毛糸
コタツ
毛糸
「糸屑は捨てろ。」
そう言い放つアイツの瞳は、普段と同じ、凪いだ色をしていた。
早朝の光が差し込む教室。 黒板の前で、必死に絡まった毛糸を解こうとしていた僕に、アイツは酷く淡々と言う。
「糸屑じゃないよ。まだ、この毛糸は使える。ほら、こうやって解けば……」 「もう、やめろよ。」
どうして?
そう言いかけたけれど、彼の瞳に、初めて苦い色が映ったから、絡まった糸を解く手を止めてしまった。
その間にも、朝日に照らされた彼は、その瞳を苦しげに細める。
どうして、そんな顔をするの。
これも、声にはならなかった。
「お前、いつまでそうやってるつもりだ。」
「いつまでって…。そんなの、糸が解けるまでに決まってるじゃない。」
そうだ、毛糸を解かないと。
僕は彼から手元に視線を移す。 硬い結び目は優しく解いて、ほつれた糸は幾つかの糸と束ねて。
まだ、元に戻せる。
「もう無理だ。そんなん、元に戻らねぇよ。」
「そんな事ない!」
そんな事ない。 まだ、戻せる。 まだ、新しいものを作れる。
「諦めろ。……もう、切れちまってる。」
「……え?」
「よく見ろ!お前が持ってんのは、短く絡まった糸屑だけだ。そんなん、もうなおらねぇよ。」
嘘だ。 そんなはずない。 だって、僕は、毛糸を……
「ちゃんと見ろ。ちゃんと受け入れろ。もう、戻ってこねぇんだ。」
「嘘だ!」
大事に大事に解いていた毛糸___いや、いとくずの事も忘れて、僕は彼のブレザー胸ぐらを掴む。
彼は、抵抗しなかった。
それどころか、ブレザーをつかんだ僕の手に、その綺麗で暖かい手を添えてしまった。
「なんで!なんでだよ!見捨ててくれよ……!」
分かっていた。
分かってしまった。
大事に解いていた毛糸を、すぐに放り出してしまった自分が、ただ悪あがきしていただけのことが。
もう直らないものなんて、いらないと思ったから。
だから、捨てたくないものは徹底的に直したかった。 そのせいで、周りに誰もいなくなっても。 それで良かった。
人間は、簡単に絡まり、千切れ、捨ててしまうから。
それなのに、どうして、コイツは……
「見捨てるかよ。」
そう言って笑う彼の顔は、朝日で見えない。 けれど、その手は悲しくなるほど暖かかった。
毛糸 コタツ @15tomomo
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