第68回の異世界転生

@yami1

第1話『女神に死宣告された俺、68回目の異世界人生は今日から』


「私は女神ナヤ・ラトテプよ。ここは死後の世界、グリーンさん、あなたは死んだわ」


目の前の女神と名乗る少女が、淡々と俺の人生に終止符を打った。


俺は……死んだ?


実感がまったく湧かない。彼女が冗談を言ってるだけに思える。


でも、もしこの世に本当に神がいるなら、きっと彼女のような姿なんだろう。


世俗を超越した美しさで、この世のものとはまったく違う。まるで「美」という概念そのものが具現化したようだった。


黄金の長髪は光で織りなした滝のように流れ、全身からは冒涜を許さない神々しい気配が漂っている。


薄金色の羽衣に包まれた彼女は椅子にもたれかかり、くつろいだ姿勢を取っていたが、そこからは少しもみだらな感情は湧いてこなかった。


彼女は自身の髪色と響き合う澄んだ青い瞳を瞬かせ、指先でぼんやりと頬を軽く叩きながら、静かに俺を見つめていた。


記憶をたどろうとしたが、頭に浮かんだのは断片的な欠片だけ。


「僕が……死んだ?」


「ええ、正確には67回も死んでいるのよ」彼女の口調は相変わらず平坦だった。


67回? まったく理解できない。


「はあ……毎回転生するたびに説明し直すの、ほんとに面倒」彼女は少しイライラしているようだった。


でもすぐに、自分から納得したように続けた。


「まあ、あなたのせいじゃないわ。記憶を消したのは私だからね」


「67回も死んだって……どういうことですか?」


「つまり、あなたはこの世界の“真実”を見つけなきゃいけないの。今までの67回は全部失敗して、やり直しになってる。毎回“失敗”するたびに、あなたはあの世界で死に、魂がここに戻ってきて、記憶を消されて、また始まるの」


67回の死と転生……その記憶はまったくないけど、魂の奥底で何かが揺さぶられる感覚があった。


転生に対する心底からの嫌悪感——記憶を失った今でも、俺の体は転生を本能的に拒絶しているみたいだ。


「なぜ僕なんですか? 転生を断ることは?」


「断る?」彼女は首をかしげた。金髪が肩を伝って流れ、疑いようのない微笑みを浮かべた。


「あなたの“人生”はもう終わったの。だから選択する権利なんてないわ。ただ、あなたの魂はまだ使えそうだから、選ばれただけ」


「もちろん、転生した後で自殺したければ、誰も止めないわ。ただ数字が68になるだけだからね」


なんて無情な神様だ。


「それに、あなたはただの人間でしょう? アリに道理を説くことがある?」


俺は言葉を失った。


「はいはい、愚痴るのはそこまで。今回もアシスタントを用意してあげるから」彼女は話題に飽きたようで、軽く手を叩いた。


斜め後ろの空間に波紋が広がり、小さな人影が歩み出て、俺の前に静かに立った。


俺は呆然とした。


彼女とほとんど瓜二つの顔だった。ただ、線がより柔らかく、年齢は若く見え、背も一頭分ほど低い。


同じく輝く金髪、同じく澄んだ碧眼。でも彼女からは、もっと親しみやすい気配を感じた。


「彼女はアリス。あなたのあの世界での案内役よ」女神はアリスの髪を撫でながら、口調を軽くした。


「私をモデルに作った人形だから、可愛いでしょ? ああもう、この子は本当に可愛すぎる——」


彼女は猫を撫でるようにアリスの髪をくしゃくしゃと撫でながら、アリスはおとなしく目を細め、口元には満足げな微笑みさえ浮かべていた。


……この女神、本質的にはどうも少しふざけてるようだ。


俺の視線に気づいたのか、彼女は手を離し、軽く咳払いをした。


「アリスはあの世界の基礎知識を持ってるから、わからないことがあったら彼女に聞いて。毎回あなたが忘れちゃうけど、今回は彼女が初期の危険をいくつか回避してくれるかも」


