その剣の名は。

本上一

名のない剣

 

 俺は剣である。

 名前はまだない。

 

 もっとも、剣に名前をつけるなどというのは、よほどの酔狂か、あるいは伝説を量産したい英雄志望者のやることだ。

 残念ながら、俺は武器屋の棚で静かに埃を被る側の剣である。よって一生、名無しだろう。

 

 いつから剣だったかと問われれば――そうだな、武器屋に並んだ頃からだと答えるしかない。

 それ以前? 知らん。覚えていない。

 剣としての自覚とは、値札をぶら下げられた瞬間に芽生えるものなのだ。

 

 暇だった。

 とにかく暇だった。

 

 だから俺は、空気中に漂う微量の魔力をちまちまと集めた。

 暇つぶしだ。深い意味はない。

 ただ、剣というのは暇だと自分を研ぎ澄ませてしまう生き物なのである。

 

 結果として、俺は少し――いや、かなり――高性能になった。

 

 問題はそこからだ。

 

 武器屋に来る客は、剣を手に取る前に値段を見る。

 次に重さを見る。

 最後に、雰囲気を見る。

 

 そして、俺の前で必ず一瞬、手が止まる。

 

「……なんか、やめとこ」

 

 この「なんか」が致命的だった。

 魔力を溜めすぎた剣特有の、説明しづらい圧。

 呪い? 違う。

 人格? あるにはあるが、悪意はない。

 

 だが人間というのは、説明できないものをすべて「ヤバい」に分類する生き物だ。

 

 売れない。

 売れないので、暇が増える。

 暇なので、さらに魔力を集める。

 悪循環である。

 

 そして例の事件が起きた。

 

 とうとう、俺を手に取る者が現れたのだ。

 

 ――ダメなおっさんだった。

 

 腰に剣を差してはいるが、差しているだけ。

 握りが甘い。

 姿勢が悪い。

 鞘から抜く所作が、もう致命的にダメだ。

 

 俺は思った。

 これはまずい。

 このままでは「剣とは何か」を誤解したまま一生を終える人間が増える。

 

 なので、同種に代わってお仕置きをした。

 

 微弱電撃。

 ちょっとした愛の鞭だ。

 

「ぎゃっ!?」

 

 おっさんは剣を取り落とし、武器屋は悲鳴を上げた。

 結果、神官が呼ばれた。

 

 二度目である。

 

「これは……確かに魔力反応がありますね」

 

 誰が呪われとるか。

 俺は健全だ。健全な剣だ。

 少し向上心が強いだけである。

 

 だが店主は限界だったのだろう。

 寄付だか寄贈だか、とにかく体のいい言葉で俺を神殿に押し付けた。

 

 神官は俺を布でぐるぐる巻きにした。

 念入りに。何重にも。

 

 いや、巻かれても困らんのだよ、神官くん。

 剣に視界があると思うな。

 俺は概念だ。感覚だ。だいたいそんな感じのものだ。

 

 それよりも問題は――。

 

「この剣、処分するべきでしょうか……?」

 

 やめろ。

 処分とは何だ。溶かす気か。

 せっかく高めたこの身を?

 

 俺は静かに魔力を整えた。

 次に手に取る者が、まともであることを祈りながら。

 

 できれば、剣を剣として扱える者を。

 名前など、後でいい。

 

 ……まぁ、名前が付くとしたら、その時は少し誇らしいかもしれんな。

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