第5話 感情はミルフィーユ

 ...

 どいつもこいつも。オレが何をしたと言うのだ。状況も知らない赤の他人が言いたい放題、罵声を浴びせ世の中の悪意が全面に出てきてる。

 「はぁ...」深いため息をつく。それでも次の住処、新たな働き口など前に進みやらなくてはいけないことがあると自分に言い聞かせ拳をそっと握る。

 意味のないアラームに起こされ、窓の外に目をやると雪がちらちら降り始め、冬の訪れを知らせる。重い腰をベッドから上げると同時に「ぐぅー」と腹の虫が鳴りなにも入っていない冷蔵庫に目をやる。そこにはあるはずだったこれからのスケジュールを書いたカレンダーが貼ってあった。もう必要ないことを突きつけられ、力強く剥がしてゴミ箱に叩き入れる。数秒固まったあと、とりあえず朝飯の調達に行くために財布と薔薇の刺繍が背中にある黒のブルゾンを羽織り、鍵をかけ、いつものようにボロい階段をカンカン降りていく。

 近所の行きつけのパン屋さんに着いて店内のパンをさらっと見て回る。お気に入りは表面がカリカリなメロンパンだ。甘い匂いに吸い寄せられ必ず買っている。でも今回は躊躇した。これからどうなるのか分からない自分には贅沢に思えたからだ。食べたい気持ちをグッと抑えてお手頃なクロワッサンを一つ購入した。クロワッサンだってサクサクしていて大好きだ。言い聞かせた。

 イルミネーションを準備している浮かれた幸せな人たちを見ながらトボトボ歩いてく。前方に見覚えのある人影を見つける。藤井さんだ。友人と歩いているようで声をかけれるほど慣れてないし、気づかれないよう道の路地にさりげなく入り込んで息を潜める。すると通り過ぎる時会話が聞こえた。

「バイト先に根暗な人がいたんだけど辞めてったみたいなんだ。ぼっちで寂しそうだから声かけてあげてたんだけどやばい奴だったみたい。いなくなってよかった。もしかしたら私、襲われてたかもと思うとまじでこわいわー」

 オレは足音を立てずに裏道を歩いて家に帰る。着くなり「お前のほうがヤバい奴だわ」強がり羽織っていた上着を脱ぎ捨てゴミ箱に詰め込む。

 床の乱雑した本の隙間に落ちているケータイがバイブし、恐る恐る画面を見ると通知が来ていた。刈谷さんからだ。「月曜のご飯楽しみです。お店なんですが気になってるフレンチのお店があるのですがそこでもいいですか?」失礼なことに忘れていた。急いで返信する。「ありがとうございます。大丈夫です。こちらこそご飯楽しみです。」すぐさま返事が返ってきた。「よかった。では月曜よろしくお願いします」嫌なことが続いていたこともあってか刈谷さんとのやりとりに少し笑みを浮かべ浮き足立つのが見てわかった。

 あっという間に次の日、楽しみな月曜を迎える。ご飯は十八時からであることを頭で繰り返しながら深い意味もなく部屋の掃除をする。床に散らばった薄い本やマンガを棚の中に入れていく。掃除機をかけていき布団なんかも干してみたり、朝からこんなに活動したのは何日ぶりだろう。今、刈谷さんのことでいっぱいなのが自分でも分かるくらい浮かれている。人付き合いが苦手なオレでもこんなに楽しみにしているのだから相当参ってたのだろう。

 十八時、言われたお店に到着しそこには刈谷さんが立っていた。「待たせてすみません」着ていく服を決めるのに何時間もかかった。「大丈夫ですよ。私も先ほど来たばかりですから」テンプレのやりとりに刈谷さんの優しさを感じる。「では入りましょか」照れながら慣れないエスコートをしていく。なかなかキレイめのお店で少し高そうな匂いがしている。今までのオレには無縁の場所だとキョロキョロ落ち着かない田舎者丸出し。それをみて刈谷さんは「新田さんって面白い人なんですね」クスッと笑う。それに緊張がほぐれていきオレもつられて笑う。席に案内され個室に入っていく。さりげなく刈谷さんは上着を預かり壁にかけてくれた。気を遣える人は素晴らしいと心で思う。壁側にオレ、ドア側に刈谷さんが座りメニューを見るなり「私のおすすめでいい?」「お願いします」正直こういうのは悩んでしまうので任せたほうがいいと思った。

 コース料理みたいで順番に料理が運ばれてくる。オードブルから始まりデザートまでしっかり堪能させてもらった。味は美味しかったことしか覚えていない。それほど少量で高級感のある上品な料理ばかりだった。「ごめんなさい、少しお花摘んでくる」「わかった」刈谷さんが席を立ち部屋を出る。オレは刈谷さんなことが気になっていた。落ち込んだところに手を差しのべられたら好きになる。なんとちょろい男なんだろう。

 帰ってこない。だいぶ時間が経っただろう。するとドアが開き、そこにはウェイターが立っていた。「お連れの方からお支払いをお願いしますとのことで、こちらよろしくお願いします」時が止まった。金額はもちろん高かったがそれではなく刈谷さんの言動にだ。急用ができたのか、色んな可能性を考える。とりあえずなけなしのお金で支払いを済ませて連絡する。「なにかありましたか?」すぐ返ってくるだろうと思ったが返信はそれから何日も来なかった。