背の低い少女は丁寧にお辞儀をし、上げた顔には、青い瞳に一抹の活気が宿っていた。


「よろしくお願いします、ご主人様。しっかりお手伝いします」


「あ、よろしく……」俺は少しあたふたした。


「ほら、またそんな風に。可愛い女の子に出会うと、すぐにあたふたしちゃうの?」


「いや、ただ……どこかで彼女に会ったような気がして……」


「会ったことある? そんなことないでしょ。こっちに来て」


彼女に押されるように、地面に浮かび上がった不思議な魔法陣の中に立たされた。


魔法陣の紋様は流れる光で構成され、複雑で古めかしい。両足が完全に陣中に入った瞬間、光芒が急に増した。


「んー、多分まだ使えるみたい」空中に浮かび上がった幾筋かの光の紋様を見ながら、彼女は満足そうにうなずいた。


「“多分”って……神様としてもう少し責任持ってくださいよ」悲惨とも言える“経歴”を聞かされた俺は、つい口に出してしまった。


「うるさいわね、人間」彼女は口をとがらせた。


「もう68回目なんだから、流れくらい覚えてよね?」


魔法陣の光はリズムを持って脈動し始め、次第に強くなり、エネルギーが周囲に集まり、低く唸った。


体が徐々に重さを失い、この光に溶けていくようだった。


「あなたたちの最初の目的地は、妖精の郷——メリウェルの森よ。あそこのエルフや獣人はだいたいいい人たちだから、彼らの信頼を得て、そこから世界を探し始めて」


「最後に、特別なプレゼントとして……」女神の声が、ますます強くなる光を突き破って聞こえてきた。同時に、懐中時計がひとつ、俺の目の前に浮かび上がった。


「これは“いいもの”だからね? 大事にしなさい」


「待って——!」


言葉が終わらないうちに。光が全ての感覚を飲み込むほどに強烈になった。ぼんやりとした中で、かすかなため息のようなものを聞いた気がした。


「……今度は、もう少し長く生きてよね」


その瞬間、意識は完全に闇に包まれた。


再び目覚めた時、体の下は湿った草の葉と肌に刺さるような小石だった。鼻先には土の匂いと腐った植物の臭いが漂っていた。


必死にまぶたを開けようとした。視界はかすみ、頭は割れるように痛む——これが新世界の第一印象か? スタートが少し惨めすぎる。


「ご主人様、お目覚めですか」少女の声が近くで響いた。


振り返ると、アリスが俺のそばの草地に座っているのが見えた。金色の長髪が少し草の葉に垂れ、澄んだ青い瞳が静かに俺を見つめている。


彼女の手が俺の手首に軽く触れ、その感触は少し冷たかった。


「アリス……ここは?」


「メリウェルの森東側外縁部です。初期エリアへの到達は成功しました」


「ご主人様のバイタルサインは安定していますが、軽い擦り傷と魔力適応性の乱れによるめまいがあります。しばらく激しい活動はお控えください」


俺はひじで体を支えようとしたが、めまいがすぐに襲った。アリスは適時に肩を支えてくれた。


「ありがとう……」息を整え、周囲を見回した。


背の高い木々が空を覆い、林間の光は薄暗く、静寂の中に重苦しさが漂っている。空気には、土と腐葉の匂いに混じって、何か別のものが混ざっているようだった……


それは、かすかで、不安を覚える生臭さ。


その瞬間、アリスが俺の肩を支える手を一瞬だけ強く握りしめた。


「魔化した狼です、二匹」


彼女の視線の先に目を向けると、心臓が一瞬で凍りついた。


遠くない茂みの陰で、二つの濁った暗赤色の光が灯った。


そして、大きくがっしりした、毛皮が汚れた「狼」が二匹、体を低く伏せながら、ゆっくりと歩み出てきた。


目は殺伐とした赤い光に満ち、口元には粘り気のある涎が垂れ、皮膚には黒い血管のような隆起した模様が浮かび、吐き気を催すような微かな黒い気を漂わせている。


魔物だ!


