低音が腹の底に響いた。
目の前の三画面モニターが、突然ブルースクリーンと羅列された数字に切り替わる。
『10、9、8……』
「は……?」
無機質な電子音声によるカウントダウン。
俺がマウスをガチャガチャと動かす間に、数字は無慈悲に減っていく。
『3、2、1……Launch』
ズズズズズズズズズッ!!!
激しい振動が床を突き上げ、俺は椅子ごとひっくり返りそうになった。
画面が切り替わり、外部監視カメラの映像が映し出される。
そこには、俺の愛する母校が映っていた。
だが、アングルがおかしい。
制御室の窓が、シュウィインという音と共に自動で閉鎖される。
俺は防音ガラスの窓へ駆け寄った。
耳がツンと詰まる感覚。エレベーターどころじゃない、内臓が下に引っ張られるような強烈な重力。
「う、嘘だろ……!?」
眼下に見える校庭。
さっきまで驚いた面持ちでこちらを見ていた生徒たちが、次の瞬間には豆粒になり、やがて蟻のように小さくなっていく。
雲が近い。空が青から、濃紺へと変わっていく。
俺は即座に、さっきの自分の行動を脳内でリプレイした。
『Are you sure you want to launch?』
IT用語でローンチと言えば、新サービスの立ち上げや公開、動画の配信を意味する。
だが本来の意味は――『発射』だ。
「動画をローンチしたんじゃなくて……校舎ごとローンチしちまったのかよ!?」
血の気が引いていくのがわかった。
俺はとんでもないことをした。校舎の一部、この部室棟をロケットとして発射してしまったのだ。
圏外になる前に。
俺は震える手で必死にスマホを取り出した。指先が熱くなるほど高速でフリック入力を叩き込む。
送信先は、家族のグループL○NE。
『パパ、ママ、鈴音。ごめん、もう二度と会えないかもしれない。今までありがとう。愛してる』
送信完了の文字を見た瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。
燃え尽きた。
終わった。俺の人生、ここでエンドロールだ。
酸素はどうなる? 食料は? そもそも宇宙服もない。
数分後か数時間後には、俺は冷たい宇宙の塵となるだろう。
涙が自然とこぼれ落ちた。
さようなら、地球。さようなら、俺の平凡な日常……。
「――ねえ、バカ兄」
不意に。
この世で一番聞き慣れた、そして今この場所にいるはずのない声が聞こえた。
「家族グルで何遺書みたいなの送ってんの?」
「え?」
涙目で振り返る。
そこには、愛用のギターケースを背負い、スマホ片手に呆れ顔で俺を見下ろしている少女がいた。
俺より一歳年下の妹が、なぜかこの制御室の調整ブースの入り口に立っていた。
「す、鈴音……? なんで、ここに……」
「なんでって、隣の部屋で練習していただけだし。……てか、なんか外、暗くない?」
俺、
どうやら俺は、うっかり動画と一緒に――妹も宇宙へローンチしてしまったらしい。
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