これはセクサロイドである。
沼彦
泥酔している時に、セクサロイドの通販サイトを見てはいけない。
積み立て保険の満期と、気前のいいボーナスで、財布の紐はガバガバだった。
普段より2ランク高いビールの三本目を開けながら見たセクサロイドの断面図が、酔いも手伝って本当にめちゃくちゃエロく見えてしまった。
全身図は乗っていないが、友人に改造屋がいたので特に気にせず、安くはないそれを一括払いでポチッと買ってしまった。
翌朝にはその事を忘れ、二週間後にそれが届いた。
配送業者は、きっと冷蔵庫だと思っただろう。
梱包を解いても、やはり冷蔵庫にしか見えなかった。
偽装のためか、それとも家電フェチへのサービスか。
冷蔵庫そっくりのドアを開けると、中身の第一印象は、食肉倉庫だった。
香料で誤魔化された溶剤のにおいがうっすらと漂ってくる。
赤茶色の襞が、ヒラタケみたいにびっしりと並び、壁を埋め尽くしている。
襞を握ってみると弾力は全く無く、指がずぶずぶ埋まっていく。
説明書を読むと、製品名は『ねっとり丸呑みリヴァイアサン 11』らしい、大人気シリーズなのだろう。
これは、どうやら中に入るもの…らしい。
中に入ってどうするのかは書いていなかった。
試しにコンセントを入れると、ブゥーンとコンプレッサーが回り、ピンクのライトに照らされながら平べったい襞が膨らんでいく。
再び触ると、今度はしっかり弾力があり、座った後の椅子みたいに生暖かい。
よく見ると、上部と下部の襞はグパァと開閉する仕組みになっている、ハッチも付いている。もしかしたら横倒しにしてゴソゴソ這って入るのが正しい作法なのだろうか。
未知との遭遇に困惑していると、ドアチャイムが鳴った。
俺は素早く『ねっとり丸呑みリヴァイアサン 11』のドアを閉めた。
また配送業者だ、どうやらサービスでローションも付けてくれたらしい。
しかもドラム缶一本まるごとだ、ありがたくて笑いも出ない。
ローションの製造元には見覚えがあった。あの会社、こんなものも作ってるんだなあ…すこしづつトイレに流すか、でも殺菌ローションだし、何かに使えたりしないかな。
毒々しいピンク色のドラム缶は一旦忘れて、それなりに強い態度でメーカーに電話した。
けれど法的にガチガチに守られた【返品不可】を前にして、俺はこのおぞましい怪物と共存する以外に道は無いと悟った。
幸いにも本物の冷蔵庫を買っていなかったので、怪物をゴトゴト傾けながら動かし、台所の適切な位置に押し込むと、元々冷蔵庫そっくりなので異物感は全く無かった。
意を決して入ってみると、センサーが働き、グチュグチュした気色悪い粘液の合成音が流れて無機質なコンプレッサーの音を掻き消した。
内部は生暖かくて柔らかい、冬場なら横に倒してベッド代わりに使えるのではないだろうか…いや、かなりアリな気が…頑張れば、いけるかも…
必死に自己暗示を掛けていると、システム音声が流れた。
「ローションを補充してください(CV:ずんだもん)」
同時に、襞が全身を締め付けるように膨らみ、気持ち悪く蠕動を始めた。
蛇か何かに呑み込まれたのを再現しているのか、下へ押し込むような動きだ。
技術力が不快なほど高く、本当に蛇の中を落ちている気がしてくる。
「ローションを補充してください(CV:ずんだもん)」
ドアの襞をかきわけてコントロールパネルを見つけるが、どうも蠕動も(CV:ずんだもん)も止められないらしい。
ちなみに今は、デスワーム(クラシック)モード・最弱、だそうだ。
「ローションを補充してください(CV:ずんだもん)」
とても眠れる状況では…いや、休憩くらいなら…ライトは付いているから…ピンク色だけど…
「ローションを補充してください(CV:ずんだもん)」
温度設定はあるが、事故防止のためなのか、生暖かさの度合いしか弄れないらしい。
「ローションを補充してください(CV:ずんだもん)」
じゃあ夏場はどうすんだこれ、逆に危ないぞ、故障して出られなくなったら…
「ローションを補充してください(CV:ずんだもん)」
出られなくなったら…ここで?
死ぬまで?
ずんだもんと?
「ローションを補充してくだ」「ウゥアアアーーーー!!!」
精神が何かの限界を迎え、全力でドアを蹴り開け、怪物から逃げ出してベッドに倒れ込んだ。
あれは駄目だ、こんなストレス生産装置を欲しがるヤツがいるのか?
いや、むしろストレスを買うやつらがいるのか。
しかも、量産して利益が出るほど大量に…
やはり本当に恐ろしいのは人間だ、人類の罪を実感させられ、何もかも嫌になった。
もう今日は寝てしまおう、今だけは怪物を忘れて、普通のベッドのありがたみを感じよう。
その晩、寝室の窓ガラスを叩き割り、全身を怪我した銀髪の美少女が飛びこんできた。
その少女が言うには、悪の組織が創り出した怪物に襲われているらしい。
俺も悪の組織が創り出した怪物に襲われているので、少女には親近感を覚えた。
社交辞令として助けになれないか聞くと、組織から身を隠しつつ、全身を殺菌できる装置が必要らしい。
もし助けてくれるなら、なんでもする、そう言った、確かに言った、俺は聞いたぞ。
俺は彼女を冷蔵庫に押し込み、殺菌ローションを補充してずんだもんを黙らせた。
そして翌朝、彼女に冷蔵庫とドラム缶を背負わせて追い出し、平和なキッチンでコーヒーの湯を沸かした。
これはセクサロイドである。 沼彦 @ykb
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