彼らはすぐには飛びかかってこない。十数メートル先で立ち止まり、喉の奥で低く持続的な「ウゥ……」という威嚇音を響かせ、暗赤色の目はアリスと俺をしっかりと捉えている。


二匹は少し離れ、ゆっくりと動き回り始めた。足取りは慎重だが威圧感に満ち、獲物を評価し、隙を探っているようだ。


その理性のかけらもない嗜虐的な目つきに背筋が凍りつき、恐怖と衰弱で体が震えた。これが現実の異世界か。死の匂いを確かに嗅ぎ取れる危険な状況だ。


「ア、アリス……」声がかすれた。「君は……戦える?」


アリスの視線は魔化した狼から離さず、冷静に答えた。「ご主人様、私はまだこの世界の魔法理論に関する知識を受け取っておりません。素手でこの二匹の狼を倒せる確率は10%です」


彼女の分析は冷静だったが、それによって状況がいかに絶望的かもわかった。10%未満の勝算? ほとんどゼロに等しい。


にらみ合いが続く。俺は大きな動作をせず、彼らを刺激するのを恐れた。アリスは俺を半ばかばうように背後に立ち、防御の姿勢を取った。


二匹の魔化した狼もためらっているようだった。アリスが放つ人間離れした気配に警戒しているのか、それとも俺たち二人の「獲物」の状態が奇妙だと思っているのか。


時間が一秒一秒と過ぎていく。一秒一秒が引き延ばされたように感じられる。


自分の荒い息遣いと鼓動のような心音が聞こえ、手の平は冷や汗でびっしょりだ。ここで死ぬのか? 68回目の人生が、開始数分で狼の餌食に?


「ご主人様、後で私が彼らの注意を引きつけます。その隙に逃げてください」


「そんなことできないよ、どうして君を置いて逃げられるんだ」


「ご主人様、私はただの魔法人形です。私の機体を惜しまず、これが最善の判断です」


「それが最善の判断なのか……」


今回の転生の始まりが、彼女的犠牲を代償にしなければならないのなら……


それなら、いっそ最初からやり直した方が……


魔化した狼の一匹が前足で地面をかき始め、体をさらに低く伏せ、いっそう焦燥感を込めたうなり声を上げたその時——


「ヒュッ——パシッ!」


風を切る音が響き、続けて鋭い鞭打ちの音! エメラルドグリーンの蔓が一匹の魔化した狼の鼻先に容赦なく叩きつけられた!


「ウォゥ!」魔化した狼は痛みで飛び上がり、怒り狂って蔓が飛んできた方向に牙を剥いた。


「その場に動かないで!」澄んだ、命令口調の女の声が、斜め上方の木影から聞こえてきた。


驚いて上を見上げると、中肉中背のエルフの少女が、遠くない太い木の枝の上に立っていた。


深い茶色の長髪で、尖った耳が見え、動きやすい服装をし、指先には淡い緑色の光がまとわりついている。


鋭い視線が俺たちと魔狼を素早く見渡し、眉をひそめた。


「ノエル、左は任せた、私が右を制御する」エルフの少女は早口で下方に言った。


「わかった」少し冷たい少女の声が返事をした。


ほとんど彼女の言葉が終わらないうちに、左の茂みが微かに動き、小さな影が幽霊のように滑り出た。


獣人の少女で、浅い亜麻色の短髪、頭の上には警戒して立った赤い獣耳が一対。


精緻な顔立ちだが、琥珀色の瞳には冷たさと警戒心が満ちていた——特に俺を一瞥した時、その目つきに込められた拒絶はほとんど隠しようがなかった。


彼女の視線はアリスの上に一瞬留まり、捉えがたい好奇心を一瞬よぎらせたが、すぐに魔物の方に戻った。


両手に冷たい光を放つ短剣を一本ずつ逆手に持ち、体を低く伏せ、まるで飛びかかろうとするヒョウのようだった。


「縛り根!」木の上のエルフの少女——イリスが低く詠唱し、指を右側の魔化した狼に向けた。


地面が微かに震え、数本の太い棘つきのエメラルドグリーンの蔓が土から突き出し、素早くその狼の四肢と腰に絡みつき、がっちりと固定した。


魔化した狼は狂ったように暴れ、噛みついたが、蔓は異常にしなやかで強かった。


蔓が発動したその瞬間、獣人少女ノエルが動いた。


速さは残像しか見えないほど。左側の、拘束されて少し狼狽している魔化した狼の攻撃範囲に、正確に切り込んだ。


魔狼が怒り狂って噛みつこうとした時、信じられないほどの敏捷さで体をかわし、左手の短剣で鋭い爪を払い、右手の短剣は毒蛇の舌のように下から上へ、魔狼の顎に突き刺さった。


