ゲ〇から始まる異世界生活
須垣めずく
前編
う〇こが漏れそうだ。
いや、もはや漏れそうなんてレベルの話ではない。もうすでに第一波や第二波はとうに過ぎ去り、今は第五波……いや、第六波が襲来しつつあった。
全身に鳥肌が立ち、額には油をぶちまけたのではないかと錯覚するぐらい、べっとりと脂汗が噴き出ている。
斜め前の席に座る、校内一の美少女と評判の"
え? だったら、さっさとトイレ行けよって?
……できるなら俺もそうしたいさ。
ここは小学校ではなく高校の教室だ。たとえ授業中に「先生! トイレに行ってきます!」と言ったところで、う〇こマンのあだ名を付けられるような事態にはならないだろう。
だが、先生からトイレに行く許可を貰おうにも、教師一年目で初々しさ満載のゆるふわ系美人である"
「お、落ち着いてください! 今ならまだ間に合います! それを置いて話し合いましょう!」
「うるせぇぇーーッ! 俺はもうお終いなんだよぉぉぉぉ!」
猟銃を持った禿げ頭のオッサンが、凛先生に銃口を向けながら怒声を上げていた。
――そう、今現在。俺たちの教室は無敵のオッサンによって占拠されていたのだった。
何故こんな事態になってしまったのか……そこに至るまでの過程はどうでもいい。
今最も重要なことは、俺の腹の中の悪魔が今にも暴虐の限りを尽くそうと暴れ回っているということだ。
「だ、大丈夫です。人生は長いんです。これからきっといいことが沢山ありますよ! あなたはまだやり直せるんです!」
「……本当にやり直せると思うか?」
必死に説得を試みる凜先生に向かい、オッサンは低い声でそう問いかけた。
「俺は今年で50歳だ。頭は禿げて、下っ腹も出てきている。ブサイクで女にモテたことは一度もない。仕事も首になっちまったし、最近は下半身の方も元気がなくなってきちまった。一度もまともに使用したことがないのによぉ。そして、今こうやって学校に立てこもり、あんたに銃を突きつけてムショ行きが確定している俺が、本当にやり直せると思うか?」
「……え、え~と」
オッサンの真剣な問いかけに、凜先生は冷や汗を浮かべながら目を逸らした。
教室の誰もが「いや、もう無理だから。人生詰んでるから」と心の中で突っ込む。
「それで? この俺にこれからどんないいことがあるってんだ?」
「あ、え~……と。ちょ、ちょっと待ってください。今考えるので――」
「やっぱり何もねぇじゃねーかッ!」
「ひぇぇぇぇ~~っ!」
オッサンが怒鳴り、凛先生が涙目で悲鳴を上げる。そんな二人の様子を見ながら、俺は何かこの状況を打破する策はないかと頭をフル回転させていた。
だが、無情にも俺の腹の中の悪魔は、パンパンに膨らんだ水風船のように爆発の刻を今か今かと待ちわびている。
「おいそこのお前! 何スマホいじってんだよ!? まさか警察に通報してんじゃねーだろうな!?」
「ち、違いますよ! これは……その……えっと……」
突然オッサンに怒鳴りつけられ、クラスメイトの男子がビクリと肩を震わせる。
「ガキが俺を舐めやがってよぉ、ふざけんじゃねーぞ!」
次の瞬間、『パンッ!』と乾いた破裂音が教室に響いた。
オッサンがスマホをいじっていた生徒に向かって発砲したのだ。
放たれた銃弾は明後日の方向に飛び、先生の頬をかすめて教室の壁に当たったようだったが、先生は腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。
そして――
ぬおぉぉぉぉーー! 急にでけぇ音だすんじゃねーよ! このハゲーッ!
