君に言いたいことがあったんだ

石田空

住む世界が違うと初恋を諦めようとしたけれど

「君がもしオメガだったらお嫁にもらってあげる」


 とびきりお金持ちで優しい幼馴染とは、本当にたまたま。本当にたまたま英語塾で出会った。私はとにかく英語が苦手で、たくさん覚えないといけない単語の読み書きをすることができず、塾の抜き打ち小テストではいつも最下位。私はずっと泣いていたのを、幼馴染はその都度慰めてくれていた。

 彼は浮世離れしていた人で、とにかく彼の周りは発光して見えた。それを私が言うと、周りは「それ、好きだからだよ」と言われた。

 私は何度「発光している」と主張しても、誰も彼も聞いてくれなかったけれど。

 彼はあまりに頭がいいということで、大きな大学病院に入院し、検査されてわかったことがある。彼は先祖返りだということ。

 祖先は階級社会を形成し、特に支配階層はアルファと呼ばれる強い遺伝子を持ち、その人たちが持ちうるありとあらゆるフェロモンを使って他の階層を屈服させていたという。今日本史の教科書に載っている人たちは、ほぼアルファらしいけれど。

 その階級制度が息をしなくなってから、少しずつアルファのつくった階級社会は瓦解していき、遺伝子やフェロモンを使って他の階級を支配するという力も薄らいでいったらしいけれど。彼はそれを持っていたということで、それらを調査していたありとあらゆる学者が大興奮し、彼に教育すべく、飛び級でアルファの研究機関に入れられることになってしまった。

 こうして私とユウくんは別れることになってしまったのだ。

 先祖返りして、あの発光しているオーラを隠しもしなかったユウくんは、キラキラしたオーラのままに去ってしまった。

 私の初恋を奪ったままで。


****


 私はどれだけ成績が悪くても、残念ながら大昔にあったとされるアルファの番……結婚や恋人よりも強い絆とされているけれど、それってなんだろう。法律よりも強いってことなのか、気持ちよりも強いことなのかがわからない……になれるとされるオメガではないらしかった。

 私はなにも知らないまま「オメガになりたい」と言ったら、お父さんにもお母さんにもこっぴどく叱られた。


「そんなこと口にするもんじゃありませんっ!」


 意味がわからなかったけれど、成長の過程で、私はオメガがひどく差別や偏見に満ちた生活を送っていたことを知った。どうも昔の支配階級が瓦解した一環は、あれだけ強いとされていたアルファの血筋を維持するにはオメガの存在が必要にもかかわらず、ひどい差別や偏見を受けていたオメガが、歴史の途中で姿を消してしまったかららしかった。

 差別や偏見の果てに淘汰されてしまったのか、それとももう差別されたくない一心で皆で一斉にいなくなってしまったのかはわからないけれど。とにかくアルファの血が維持できない以上、遺伝子で階級を維持することができなくなったらしかった。

 だから運命の番というものは、フィクション……それこそ映画や小説、マンガなど……では持て囃される一方、ノンフィクションやドキュメントでは、遺伝子とフェロモンにより支配を強化するための残酷なシステムと糾弾されていた。

 そんな訳で、私はアルファでもなければ、オメガでもなく、なんの遺伝子的制限もない代わりに取り立てて主役にもなれないベータのまんま生活していた。

 ユウくんはもう私のことを忘れた頃だろうか。ときどきそんなことを思い出す。

 高校の制服を着て、私はのんびりと学校に通っている中、教室がやけにざわついているのが目に入った。


「おはよう……どうしたの?」

「あのね……アメリカから帰国子女がうちに来るんだって!」

「はあ」

「顔がすっごくってね! オーラで光り輝いてて、もうキラッキラしてるって!」


 なんか私が小さい頃、ユウくんをアルファだと調べられる前に思ってたことをそのまんま言うんだなあ。そう暢気に思いながら話を聞いていたら。

 その問題の国際子女は、朝礼の時間にやってきた。

 日本人のはずなのに、たしかに発光している。でも。その彼と来たら、どう見ても私の知っている人だった。身長は伸びて、低く変声していても、やっぱり知っていた人だった。


「山崎悠宇です」


 名前順に並んでいたため、自然と私の隣の席に座ることになった。


「山中さん。面倒見てあげてね」

「は、はい」

「やあ。ミイ。久しぶり」

「……ユウくん?」

「英単語覚えた?」


 私が泣きながら英単語覚えるのを、辛抱強く手伝ってくれていた光景が頭に浮かんだ。

 小さな初恋は、またひとつ動きはじめた。


<了>

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君に言いたいことがあったんだ 石田空 @soraisida

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