「ズブッ」という軽い音。魔狼の咆哮は不意に途絶え、大きな体が痙攣しながらばったりと倒れた。


一匹を片付けても、ノエルは一瞬のためらいもなく、足で地面を蹴り、蔓に拘束されたもう一匹に飛びかかった。


両手の短剣が交差し、冷たい銀色の弧を描き、正確にその喉を切り裂いた。


暗く赤黒い汚れた血が噴き出した。二匹目の魔狼ももがきを止めた。


戦闘は電光石火のうちに終わった。


空気には重い血の匂いと、魔物特有の腐敗臭が広がっていた。


俺はぼう然と見つめていた。生死をさまよった後の虚脱感と、この鮮やかな殺戮を目の当たりにした衝撃が入り混じり、頭が真っ白になっていた。


アリスは完全に立ち上がり、依然として俺の半歩前に立ち、収束の姿勢を取ったノエルと、木から軽やかに降りたイリスを静かに見つめていた。


ノエルは短剣の汚れた血を振り払い、慣れた手つきで皮の鞘に収めた。


魔物の死体をほとんど見ず、顔を上げ、視線を再び俺とアリスに走らせた。


「どうした、怖気づいたの? 人間?」容赦なく俺をあざ笑った。


アリスを見た時、目には好奇心と探るような色が浮かび、鼻がほとんど見えないほどわずかに動いた。


だが、視線が俺に戻ると、その好奇心は瞬時に冷たさと警戒心に取って代わられ、耳を後ろに倒し、尻尾をいらだたしげに軽く振った。


イリスが歩み寄ってきた。手にした緑色の魔力の光はゆっくりと消えていった。


まず周囲を見渡し、他の魔物がいないことを確認してから、初めて正式に俺たちに目を向けた。特にアリスの上に少し長く留まり、目に一抹の驚きが走った。


「お二人とも大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」イリスの口調はまだ温和だった。


「は、はい……助かりました」あわててお礼を言い、声にはまだ震えが残っていた。アリスも軽く会釈をした。


「私はイリス、エルフのレンジャーよ。彼女はレッドウルフ族のノエル」イリスは簡単に自己紹介し、それから尋ねた。


「こんな時間に、どうして森の奥深くに二人だけでいるの? それに……こちらは?」視線は再びアリスに。


アリスは半歩前に出て、冷静に答えた。「私は人形のアリスと申します、ご主人様の従者です。事故に遭い、旅の一行とはぐれ、道に迷いました。ご主人様は少し驚きと打撃を受け、記憶にも影響があるかもしれません」


「従者? 人形?」ノエルはついに口を挟んだ。アリスを見つめ、目が輝いている。


「本物みたい……人間の技術ってそんなにすごいの?」アリスの両手を掴み、じっくりと観察し始めた。


「ノエル」イリスは軽く制止し、申し訳なさそうに笑いながら説明した。


「ごめんなさい、ノエルは森の外のものにとても興味があるんです。この森は夜はとても危険だから、行く場所がないなら、まず近くの村まで来て、一晩休んだらどうですか」


俺はアリスを見た。ほとんどわからないほどうなずいた。


「では……お世話になります」ほっとした。


「あ、そうだ。まだお名前を伺っていませんでした」


「グリーンと呼んでください。えっと、あの狼の死体から漂っている黒い気は何ですか?」


「“魂”というものをご存じないのですか?」


「す、すみません……」


「いえ、責めているわけじゃないんです……咳。魂とは、命が消えた後に残るものです。強い命が残した魂はこのように気の塊を形成します」


「では、この魂にはどんな用途が?」


「魂は万物の精であり、“養”と“煉”に使えます」


“養”とは、魂を利用して自身の身体能力と魂の強度を高めること。


“煉”は、魂を使って魔法装置や武器の強度を高めることを言います」


さっき彼女が腰の剣を使っていた時、あれは“煉”魂だったのか。なるほど。


ノエルが傍らで言った。「二匹の狼に怖がって記憶まで失っちゃったの? 本当に役立たずな人間だな……」


「ノエル!」


イリスに名前を呼ばれて、彼女は「ふん」と言い、それからどこかへ歩き去った。


イリスは携帯の小さな袋から葉っぱに包まれた食べ物を取り出した。「すみません、グリーンさん、彼女の言葉は気にしないでください。まず何か食べて落ち着きましょう。村に戻るにはまだ少し歩きますから」


