後編
「――と、いうわけで、現在我が国……いえ、私たちの世界は魔王軍の侵攻によって存亡の危機に立たされているのです。そこで異世界から勇者を召喚し、魔王を倒す為の助力を請おうと……」
ふむ、なるほど……。
――って話がなげーよっ!?
魔王軍の侵攻とか、ここが異世界だとか、そんな説明はどうでもいいからとりあえず早くトイレに行かせてくれ!
さっきから何度も話を止めてトイレの場所を尋ねようとしているのだが、クラスの全員が真剣に彼女の話を聞いている手前、さすがに俺もそんなことを口にするわけにもいかず、脂汗を流しながら必死で堪えているのだ。
しかもこのお姫様!
「見てください、この柱を。この黄金の柱は、女神様の祝福によって生み出された聖遺物。我が国の建国から伝わる大切な宝物です。とても美しいでしょう? この国の象徴であり、まさに――」
話が脱線するわするわ! お前は校長先生か!? 要点だけしゃべれ!
だが、クラスメイトも先生も、不良の浦波ですら彼女の話に熱心に耳を傾けていた。犯人のオッサンも腕を組みながら、ふんふんと頷いている。
なんで普通に俺たちの仲間みたいになってんだよこいつは!!
――ぐぎょろぉぉ~~っ!
うげぇ!? やばいっ! もう無理だ! 確実にあと5分も保たねぇ!
教室にいるときからずっと、肛門括約筋を1ミリたりとも緩めず必死に持ちこたえているのだ。
いつ決壊してもおかしくない状態……もはや一刻の猶予も残されてはいない。
「それでは、スキル鑑定の儀に移らせていただきます。この世界の人間は、一人につき一つ"スキル"という特別な能力を持っています。異世界から召喚された皆様にもスキルが授けられるのですが、それは現地の人間に比べて非常に強力なものが多いのです」
「……姫様、準備ができましたぞ」
「ありがとうございます、ウラギール宰相」
お姫様の後ろに控えていた耳の尖った大貴族風の男が、水晶玉のような球体が載った台座を運んできた。
「スキル! マジかよ、ゲームみてーじゃん!」
「俺たち本当に異世界に来たんだ!」
「やばいでしょ! チート能力とか貰って王太子様との恋愛フラグが立っちゃったりして!?」
クラスメイトたちは、さっきまでの困惑が嘘のように沸き立っている。
俺もこんな状況でなかったら彼らと同じように浮かれていたかもしれないが、今は一刻も早くトイレに駆け込みたい気持ちでいっぱいで、正直スキル鑑定云々などどうでもよかった。
お姫様は用意された椅子に座ると、優しく微笑みながら俺たちに語りかける。
「それではわたくし――ローゼルエスト王国第一王女、ルナリア・ローゼルエストが鑑定の儀を執り行います」
「ほほほほ、姫様は我が国で唯一鑑定のスキルを持っておられる大変貴重なお方。この儀式によって皆様のスキルも判明することでしょう」
宰相の男が穏やかな笑みを浮かべながらそう言うと、クラスメイトたちは益々興奮した様子になって歓声を上げ、我先にとお姫様の前に列を作っていく。
そんな熱狂のなか、鹿島が顔を赤くしながら恥ずかしそうにお姫様に話しかけた。
「あの……すみません。私、ちょっとお手洗いに行きたいんですが……」
いいぞ! 良く言った!
教室であんな事があった後じゃ緊張でおしっこしたくなるよな! 鹿島! お前は英雄だ!
「……申し訳ありません。鑑定の儀の最中はこの部屋は完全に封鎖されておりますので、外には出られないのです。15分ほどで終わると思いますので、もうしばらく辛抱してください」
「そ、そうなんですか……。まあ、15分ならなんとか頑張ってみます……」
いやいや15分とかどう考えても無理だって! お前もっと死ぬ気で抗議しろよ!
俺は心の中で、遠慮がちな態度をとる鹿島に全力で応援の檄を飛ばすが、彼女は大人しく列の後ろに並んでしまった。
……た、耐えるしかないってのか!? ここからさらに15分も!?
