ちぐはぐな呪い

ちぐはぐな呪い

2021.12.16 AM 3:46


神倉かみくら県警久名ぐな警察署

第3取調室で行われた事情聴取記録

・不審人物による府屋ふや神社敷地内への侵入及び器物損壊について



ええっと、今日は12月の——ああ、もう年末か、寒さも増してきたしなあ。


ええと、あんた、名前は――


うん、フジタ―ユミコさん、藤の花に田んぼで、ああ、ユミはアローの方の。

で、あ、待って藤田さん、寒くねえかその恰好で。

おおい山下、なんか、羽織はおるものっつうの、そんなのないか。

うん――ああ、ありが――おいこれ、交通整理ん時の防寒着じゃねえか。ほかにもっとマシなの―まあ、まあいいかこれで。


それでっと――まあ、何をしに神社の敷地に入ったのかは、何となく判るよ。うん、その、あんたの持ってたハンマーと釘を見りゃな、何となくはな。


うん、うん、ああなるほど、男が浮気したと。それで、コレを。

まあなあ、あんたの気持ちは解らなくもないけどな藤田さん、だからっつってこんな時間に、

神社の敷地内に入っていいことにはならんだろ。ましてや、一応ご神木なんだからな、釘なんぞ打ったら立派な器物損壊罪だ。


うん、まあ、神社側も被害届は出さないだろうけどな――


うん?いや、そりゃ知ってるさ、俺がガキの頃にも怖い話の本に載ってたよ、うしこく参りだっけか。でもなあ――いやまあ、やろうとしてたことは判るよ、でも、木槌と五寸釘を使うんじゃないのか、こういうのは。


これ――思いっきり金属製のハンマーだし、釘も短すぎるだろコレ。百円ショップで売ってそうな――ああ、やっぱそうか。

まあ、刺せりゃ問題ない――のか、よく判らんな。


あと――丑の刻参りの時は白い着物着るんじゃなかったっけ、白装束っつうの。

うん、いやそうだよ色は白いよ、その服も。


でもそれ、ジャージだろ今着てんのそれ。


ああ、色は同じだから問題ないと。でもなあ、雰囲気もんだろこういうのは。

まだ浴衣ゆかたのほうがそれっぽいだろ、まあ、この時期は寒そうだけどな。


あとな、あとこれ念のため聴くけどな、この、あんたが頭の上に載せてたってやつ――

ああ――やっぱ五徳ごとくか。うん、うん、いや合ってるよ、五徳を頭の上に乗せるってのは合ってるよ。


でもなあ、これアレだろ、ガスコンロの、薬缶やかんとか乗せるとこの金具だろ。


いやそうだよ、これも五徳って名前だけど、違うんだよなあ、イメージと。

あのな藤田さん、あんたのやろうとしてた事な、それで使う五徳ってのはアレだ、もっとこう、脚の部分が長い奴なんだよ、で、そこに蝋燭ろうそくを立ててだな――そうだよな蝋燭持ってないわな、もういいよ大体は聞いてるから。


この、コンロの五徳にくくり付けてたんだろ、その、ライト代わりにスマホを。


もう、いくらなんでも手ぇ抜きすぎだろ。


あとこれな、これも念のため聴くんだけどな、口にくわえてたってのはコレで間違いねえのか。


ああ――やっぱり。


あのなあ、剃刀かみそりの刃なんだよ、口に咥えとくのは。だけどあんたが咥えてたのは――


――爪切りだろコレ。


他に無かったのか、刃物は。

うん?ああ、銃刀法違反になるかもって?

いや、そこまで気が回るのに、なんで妥協するかね爪切りで。


うん、まあそうだよ、大体合ってるよ。でもなあコレ、呪いっつうの、ソレを託される側も

困るだろこれ。本気なのか手抜きなのか判断つかんだろ。


いやまあ、こんな事したって何もならんさ、呪いなんか効くわけねぇんだから、でもなあ、雰囲気大事にしないとなあ――


あん?ははは、確かにそうだな、俺がこだわる事じゃねえわな。

ただまあ、随分ずいぶんちぐはぐな呪いだなって、その、神様?神様が呪ってくれるのかね、まあいいや、その、呪いの願掛けされた方も、困っちまうんじゃねえかと思ってな。


通報された方も驚いたと思うぞ、大体はわかるけど、実際のところ何をしてんのか、ギリギリわからんからな、こんだけ手抜きの丑の刻参りじゃ――





以上が、数年前に警察の知り合いから聞いた奇妙な器物損壊事件の顛末てんまつである。


やる気があるのかないのかさっぱり判らない内容に、取り調べにあたった上司が戸惑っていたのが可笑おかしかった―そう苦笑する知り合いにつられて、私も思わず笑ったものだ。


ただ――


ある事件が発覚してからずっと――

この話は私の心に、妙に引っかかったままだ。


――2年前に発生した神倉県西域地震。

マグニチュード7、最大震度6を記録したこの地震は、県内各地に甚大な被害をもたらした。

倒壊した多くの建物の中には、先述の話に出てきた府屋神社も含まれている。

そのがれき撤去作業の際に、境内の床下から厳重に封がされた小振りの木箱が発見された。


箱の中には、ぬいぐるみとお守り、そして布で何重にも包まれた生後間もない――小さな遺体が収められていたという。



私の想像、いや、妄想と言っても良いが――



仮に望まぬ子が生まれたとして、その遺体を山中などに遺棄するのも忍びなく、かといって

警察への通報を恐れて寺や神社等に引き取ってもらうわけにもいかなかった場合に。


我が子の遺体が、少しでも安寧あんねいに過ごせる場所で眠れるようにと。


考える時間も少ない中、怪しまれることなく夜の神社へ侵入する方法を必死に考えたのだとしたら――



あれは、呪いを偽装した姿だったのか。



それとも、呪いとは真逆の想いを込めた願掛けだったのか。




いずれにせよ、その目的が果たされたのだとしたら――




その願いは何処どこへ辿り着いたのか、私には想像することもできなかった。





(了)

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ちぐはぐな呪い @gajagaja

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