「大丈夫です、ありがとうございます」まだ温かいパンを受け取り、一口かじった。混合穀物の素朴な味が、少し安心させてくれた。


アリスも一切れ受け取り、よく見てから、俺の合図で象徴的に一口味わい、イリスにお礼を言った。


ノエルは自分でパンを取り出して黙々と食べていたが、時折アリスを横目で見ていた。特にアリスが“食事”をしている時、その目つきは一層注意深くなった。


だが、俺の視線に気づくと、すぐに顔を冷たくして、そっぽを向いた。


出発しようとした時、胸が軽く震えた。


懐中時計だ。


無意識に取り出した。古めかしい真鍮のケース、精巧な蔓草の模様、木漏れ日の下でひときわ目を引いた。


「ん?」さっきまでそっぽを向いていたノエルが、耳が鋭敏に動き、振り返った。


俺の手にした懐中時計を見た時、琥珀色の瞳が明らかに輝き、体も思わず前のめりになった。


だが、すぐにまた足を止め、顔に一瞬の葛藤と自制が走り、ただ目だけで懐中時計をしっかりと見つめ、低くつぶやいた。


「……人間の時計? すごいみたい……」


アリスの視線が懐中時計に落ちた。青い瞳に一筋の光が走った。


手を伸ばした。「ご主人様、この懐中時計は、こう使います」


ノエルが急に大きく見開いた好奇心に満ちた双眼の注視の下で、俺自身の期待と緊張の入り混じった視線の中、彼女は懐中時計を受け取り、ためらうことなく地面に叩きつけた!