既の所で踏ん張りをきかせていた俺のダムに、限界を超えた圧力がかかる。
だが、まだ決壊するには至らない。俺の強靭な精神力が悪魔に屈することを許さなかったのだ。
「てめーら! スマホは机の上に置いて、全員後ろに整列しろ! 妙な動きをしたら……わかってるな?」
オッサンが顔を真っ赤にしながら声を荒げた。
生徒たちは皆怯えながらも、言われた通りスマホを机の上に置いて、大人しく教室の後ろへと歩いて行く。
俺も仕方なくスマホを置いて歩き出すが、一歩、また一歩と進むごとに、凶悪な波が腹の中の悪魔を揺さぶり、その導火線に火を付けようとしていた。
「おいてめー! とっとと行きやがれ! 何チンタラ歩いてんだ!!」
オッサンが額に血管を浮き上がらせて、俺に向かって銃を揺らしながら叫んだ。
それでも俺は無表情のまま、歩みを早めることなくゆっくりと進んでいく。
「す、すげー。さすが
「あのクールな表情を見て。どんな時でも冷静沈着、それが御剣くんよ」
「御剣くんなら、この状況も何とかしてくれそうな気がするよね」
「ああ、
ただ単に表情を動かす余裕すらないだけだが、クラスメイトたちは俺に期待のこもった視線を向けていた。
……ここらで自己紹介をしておこう。
俺の名前は"
その上、成績は学年トップでスポーツ万能。友人も多いし、自分で言うのもなんだがルックスもイケメンだ。
所謂スクールカースト最上位の存在である。
……おわかりいただけただろうか?
そんな俺が、もしこの場でケツから火を噴くような事態になれば、それはもう取り返しがつかない程の大惨事になるであろうことを。
なんとか教室の最後尾まで歩ききると、俺の周りにはクラスメイトたちが集まってきて、口々に小声で話しかけてくる。
「御剣くん、何か考えがあるようね」
艶やかな長い黒髪に切れ長の目。クールに眼鏡を光らせてそう言うのは、クラス委員長兼生徒会副会長の"
彼女は俺と学年トップを争う才女であり、生徒会長である俺をいつも補佐してくれる信頼できるパートナーだ。
クラスのまとめ役としても非常に優秀で、彼女に助けられている場面は数えきれない程ある。
「ああ……」
俺はキリっと表情を引き締めながら、言葉少なに返事をする。
「さすがね。この状況でよく平静を保てるものだわ」
「ああ……」
返事もそこそこに前を向くと、校内一の美少女であり、清楚系ロリ巨乳として有名な鹿島が、その豊満な胸を突き出して心配そうな面持ちで話しかけてきた。
「御剣くん、大丈夫だよね? 私たち助かるよね?」
「ああ……」
生駒と鹿島は俺の両サイドをがっちりと固め、その柔らかい身体を俺に押し付けてくる。
やめろ! くっつくんじゃあない! ちょっとした刺激でも今の俺にはやばいんだよ!
なお、さっきから「ああ……」しか言ってないが、まともに返事をする余裕がないだけだ。当然の如く、この状況を脱する考えなど何も思いついてはいない。ただその場に立っているだけで精一杯なのだ。
そんな俺の窮状を知ってか知らずか、今度は凛先生までやって来た。そして、後ろから俺に縋り付いて甘えた声を漏らす。
「御剣くぅ~ん、怖いよぉ~。何とかしてよぅ~」
「ああ……」
凛先生は、今にも泣きそうな顔で俺の背中にしがみつく。
ふわりと柔らかい感触が俺の背中を包み込み、甘い匂いが鼻腔をくすぐるが、今はむしろそれらの刺激が俺にとって毒となり、限界寸前の悪魔をさらに活性化させる。
た、頼むから……今はそっとしといてくれ……。
俺は助けを求めるように、辺りをキョロキョロと見回す。
そのときだった――
窓際で偉そうに腕組みしている男子生徒――"
奴は所謂不良のレッテルを貼られている男で、真面目な生徒会長である俺とは犬猿の仲なのだが、腐れ縁というか、気づけば何故かよく一緒にいることが多い。
不良と言っても生活態度が不真面目だったりするだけで、弱い者いじめをしたり犯罪行為に走ったりするような輩ではない。むしろそういったことを最も嫌うタイプの人間である。
容姿も非常に整っているため、硬派な不良として一部の女子からは俺以上に人気のある男なのだ。
海飛! 助けてくれ! お前の出番だ!
俺は藁にもすがる思いで必死に目配せをした。この絶望的な状況を打破できるのは奴しかいない――そう直感したからだ。
その願いが通じたのか、海飛は真剣な表情で頷くと、ポケットに手を突っ込みながら悠然とこちらに向かって歩いてきた。
そして俺の前まで来ると、まるで物語のクライマックスで主人公を窮地から救うお助けキャラのごとく俺の肩をポンと叩き――
「っべーよ……。どうすんだよぉ、御剣ぃ……。あいつ銃ぶっぱなしやがったぜ。やべーって……、み、御剣ぃ……。ど、どーすんだよぉぉ……」
「…………」
お前はもうちょい頑張れや! なんでヒロインみたいに俺の制服の裾とか掴んでんだよ!?