内股になってギュッと両足を擦り合わせながら、俺は覚悟を決めて列の最後尾に並んだ。
前の方では既に鑑定が行われ始めており、クラスメイトたちの間からは驚きと喜びの声があがっている。
「すげぇ! 俺、【炎魔法・極】だったぞ!」
「私は【回復魔法・上級】ですって!」
「ぼ、僕は……【勇者の紋章】……?」
「マジかよ!? 陰キャの
「ねぇねぇ浦波くん! 浦波くんはどんなスキルだった!?」
「へへっ……俺は【剣聖の魂】だぜ。最高レア度のSSランクスキルらしいぜ!」
「きゃー! 浦波くんかっこいいー!」
皆楽しそうに自分のスキルを報告し合っていて、そこには先ほどまでの緊迫感など微塵も感じられなかった。
もはや今この場で深刻な状況にあるのは、間違いなく俺一人だ。
「そこの禿げた勇者様。あなたのスキルは――【ゴッドハンド】です! これは素晴らしい能力ですよ!」
「本当かい!? いやぁ、嬉しいなぁ! おじさん、世界の為に頑張るからね!」
オッサンまでチート能力貰ってんのかよ!? あんたはスキル鑑定よりもまず取り調べを受けろや!
俺は歯ぎしりをしながら、順番待ちの列でただひたすら自分の番を待った。
「やった! 私【聖女の加護】だって! 御剣くんのスキルもきっと凄いんだろうなぁ……」
「ああ……」
前にいた鹿島が嬉しそうに微笑みかけてくるが、俺は上の空で相槌を打つことしかできなかった。
――ぐぎゅるるるぅぅ~~っ!
うごぉ!? このタイミングでまた来た! しかも先ほどを上回る勢いのある激しい波!
もう……マジで無理だ! 腹が痛い、苦しい……肛門括約筋が痙攣して今にも吹き出しそうだ!
「それでは最後に御剣様……でしたか? あなたのスキルを鑑定します」
お姫様が俺に向かってにこやかに声をかけてくるが、それに応える余裕すらない。
「御剣様、こちらの水晶玉に手を翳して頂けますでしょうか」
指示に従って、水晶玉の前に手を伸ばす。
あと少し……あと少しだけ頑張れ! 俺の肛門括約筋!
――ぷぴっ……。
「あっ」
だがそのとき――無情にも俺の尻穴から小さな破裂音が聞こえた。
それと同時に、直腸に溜まっていた悪魔が、俺の意思とは関係なくスルリと外界へと躍り出るのを感じ取ってしまう。
終わった……全てが……。
肛門括約筋の敗北と共に、俺の人生は幕を閉じたのだ――。
「きゃーーっ!?」
「なんじゃこりゃあーっ!?」
「く、くせぇぇぇーーっ!?」
「なんということだ……。おお、神よ!」
クラスメイトたちだけでなく、王様や貴族、部屋を取り囲んでいる兵士たちも悲鳴を上げて慌てふためいている。
しかし何か様子がおかしい。皆俺のケツではなく部屋の中央にある黄金の柱を指差して騒いでいるようだ。
一体どうしたのかと、俺も同じように振り返ると――
「な……っ!?」
なんと柱に掘られた女神の彫刻の顔面部分に、茶色くてドロドロした物体がべちゃりと大量に付着していたのだ。
ど、どういうことだ? 何が起きたんだ?
確かに俺は悪魔を放出したはず……。しかし、なぜか俺のズボンに汚れは見当たらず、代わりに女神様の顔面が被害を被っていた。
阿鼻叫喚と化した室内で、お姫様だけがハッとした表情になって、鑑定の水晶玉と俺の顔を交互に見比べている。
彼女の手元にある水晶玉には――【転移】という文字が映し出されていた。
「…………」
「あ、あの……? 御剣様? もしや、あれはあなたの能力――」
「――――オラァ! 転移ィィィーーーーッ!」
「きゃあぁぁーーっ!?」
俺が反射的に右手を前に突き出すと、バシュッという音と共にお姫様の身体が跡形もなく消滅した。
できた! 咄嗟にやったらできちゃった!
何となく感覚で分かったが、地球にある自宅のトイレに飛ばしたっぽいぞこれ! さっきからトイレに行くことしか考えてなかった影響かもな!
悪魔もおそらくは俺が無意識にスキルを発動させた結果、転移してあそこに貼り付いたのだろう。
「ムノー国王陛下! 姫が、いつの間にかルナリア様の姿が消えていますぞ!」
「な、なんと!? これは一体どういうことじゃ!?」
どうやら皆が黄金の柱に気を取られていたようで、俺がお姫様を転移させたことに誰も気づいていないようだ。
だが、このままでは最後に鑑定を受けた俺が疑われてしまう可能性が高い。
ならば――!