「ガチャン!」


「あっ!」ノエルが短く軽い声を上げ、顔には理解できないと惜しむ表情が浮かんだ。


しかし、次の瞬間、無傷の懐中時計が再び俺の手の中に現れた。


そしてノエルの顔の表情は、さっきまでの好奇心に満ちた様子に戻っていた。


アリスはもうイリスの方に向き直り、俺が食べ物で落ち着く必要があるという理由で、自然にもう一枚のパンを受け取り、俺に確認の一瞥を投げかけた。


「イリスさん」


アリスは少し困惑しているエルフの少女の方に向き直った。


「ご主人様が少し疲れてぼんやりしているようです。ベリーパイはまだありますか? 少し食べ物を補給したら、よくなるかもしれません」


「え? もちろんありますけど……」


イリスは袋からもう一枚の葉っぱに包まれたパンを取り出し、俺に渡しながら、アリスを少し訝しそうに見た。


「でも、アリスさんはどうして私が食べ物を持っているってわかったんですか? 何を持っているかまで……」


「私は高性能の人形ですから」アリスは淡々と答えた。


手の中の無傷の懐中時計を見て、背筋に冷たいものが走った。


ノエルの好奇心に満ちた表情。イリスが自然にベリーパイを渡す動作。


全てがさっき起きた「あの一幕」とまったく同じだった。


いや、もしかすると、「まだ起きていない」あの一幕と同じ、と言うべきか。


しかし、アリスのあの一瞥によって、さっきが幻覚ではなかったと確信した。


彼女は覚えている。何が起きたか知っている。


この懐中時計は……


「ありがとう」


イリスから渡されたパンを一口かじった。ベリーの酸味が舌の上で弾け、ほんのりとした甘みがあった。


感触、味、肌をそよぐ微風の感じ。


全てがあまりにも現実的で、夢のようには思えなかった。


「ご主人様、少しよくなられたようですね」アリスの声が響き、何事もなかったかのように平静だった。


「そろそろ出発しましょう。日没後の森は確かに危険です」


口調は自然に会話を本来の流れに戻した。


「そうね、急がなきゃ」イリスはうなずき、次第に西に傾く太陽を見た。「こっちよ。道はあまりよくないから、足元に気をつけて」


先導して歩き出し、ノエルはそばについて、尻尾をぴょこぴょこと振った。


立ち上がり、懐中時計を注意深く内ポケットにしまった。


「アリス」声を潜め、イリスたちから数歩離れた後ろを、彼女と並んで歩きながら。


「何かご用でしょうか、ご主人様」


「さっき……」


「懐中時計は時間を遡る能力を持っています」


「一回で5分間遡れます。最大二人の時間を遡ることができ、装置のクールダウンは24時間です」


「壊したのは、テストのため?」


「はい、この懐中時計の使用法は、それを壊すことです」


黙って歩きながら、この情報を消化した。


時間遡り。


たった5分。クールダウン24時間。


「君は……どうやってそれをテストすべきだとわかったの?」


アリスは俺の方に顔を向けた。金色の髪が木の葉を抜ける夕日の光の中で柔らかな輝きを放っていた。


「私の核心指令は“ご主人様がこの世界を探求するのを支援する”ことです。そのために、私はご主人様の全てを理解する必要があります」


指令……


彼女とほんの短い時間しか過ごしていないが、彼女がただ作られ、需要を満たすために存在する人形だということを意識するのは難しい。


黙って懐中時計をしまった。ただ、この懐中時計は前の67回でも現れたことがあるのだろうか?


そして俺はそれを使って何かをねじ曲げ、結局は失敗したのだろうか? 疑問が重くのしかかる。


イリスについて森の奥深くへと歩いていった。ノエルが一番前に歩き、俺たちとは微妙な距離を保っていたが、彼女の耳はいつも時折ピクッと動いていた。


俺たちの動きを聞いているのだとわかっていた。


「ここを見て」前方からイリスの声が聞こえてきた。


茂みを抜け、目の前の景色が開けた。


なだらかな斜面が下に延び、そのふもとに小さな村が建っていた。


数十棟の木造や石造りの家が散らばり、屋根には分厚い干し草や板が敷かれ、煙突からは細い炊煙が立ち上っている。村の周りには粗末な木の柵が巡らされ、小川が村の脇を蛇行している。


さらに遠くには、森が深緑の城壁のように、この小さな居住地を取り囲んでいる。


そして最も目を引くのは、村の中心にある異常に背の高い木だった。


樹冠は傘のように広がり、枝葉の間にはその上に建てられたツリーハウスのプラットフォームがちらりと見える。その木はかすかで柔らかな蛍光の緑色の微光を放ち、薄暗くなりつつある空の中でもはっきりと見える。


「あれが村の神木で、私たちエルフの集落の象徴でもあるの」イリスが説明し、口調に淡い誇りがにじんでいた。「自然の魔力を放っていて、弱い魔物を追い払い、土地をなだめ、作物の成長を助けてくれるの」


「きれい……」思わず感嘆の声が漏れた。この光景はどんな想像よりも現実的で心を動かされた。


なだらかな斜面の小道を下りていった。


村に近づくと、田んぼでまだ働いている人々が見え、数人のエルフの子供たちが小川のそばで遊んでいて、俺たちを見ると好奇の目を向けた。


村の柵の門は開いていて、門番は長槍にもたれかかる、少し年配の男性エルフだった。


イリスを見ると、顔に笑みを浮かべた。


「イリス、ノエル、帰ってきたか。任務は順調だったか?」


「順調でした、バルドル師匠。途中でこの二人の旅人に会って、事故に遭ったそうで、村に一晩泊まりたいそうです」イリスはそう言いながら、俺たちを紹介した。


バルドルの視線が俺とアリスを一瞥し、特にアリスで少し長く留まったが、すぐに穏やかな表情に戻った。


「遠くから来られた客人よ、ようこそ。最近は森の外れが確かに穏やかじゃない。入りなさい、もうすぐ日が暮れる」


お礼を言い、村に入った。足元の道は固められた土の道で、両側の家々の窓からは温かいオレンジ色の灯火が漏れていた。数人の村人が好奇の目で俺たちを眺めたが、目つきはだいたい友好的だった。


ノエルが今は俺とアリスの斜め後ろ少しの位置にいて、もうイリスにぴったりくっついていないことに気づいた。


少し歩みを緩めて彼女に話しかけようとしたが、ウサギのように「すっ」と小走りでイリスのそばに戻ってしまった。


しかし、振り返って歩き出すと、またあの好奇の視線が背中に感じられるのだった——主にアリスに向けられ、時折、懐中時計をしまったポケットも一瞥される。


イリスは俺たちを連れて、真っ直ぐに村の中心の光る巨木へと向かった。木の下には他の家より少し大きめの二階建ての木造家屋があり、ドアの前にはランタンが掛かっていた。


「村長おじいさん、戻ってきたよ!」ノエルが先に駆け寄り、ドアをノックした。


ドアが開いた。簡素なリネンのローブを着て、ひげの真っ白な老エルフが現れた。眼鏡をかけ、手には羊皮紙の巻物を持っている。


「おお、イリスとノエルか。入りなさい、このお二人は……」温かい目が俺とアリスの上に落ちた。


イリスはまた俺たちの“遭遇”を説明した。


老村長——エルロンと呼んでくれと言った——はそれを聞き、うなずき、俺たちを家に招き入れた。室内の調度は簡素だが整頓されていた。暖炉には薪が燃え、夜の涼しさを追い払っていた。


