【現代落語】ID限無(寿限無)

【現代落語】ID限無

登場人物

父:セキュリティ意識過剰な父親。

母:父に振り回される母親。

息子:中学生。名前は健太。

友人:息子のゲーム仲間。


---


父 「おい、聞いたぞ。お前、SNSのアカウント乗っ取られたんだってな」


息子 「うん……。せっかくフォロワー増えてたのに、変な投資勧誘の投稿ばっかりされちゃってさ……」


父 「情けない! 作ってまだ一週間だぞ。それもお前が『kenta1234』なんて安易なIDにするからだ。そんなもん、ハッカーからすれば『どうぞ入ってください』ってドア開けてるようなもんだぞ」


母 「あらあら、まあ。でも中学生なんだし、覚えやすい名前がいいじゃないですか」


父 「甘い! このデジタル戦国時代、IDは自分の城だ。城壁は高く、堀は深くしなきゃならん。……で、今度は父さんがやっているオンラインゲームを始めるんだって?」


息子 「うん。早くID決めて登録しないと、名前取られちゃうよ」


父 「待て。今度こそ父さんが、絶対に盗まれない『最強のID』を授けてやる」


息子 「ええ……父さんのセンス、変じゃん」


父 「変とはなんだ。俺はな、会社のシステム管理者の『鯖管(さばかん)』さんに相談して、鉄壁のID構成案をもらってきたんだ」


母 「またそんな変な人に……」


父 「いいか、よく聞け。まずは特定されにくく、かつ推測不可能な文字列だ。(メモを取り出す)まずは『XyZ_(エックスワイゼットアンダーバー)』、これは座標軸の全て、つまり世界そのものを表す」


息子 「中二病くさいなあ……」


父 「うるさい。次に『!Qaz2Wsx(感嘆符キューエーゼットツーダブリューエスエックス)』。これはキーボードの左端を縦に打つ高度なテクニックだ。そして『Admin_Killer(アドミンキラー)』、管理者さえも凌駕するという意思表示だ」


母 「物騒ですねえ」


父 「さらにセキュリティの堅牢さを願って『Two_Factor_Auth(ツーファクターオース)』、二段階認証のことだ。そして『Brute_Force_Block(ブルートフォースブロック)』、総当たり攻撃への対抗。最後に『Session_Time_Out(セッションタイムアウト)』だ」


息子 「長いよ! 誰が覚えるんだよそれ!」


父 「覚える必要はない、コピペしろ。よし、これを全部繋げて名前にするぞ。『XyZ_!Qaz2Wsx_Admin_Killer_Two_Factor_Auth_Brute_Force_Block_Session_Time_Out』! これが今日からお前の名前だ!」


息子 「嫌だよそんな名前!」


父 「文句言うな! これで登録しなきゃゲームやらせんぞ!」


息子 「わ、わかったよ……登録すればいいんだろ、登録すれば」


---


(場面転換:数日後)


友人 「(電話で)おーい、おじさん! 大変だ!」


父 「なんだ騒がしい。息子の友達か。どうした?」


友人 「今、健太と一緒にオンラインゲームやってるんだけど、健太のやつ、レアモンスターに絡まれてピンチなんだ! おじさん、レベル高いキャラ持ってるんだろ? 助けてやってよ!」


父 「なんだと、それは大変だ! よし、今すぐログインして加勢してやる!」


(父、慌ててパソコンに向かう)


父 「えーと、ログインよし! 戦場に到着! おお、健太はどこだ? ……いた、HPが真っ赤じゃないか! すぐに回復魔法を……っと、いかん!」


友人 「どうしたの! 早く!」


父 「このゲーム、回復魔法は同じパーティのメンバーにしか効かない仕様だった! すぐに『パーティ申請』を送らんと!」


友人 「じゃあ早く申請出してよ!」


父 「わかってる! 申請コマンドを入力して……えーと、相手のIDは……」


友人 「早くしろー!」


父 「えーと、『XyZ...』アンダーバーはシフトキーを押しながら……『!Qaz2Wsx...』」


友人 「まだかよ! 敵が攻撃モーションに入ったぞ!」


父 「うるさいな、一文字でも間違えたら申請が届かないんだよ! 『..._Admin_Killer_Two_Factor_Auth...』スペルは合ってるか? 『..._Brute_Force_Block...』」


友人 「うわああ、攻撃が当たったー!」


父 「ええい、まだだ! 蘇生アイテムを使うにもパーティに入っていないと! 『..._Session_Time_Out』! よし、申請送信!」


(ピローン、というエラー音)


父 「なにっ? 『対象のプレイヤーが見つかりません』?」


友人 「あーあ……全滅した……」


父 「なんでだ! スペルは完璧だったはずだぞ!」


息子 「(部屋に来て)父さん、何やってんのさ……」


父 「おお、健太。すまん、助けようとしたんだが、IDが見つからないって出たんだ」


息子 「当たり前だよ。あんな長い名前、登録できるわけないじゃん」


父 「えっ? じゃあ、お前のアカウント名はなんなんだ?」


息子 「文字数オーバーで弾かれたから、普通に『Kenta』にしたよ」


おあとがよろしいようで。

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