不良と言っても所詮はただの高校生、本物の銃の前には為す術がなかったようだ。
――ぐぎゅるるるるるぅぅ~~っ!
「うっ!?」
だ、第七波が来た! 今までとは比較にならない程の強い波! こ、これはヤバい!
俺は思わず顔をしかめて歯を食いしばり、ズボンに皺が寄るほどに股間を強く握りしめた。
くそぉ……もう駄目だ……。糞なだけに(笑)
いよいよ限界を感じ、俺の頭は知能が小学生レベルまで下がってしまっていた。もう、いよいよ神に祈るしかない。
だが、そんな俺をあざ笑うかのように、状況はさらに悪化の一途を辿っていく。
「おいお前ぇぇ! なに女子に囲まれてんだぁぁ! 俺なんて生まれてこの方、女子に抱きつかれたこともねぇんだぞぉぉ!」
オッサンが目を血走らせながらこちらへ向かって大股で歩いてくると、銃口を俺の腹に押し付けた。
や、やめろ! せめて眉間に! 押し付けるなら眉間でお願いします!
しかしそんな俺の願いも虚しく、オッサンは銃口をさらに俺の腹に強く押し込み、そのままグリグリと抉るように動かす。
終わりだ、もう何もかも……。
肛門括約筋をほんのわずかでも緩めれば、ズボンを突き破って噴出するであろう大量かつ凶悪な悪魔の塊が、オッサンだけでなく美少女や美人の先生、ついでにヘタレの不良にも襲いかかるだろう。
もはや死は免れられない。
今、俺の人生は終了した……と思った、まさにその瞬間だった――
――ピカァァァァッ!
突如、まばゆい閃光が俺たちの教室を包み込んだ。誰もが予期していなかった事態に、教室中の人間が驚きの声を上げる。
「うわあぁぁ!? なんだ!?」
「せ、閃光弾!?」
「な、何か教室の床に魔法陣みたいなのが浮かんでるんだけど!?」
「きゃーっ!」
「な、なんだこれ!? 身体が……浮いて……」
その光は徐々に大きくなっていく。そして、教室中に広がったかと思うと、俺たちの視界を真っ白に覆い尽くし――
――一瞬の浮遊感の後、俺たちは全員が見覚えのない場所に移動していた。
そこは豪華な神殿のような広間だった。足元は大理石のように滑らかで、床には金糸で刺繍された豪奢な絨毯が敷かれている。
部屋の中央には、黄金でできた巨大な柱が一本立っていた。
その柱には女神を象ったかのような彫刻が彫り込まれており、この場所をより一層神秘的な空間へと引き上げている。
「異世界の勇者たちよ! お待ちしておりました!」
そんな俺たちの前に、王侯貴族が身に着けるようなきらびやかなドレスを身に纏った少女が、満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。
年の頃は俺たちと同じくらいだろうか。腰まで伸びた銀色に近いプラチナブロンドの髪が、彼女の動きに合わせてサラサラと揺れている。
すらっとしたモデルのような体型だが、出ているところはしっかりと出ており、その容貌はまさにファンタジー世界のお姫様そのものである。
彼女の後ろには、王冠をかぶった威厳ある白髪の老人と、その周りを囲むように全身を甲冑で覆った屈強な男たちが立っていた。
なんだ!? これは一体どうなっているんだ?
俺だけでなく、クラスメイトたちや、ついでにオッサンまで全員が困惑していた。
当然だろう。さっきまで教室にいたはずが、気づいたら意味不明な空間に移動していたのだ。混乱しないほうがおかしい。
周囲を見ると、いつの間にか大勢の兵士が俺たちをぐるっと取り囲み、一歩たりともこの部屋から出さないとばかりに立ちふさがっている。
「混乱するのは無理もございません。ですが、まずは私共の話を聞いていただけませんか?」
――ぐぎゅるるるるるぅぅ~~っ!
真剣な面持ちで俺たちに語りかける少女を尻目に、俺の腹はもう何派目かも分からない警告音を発していた――。
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