「座りなさい、子供たち」


エルロン村長は座るよう促し、それからキッチンの方に向かって声をかけた。


「リア、夕食をあと二膳用意して!」


キッチンから女性エルフの応答が聞こえてきた。


「ありがとうございます、村長さん」


夕食はシンプルな野菜のポタージュとライ麦パンだったが、温かい食べ物が胃に落ちると、ようやく生き返ったような気がした。


ノエルは食事が早く、ただ時折琥珀色の目で俺を観察し、何か言いたそうな顔をしていた。


「あの……人間、前に旅した時、私みたいな獣人に会ったことある?」聞き終わるとすぐにうつむき、しかし耳はピンと立っている。


スプーンを置いた。


「すみません、多くのことは覚えていなくて」苦笑いしながら嘘をついた。


顔はまた赤くなったが、今回は軽く首を振り、声はさらに小さくなった。「役立たずな人間……」


尻尾は話すリズムに合わせて軽く揺れていた。


アリスは人形なので食事の必要はないと言った。ノエルはしばらく彼女を見つめ、複雑な表情を浮かべた。


しかし、俺の説得で、結局スープを一口味わい、礼儀正しくリアの腕前を褒めた。


夕食後、エルロン村長は客室を用意してくれた。部屋は大きくはなかったが、清潔で整頓されており、二つの干し草と粗布のシーツを敷いた小さなベッドが壁際に並んでいた。


「ゆっくり休みなさい、お二人とも」エルロン村長はそう言うと出て行った。


ドアを閉めると、部屋には俺とアリスだけが残された。窓の外では、村の灯りが次第に消えていき、中心の神木だけがまだ柔らかな蛍光の緑色の光を放っていた。


「ご主人様、ゆっくり休まなければなりません」アリスは窓辺に立ち、月光が精緻な横顔を浮かび上がらせていた。


「アリス……僕が前の67回、どうやって死んだと思う?」


振り返り、月光の下で青い瞳がひときわ澄んで見えた。


「私の記憶には関連する記録がありません。ナヤ様はそれらの“失敗”のデータを私のコアに載せませんでした。私が知っているのは、これが68回目の試みだということだけです」


「じゃあ、君はこの世界の“真実”を知ってるの? ナヤが僕に見つけろと言ったあの」


「いいえ。私の知識ベースにはこの世界の地理、種族、歴史、魔法などの基本情報が含まれていますが、“真実”のような高次の機密には及びません。多分……」少し間を置いた。


「それはご主人様ご自身が探し、見つけ出さなければならないことでしょう」


苦笑した。探求? 無力な俺が今、自衛さえ問題なのに。


懐中時計をポケットの中で探り、冷たい金属の感触が少しだけ落ち着かせてくれた。


5分の時間遡り。24時間のクールダウン。


これは危険な世界での俺の最初の武器、多分唯一のアドバンテージかもしれない。


「アリス、明日から、この世界の全てを教えて。言語、常識、危険……僕が知る必要のある全てを」


「承知いたしました、ご主人様。それが私の役目です」前に歩み寄り、軽くお辞儀をした。


「今はまずお休みください。体力を回復することは生存の第一歩です」


うなずき、ベッドに横たわった。干し草のマットレスは粗いが乾いていて、日光の匂いがした。


天井を見つめながら、頭の中はごちゃごちゃだった——67回の死、神秘的な真実、危険な魔物、冷淡な態度の獣人少女、そしてそばにいるこの神秘的な人形。


今回は、どれくらい生きられる? いわゆる真実を見つけられる? それとも結局前の67回と同じように、死で終わる?


わからない。だが少なくとも今この瞬間は、まだ生きている。


懐中時計を握りしめ、目を閉じた。

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