「ま、魔王の仕業だぁぁぁぁぁぁーーーーッ!」
俺は茶色の物体がぶちまけられた女神様の柱を指さしながら大声で叫んだ。
その声に呼応するように王様が「確かに魔王ならやりかねん!」と呟くと、周囲が一気にざわつき始める。
「で、では姫様も……!」
「それも魔王の仕業だぁぁぁぁぁぁーーーーッ!」
「ひ、姫様が魔王に攫われたというのか!?」
「なんということだ! 魔王め! 許せん!」
俺は全ての責任を魔王に擦り付けるため、わざとらしく身振り手振りを交えながら演説を続ける。
生徒会長として培ってきたカリスマと演説力を最大限に活用し、この場にいる全員の不安や恐怖を煽りつつ、俺へと疑念が向かないように巧みに誘導していった。
「ぐぬぬ……。ルナリアの安否は気になるが、とりあえずこの場からは一旦退室することにしよう」
「ええ、悪臭で鼻がもげそうですしね……。異世界の者たちよ、部屋を用意するので兵士に案内してもらいなさい」
国王と宰相が顔をしかめながら部屋を後にしたので、俺たちもそれに続いて退出する。
「なんかいきなりとんでもないことになっちゃったね」
「ああ……」
「ところで御剣くんのスキルって結局なんだったの?」
「いやぁ~、どうも俺はスキルを貰えなかったみたいなんだよ」
兵士に案内されて廊下を歩いていると、鹿島が興味深そうな表情で話しかけてきたので、俺は適当に誤魔化しておくことにした。
俺のスキルが【転移】だとバレたら今回の事が全て露呈してしまう恐れがあるからな。
「みんな、何だか大変なことになったけど、早く日本に帰れるように全員で――」
「御剣くん――いや、御剣。偉そうに仕切らないでもらえるか?」
「小宅……?」
俺が皆に励ましの言葉をかけようとすると、いつも教室ではボッチでおどおどしている小宅が口角を吊り上げながら割り込んできた。
「ここは異世界、力こそ全ての場所なんだ。無能力者がデカい顔するなよ」
小宅、お前……イキリ出すのさすがに早すぎない!?
いつも教室では「御剣くん、君のお陰でいじめられなくなったよ。ありがとう」とか言って俺の後ろに隠れてたくせに、チート能力貰った途端にそういうことし出すと後で絶対痛い目に遭うぞ……。
――ぐぎゅるるるぅぅ~~っ!
う、マズい! 無意識に使ったスキルだけじゃ全部放出し切れてなかったか!?
「俺、ちょっとトイレに行ってくるよ。皆は先に案内された部屋で待っててくれ」
俺はあたかも小さいほうですと言わんばかりに涼しい顔を作りながら、足早にその場を去って人気のない廊下までやってくると、周りに誰もいないことを確認してから直ぐ様【転移】を発動する。
すると、一瞬にして見慣れた自宅のトイレの中に移動することができた。
――が、しかし。
便座にはプラチナブロンドの髪をした美少女が腰を掛けており、足首までパンツを下げた格好で愕然とした表情を浮かべていた。
「…………」
「……ど、どうも」
ちょろちょろと水の滴る音だけが虚しく室内に響き渡る。
「きゃ、きゃぁぁぁーーーーーっ!?」
お姫様は悲鳴を上げながら、俺の腹に渾身の右ストレートを放ってきた。
狭い個室のトイレ内で避けるスペースなどない。俺はもろに腹部へ拳を浴び――。
「ぐぼぁぁぁーーーーッ!」
その衝撃で肛門括約筋が一気に緩み――今度こそ【転移】を使う暇もなく、俺はお姫様の目の前で盛大にケツから悪魔をぶちまけた。
――ドババババーーーッ!
「いやぁぁぁぁぁーーーーッ!」
あまりの惨劇に、再び悲鳴を上げて便座から飛び上がるお姫様。
彼女もまだ全てを放出しきってはいなかったのか、トイレの中は茶色い悪魔と黄金の液体が同時に舞い散る地獄絵図と化す。
これは俺――
だが、それと同時に……絶対に世に出せないであろう俺の暗黒の歴史を積み上げていく話でもあるのだった――。
(完)
─────
続きはたぶんありません!
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ゲ〇から始まる異世界生活 須垣めずく @mezukusugaki
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