 どれくらい経ったか分からないくらい自堕落な生活が続いた。引越し先も決めなくてはいけないと思いながらやる気が起きずベッドに横たわる。するとアパートの前に引越し業者の車が止まる音がした。どうやらお隣さんが引越しするようだ。業者が次々荷物を運んでいく。どこか懐かしいようにも思えた。様子をそっと覗いて見ると見覚えのある制服が見えた。元バイト先の人だと気づく。なにか恥ずかしくなりそっとドアを閉める時そこには炊飯器を運ぶ刈谷さんがいた。気づかれる前にドアを閉め、心臓が高鳴る。「たしかバイト、クビになったって言ってたよな」オレは今までの刈谷さんを振り返り確信する。「この人は嘘をつく人だ」ケータイをゴミ箱に落とし、鍵をかけず部屋を後にする。

 おそらく刈谷さんに見られていただろう。でももうどうでもいい。ボロい階段を無音で降りていく。向かった先は...病院だ。

 なぜが足はーさんのほうに向かっていた。面会であることをナースに伝え、ーさんの病室まで一直線。戸惑うことなくドアを開ける。そこにはーさんはいなかった。「えっ?!」勢いよく飛び出し慌ててーさんを探した。すごい形相だったと思う。庭、売店、どこにもいなかった。残るは立ち入り禁止の屋上だけだ。そっと手をかけノブを回すとガチャっと音がして扉が開く。

 眩しい日差しが目に入り、チカチカしながらそこにーさんを見つけた。「どうしたの?こんなところへ」「それはこっちのセリフだよ。病室に行ったけどいないし、どこ探してもいないから心配したよ」「ありがとう、私のこと心配してくれたの?」「べつに。ただどこにいるかなって思っただけ。それよりなんでこんなところに?それにどうやってはいったの?」「質問ばっか。ここは私の隠れスポット。鍵は目を盗んで夜な夜な借りてるの」「ーさん、ヤバい奴だね」「それが私。でもここ気持ちいいでしょ?」「確かに冬の寒さと日差しが丁度心地いい」「それよりどうしてここに来たの?」オレに起ったこれまでのことを話しする。「それは災難だったね。でも全部自分で選んだ運命だから仕方ないよ。私を刺したのも、柄にもなく人を信じたのも全部すけとんが選択したこと。だからしょうがない。まぁそれで落ち込むのは勝手だけど」ズケズケと痛いところをついてくる。しかし不思議とーさんの言葉が心に入ってくる。「そうなんだけど、もう少し優しい言葉かけてくれてもいいんじゃない」「甘えん坊なんだね。可愛いけど。」その言葉にーさんがなぜか愛おしく思える。初めて交わす初々しいカップルのようなやりとり。なぜだろう幸せを感じる。

 ーさんの言葉に耳を傾ける。絵を描いていたこと、賞に選ばれたことがあること、周りにチヤホヤされたことがあること、両親が亡くなっていること、オレのことが好きなこと。「初めてーさんに興味が持てたよ」「興味だけ?」「いや、好意も少しある、かな」「曖昧な人は嫌われるよ。はっきり言って欲しい」「オレはーさんのことが好きです」「ありがとう、嬉しい」再会はひどいものだった。いきなり千枚通しを持たされてお腹に刺させるんだから。ある意味痛快だろ。そんなことを思いながら幸せそうにーさんを見つめる。「そういえば、ーさんの本名知らないや。聞いてもいい?」「言ってなかったっけ。わたし、山田って言うの」そういうとーさんはおもむろに近づいてきてオレは頬を赤らめドキドキする。

 その瞬間、お腹に激痛が走る。あの時の千枚通しがオレの腹に刺さっている。理解できない。「ど、うして?」微かに搾り出した声でーさんに問いかける。「この瞬間をずっと夢見てた。すけとんが私に好意を持ってくれるこの瞬間を。ずっと」幸せから奈落に落とされた。高所が苦手な人がバンジーをする時、こんな気持ちなのかとおもった。「もう話すけど、ぜんぶ私の演出なの。おじさんに頼んで、すけとんが私を刺すところを撮ってもらってそれを拡散してバイト先に送りつけたり、すけとんが孤立するように仕込んだの」言ってることが理解できるほど頭が回ってない。脳に血液が足りてないのかも。「なん、で、そんなまわりくどいことしたんだよ」「今、すけとん、いい表情してるよ。ずっとこの顔が見たかった。悲痛に苦しみながらぐしゃっとねじれた素敵な顔。そして、これで完成」そう言って

 「早く起きなさい。遅刻するわよ」「はーい」「えらい髪がボサボサだなぁ」「うるさいなぁ」

 本日のニュースです。今朝、ー病院の屋上にて山田ーさん(25)と新田ーさん(25)の遺体が発見されました。二人ともの腹部に刺し傷が見られるため警察は自殺のせんで捜査を進めています。

「両親を殺したのは私。親からも周りからもいじめられていた。才能に嫉妬していたみたい。そんなこと知らねえよ。生まれ持ってのことだからそれをグチグチ言われても迷惑だわ。そんな時にあなたは私の絵を見てぼそっと(綺麗だ)それが嬉しかった。好きになった本当の理由。私にとってあなたは真っ白い光。親を殺したあとあなたに再開したのは偶然でいたずらな運命を感じた。あなたはどう思うか知らないけど私は今が一番幸せ。自分勝手でごめんなさい。私は真っ黒い人間だけどそんな私の絵(心)を好きと言ってくれた。混ざり合って心が薄くなっていく。このまま誰にも気づかれないように溶けていきたい。それが私の夢だったの」

 オ レも

 

 

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カフェオ レ @430-515

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